第30話 新たな剣
カタワの嗅覚を頼りに僕らはナルとの合流を目指す。もちろん途中でチヨと会えればそれに越したことはない。
「せっかく犬耳まで生えたのに首輪とリードがないなんて……この仕打ちも大魔王の仕業なのね」
「僕としては大魔王の功績として称えたいくらいだけど」
他に知ってる人がいない魔界とは言え、女の子をリードに繋いで歩くのは気が引ける。
「も、もし首輪があったら俺が」
「シュウくんだったら遠慮しておきます」
こんな具合に相変わらずシュウは飼い主として認められていない。力付くでカタワを飼おうとしないあたりはまだマシと思っておこう。
「くんくん。少し匂いが濃くなった。近くにナルちゃんがいるかも」
「よし、カタワ。焦らず正確に匂いの方角を見極めて」
「……?」
「どうしたの?」
カタワの表情が一瞬曇った。完全に犬みたいな扱いを受けていることに疑問を持ってくれたのかな?
「ううん。何でもない。これは間違いなくナルちゃんの匂いだよ。こっちの方から風に流されてくる」
「よし。カタワの鼻を信じよう。シュウ、くれぐれも慎重に。少しずつ僕が知ってるルートから外れてるから何が起こるかわからないよ」
「安心しろ。ナルはちっちゃいけど俺の理想とは違う」
その理由だとあまり安心はできないけど、二度目の人生で現れたナルとの再会だ。魔王と勇者という関係も相まって緊張が高まる。
***
ナルの匂いが流れてくるという方角に向かって歩くこと数分、遠くに人影が見えた。
「ねえ、もしかしてナルちゃんじゃない? 匂いもどんどん濃くなってる」
「まだ油断はできない。慎重に近付こう、本当にナルなら、向こうからも来てくれるだろうし」
三度目の強くてニューゲームで新たなに追加された敵の可能性だって大いに有り得る。大魔王の刺客に一度も遭遇せずにここまで来られているのも気がかりだ。そろそろ直接手を出してきてもおかしくはない。
「相手が勇者じゃなければ余裕だろ。こっちは魔王が二人なんだぜ」
「その勇者であってほしいんだけどね」
カタワの嗅覚を信頼しているのか、自分の力に自信があるのか、シュウは完全に油断している。
お互いに少しずつ歩み寄って、その姿を完全にこの目で確認できた時、
「おーい! ナルちゃーん」
真っ先にカタワがナルの元へと駆け寄った。大魔王の刺客がナルに化けている可能性も考えたけど、カタワの鼻を誤魔化すのは至難の技だ。せっかくの再開に水を差すのも悪いので犬は犬らしく素直に走らせてあげた。
「どうやら無事だったようだね。強くてニューゲームは二度目だけど、まさか初めての土地からスタートするとは思ってもみなかったよ」
そう冷静に語るナルの見た目は僕と同じく中学生のままだった。強くてニューゲームを始めた時に大魔王からの影響を受けなかったみたいだ。
「ところでカタワ。その耳と尻尾は大魔王の仕業かい?」
「うん。似合う?」
「とっても可愛いよ」
カタワはえへへーと満足そうな表情を浮かべる。強くてニューゲームは初めてのはずなのに適応能力が高い。
「実はシュウなんて化け物みたいな鳥になって僕に襲い掛かってきたんだよ」
「しかたねーだろ。混乱してたし、可愛い幼女もいたし」
「幼女?」
「ショトレさんっていう僕らよりずっと年上のエルフだよ。僕らに強くてニューゲームの選択肢を与えた人なんだけど」
ナルにショトレさんと大魔王についての説明を終えると、その瞳は決意に満ちたものになっていた。
「なるほど、大魔王が強くてニューゲームでボクらを弄んでいるのかと思っていたけど、違ったんだね」
「うん。だけど大魔王を倒せば元の生活に戻れる」
「そうと決まれば早速大魔王を倒そう!」
冷静に状況を分析するナルが何の計画も立てずにこんなことを言い出した。
「ちょっと待って! 大魔王の居場所もわからないし、チヨもまだ見つかってないのに」
「ああ、すまない。どうしてもこの状況から早く抜け出したくて」
ナルの二度目の人生は、ほぼ同じだけど自分の存在だけがイレギュラーな世界。三度目は見ず知らずの魔界。確かに自分なら早く終わらせてしまいたい。
「そうだよね。ナルはずっと知らない世界で頑張ってきたんだもんね。早くチヨを見つけて大魔王を倒そう」
「いや、この際だからもうここがどこなんて関係ないんだ」
「ん?」
おもむろに僕の手を握ると、そのままナルの股間へと押し当てられた。
「「「はあ!?」」」
カタワ、シュウ、そして僕のリアクションがシンクロした。あまりの出来事に何を触ったか全く意識できなかったけど、数秒置いてある違和感に気付く。
「……え」
自分の股間と同じ感触。ナルは確かにボーイッシュな外見だし、着やせするタイプだけどその胸には間違いなく膨らみがあった。あの時の記憶はしっかり脳に焼き付いている。
「ふふ。大魔王はボクにとんでもないことをしでかしてくれたよ」
ナルの目から光が失われている。
「驚いたかい? さすがのボクもこれには衝撃を受けたよ。大魔王にコレが似合うと思われたからこんな仕打ちを受けたんだろう?」
僕らは何も言えなかった。いくら三度目の人生とはいえ、こんなシチュエーションの経験なんてなにもない。
「ボクも年頃だからね。男子の体に興味がないわけじゃない。だけど、こういうことじゃあないんだよ」
テンションの振り幅が小さく、誰よりも大人っぽく振舞ってきたナルが露骨に沈んでいる。よほどショックだったようだ。
「強くてニューゲームを始める直前に大魔王は僕に何と言ったと思う? 『余が立派な男に生まれ変わらせてやろう。その力で余を楽しませてみよ』だなんて、勇者が男なんて誰が決めた。ボクはこの手で絶対に大魔王を討ち滅ぼしてやる」
僕らに愚痴をこぼしたことで大魔王に対する怒りが沸々と湧いてきたらしく、ナルの周りから魔王のようなオーラが出るのを感じた。
「ちょっとナル! なんか黒いオーラが出てる! ナルは立派な勇者だから。二人ともそう思うよね?」
「おう! ナルとケンカしたら勝てる気がしねえ」
「ナルちゃんはナルちゃんです。またあの剣技を見せてください!」
このままナルまで闇堕ちして魔王になったら完全に魔王軍だ。貴重な勇者の力を失うわけにはいかない。僕らは必死にナルをフォローし
「ふふふ。しっかり武器は奪われてしまったよ……。股間に新しい剣は付いたけどね」
オヤジみたいな下ネタにどう言葉を返していいかわからず、僕ら再び黙り込んでしまった。




