第3話 バトルはやっぱりヌルゲーです
菱代さんが僕の見張り役兼犬になった。こうして人間に首輪を付けるとどちらが見張り役なのかわからない。
この際だから教室内では諦めようと思ったけど、トイレに行く時だって
「烏丸くん? もし私を放置してどこかへ行ったら、脱走したって報告するからね?」
首輪を付けられている分際で僕をしっかりコントロールしてくる。そういう意味では見張りとしての役割をしっかりこなしているし、頭が良いような気もしてくる。ただ、ちょっとだけ変態なだけで。
「それでさ菱代さん。もしかして菱代さんはトイレの中にまで付いてくる気?」
「もちろん! トイレで悪事を働くかもしれないし」
「いや、それを言ったら菱代さんがトイレに行ってる隙だって同じことなんじゃ……」
「いいの! でも、烏丸くん以外の人がいると恥ずかしいからちょっと待ってて」
なんで扉の向こうに人が居るとわかるのか。その答えは、菱代さんが犬だからだ。
持って生まれた才能なのか、後から身に付けた能力かはわからないけど、菱代さんは皮脂の臭いで相手の居場所や能力がわかるらしい。
半信半疑だったけど、魔王時代はその能力に何度か救われた。敵の侵入にいち早く気付けたんだけど、皮脂がない機械には通用しないのが弱点なのかな。
「うわっ! え? え?」
扉を開けてトイレから出てきた男子生徒は、首輪を付けられた菱代さんを見て目を見開いて驚いていた。
どう見ても僕が鬼畜なプレイを強要してるようにしか見えてないだろう。誤解なんです。自ら積極的にこんなことをしてるんです。
「もう誰もいないよ。さ、どうぞどうぞ」
「……本当に男子トイレの中に付いてくるの? 五分経っても出て来なかったら中の様子を見に来るとかじゃダメなの?」
小の方なら五分どころか一分でも用を足せる。どうにか妥協点を探りたいところだったけど。
「そう言って何かする気でしょ? 烏丸くんはすごい力を秘めてるから一秒でも油断できないの!」
「ああ、うん。じゃあ、下の方は見ないでね。それでも恥ずかしいけど、せめて顔を見てて」
魔王になって体が大きくなった時は、アレもそれはそれは立派なモノになっていた。今はまだ中学二年生。それも戦闘態勢に入っていない僕のモノを女子に見られるのは非常に恥ずかしい。
「そ、それは見ないわよ! 烏丸くんの変態!」
頬を赤くしながら変態と罵られても、首輪とリードが説得力を失くしている。
「それじゃあ入るよ。くれぐれも下は見ないで」
「う、うん」
自分から付いてくると言ったくせに、いざ扉を開けると緊張を隠せていない菱代さん。首輪を付けた女の子を男子トイレに連れ込むって、僕はどんな鬼畜なんだ。
魔王の力を持っていても外見が中学生のままだとどうにも振り切れられない。あの頃はもっと酷いことを平気でやってたのに!
***
「本当にこれからもトイレに付いてくるの?」
用を足している間はお互い無言だった。僕の顔だけを見てたはずの菱代さんの顔は真っ赤になっていたけど、それは慣れない環境のせいということにしておく。
「……だんだん慣れると思うから」
慣れるってなんだ!? やっぱり見てたんじゃん!
ああああああああああ!!!! 魔王を辱めるとはとんでもない犬だよ!
思い返せば、魔王時代の菱代さんも酷かったな。わざと僕の前でお漏らしして罰を求めてきたり、執拗に僕の匂いを嗅いだり……。魔王の僕が引くくらいだったから、菱代さんの変態性は根っからのモノなんだろうな。
清楚系の委員長であってほしかったけど残念だ。
そんな残念な気持ちで犬との散歩を終えた帰り道、金髪にピアスに眉毛の全剃り。校則違反の見本市みたいな三人組に絡まれてしまった。
「あれぇ~? 停学から復帰したんだ?」
「喋るサンドバッグが爆発したんだって?」
「こいつが木下をね~。ホントかよ」
三年生だけあって木下と張り合えるくらいの体格だ。ポケットからはナイフの柄みたいな物を覗かせている。
たしか僕が魔王になった時、自分達にも特別な力が備わったと信じて立ち向かってきてたな~。もちろんこの三人組には何の力もなく、僕がデコピンしただけで頭と胴体がお別れしてしまった。
魔王になりたての頃は近所の暴走族みたいのから始まり、徐々に話が大きくなっていろんな軍隊と戦ったっけ。ってことは、中学生の体のままで軍隊と戦うの?
勝てるかな……。
「おい! 聞いてんのか!」
「たまたま木下に勝てたくらいで調子乗ってんじゃねーぞ!」
「どうせ卑怯な手も使ったんだろう?」
魔王の力は卑怯と言えば卑怯かもしれないけど、ケンカにナイフを使うようなやつには言われたくない。それよりも、今後現れるであろう敵にどう立ち向かうかの方が問題だった。
「それになんだよその女? 犬になりますだぁ? 頭おかしいんじゃねーか」
「こいつに脅されてるんだろ? 俺らがもっと可愛がってやるよ」
菱代さんを見ながら舌なめずりをする姿はいかにも小者悪役という感じだ。
当然僕なら簡単に勝てるんだけど、見張り役の前で暴力沙汰なんて起こしたら菱代さんまで先生に説教されそうだし、どうしたものか。
「きゃー。からすまくん。たすけてー。いまならせいとうぼうえいよー」
菱代さんはザ・棒読みの、全く心がこもっていない叫び声をあげた。
それに正当防衛って僕らが決めることじゃないだろう。まあ、きっと菱代さんがうまく証言してくれるんだろう。変態だけど先生からの信頼は厚そうだし。
「あ゛あ゛!? 調子こいてんじゃねーぞ!」
初手からナイフを取り出し斬りかかってきた三人に対して僕は
ポコッ!
同時に三発のデコピンをお見舞いする。速過ぎて音が一回分しか聞こえなかった。
ただ速いだけじゃない。それはもう慎重に力を加減した。うっかり頭を吹き飛ばしたら大変だ。この圧倒的な力を自分の力を抑えるために使う感じ。
「「「うわあ゛――――――!!!」」」
三人とも同じリアクションで吹っ飛んでいくのはちょっとおもしろかった。
ちゃんと頭と体はくっ付いているものの、デコピンであの飛び方はちょっとやり過ぎたかな。中学生として生きていくのは難しい。
「す……すごいね。からすまくん」
体格のいい三年生があれだけ吹っ飛ぶのも目の当たりにすれば感情もなくなるだろう。木下の時と違ってデコピンだし。
「菱代さん、こんなことになったけど正当防衛ってことになるかな?」
「……あの先輩達を説得して、なにも起きなかったことにした方がいいかも」
さすがは魔王の秘書を務められる器を持つ女子だ。頼りになるぜ!
「デコピンでこの威力ってことは、パンチだったら死んじゃうと思いません? 後輩に負けたなんてカッコ悪い噂が広まったら嫌ですよね? もう一年もしないで卒業なんですし、何もなかったということで済ませませんか?」
首輪を付けた女の言葉に無言でコクコクと頷く三人組。
こうして、僕の見張り役は僕が何も問題を起こしていないことにして今日という日をやり過ごした。