第26話 性癖も引き継ぎます
もう襲うなと釘を刺したにも関わらず再び僕に突っかかってきた。これはもう宣戦布告だろう。拳に魔力を込めて身構える。返り討ちにする気満々だ。
「待て! こやつはシュウじゃ」
「は? え?」
ショトレの言葉に気を取られて鳥への注意が逸れてしまった。鳥はその隙を見逃さずに突進してくる。
「うぐっ!」
ギリギリの所でクチバシを掴んだため体に穴が開くことはなかった。しかし、そのまま鳥は天高く飛翔する。
「くそっ! このままじゃ地面に叩きつけられる」
今ここで鳥を殴って気絶させるのは簡単だ。ただ、そのまま自然落下させるとショトレに当たる可能性がある。そこまで考えているのかはわからないが、人質を取られているような状況だ。
「こいつがシュウってどういうことなんだよ」
この言葉の真意を知るためにもショトレに死なれては困るし、うかつに強い攻撃をして鳥を殺すわけにもいかない。もはや受け身を取るしか方法がないと諦めたその時、
「お願いします! もうやめてください。なんでもしますから」
先程までの年寄り臭い喋り方から一転、外見通りの子供のような声で鳥に向かって叫ぶショトレの姿がそこにあった。
「クッ! クエエエエエ!!!」
その声に反応したのかスピードを落とし、ゆっくりと地面に着地してくれた。僕をぞんざいに振り払うのはでなく、しっかりと地に足を付けられるように降ろしてくれる紳士っぷりだ。
「うむ。やはり幼女好きなのはこの姿でも変わらぬようじゃな」
シュウの姿を見て納得する様子は、長年の経験を積んだ老婆のものに戻っていた。
「助かりました。ありがとうございます」
「なに。先に迷惑を掛けているのはわしの方じゃ。子供のマネで助かるのならいくらでも……」
急に言葉を詰まらせた。あまり表情を変えないショトレが怯えている。その視線の先にはヨダレを垂らし、ハァハァと息をするシュウと思わしき鳥がいた。
「おいこら! この人……っていうかエルフは見た目より年上だし一児の母だ。シュウのタイプとは違うぞ」
そう言っても聴く耳を持ってくれない。もはや目の前のロリババアを完全に幼女だと思い込んでしまっているようだ。
「こやつは恐らく息子の被害者じゃ。強くてニューゲームを始める時に干渉して鳥の姿に変えられのだろう。わしが責任を持って元の姿に戻してやる」
ショトレは鳥に近付くとギュッと抱き付いた。体のサイズが全然違うのでショトレが一方的に体を委ねているように見えるが、それでも鳥は興奮して声にならない声を上げている。
「シュウよ。お主は『幼女に抱き付かれる』というエンディングを迎えた。さあ、もう一度強くてニューゲームを選択するか?」
「は……っい」
すると鳥の体はどんどん小さくなっていった。クチバシもみるみるうちに短くなり、翼は腕へと変化した。
そして、僕の目の前にはショトレに抱き付かれたシュウが立っていた。
「ああ、やべーよ。俺のヘソくらいの高さに女の子の顔がある。頭撫でていいかな? いいよね? さっき『なんでもします』って言ったよな? やめてほしかったら俺に対して土下座しろ」
「やめんか!」
魔王の力で耐久性も上がっていると思った僕は、シュウの頭を容赦なく殴った。
ここは魔界だ。たぶん警察はいない。だから友達である僕が暴走を止めなきゃいけないんだ。そんな使命感に駆られるレベルでヤバイと思った。
「……本当にこやつはお主と同じ魔王の力を持っておるのじゃろうな?」
「はい。ちゃんと強くてニューゲームを始めていればそのはずです」
シュウは完全に気を失っていて、しばらく起き上がりそうもない。
「ところで、シュウが鳥になったのは息子の仕業ってどういうことですか?」
「息子はわしと同じエルフの血を引いておる。その血の力で強くてニューゲームに干渉したのじゃ。生まれ変わる種族を変えるという形でな」
「それじゃあ、もしかして他のみんなも……!」
「可能性はある。が、一度に五人が同時に強くてニューゲームを選択した。干渉できるのは全員ではないはずじゃ。その証拠がお主……オウということじゃ」
自分の体には思い当たるような異変はない。むしろ、そのまま中学生として魔界での新たな人生をスタートさせたことで、シュウよりも世界に馴染めてない気すらしている。
「いきなり魔界でスタートした時は驚きましたけど、あの鳥の正体がシュウだとわかって安心しました。ショトレさんに会ったのはイレギュラーだけど、みんなと再会できる。そんな気がしてきました」
二度目の人生だって魔王の力を持っているからこそ、そして、みんなのことを知っているからこそ、良い方向にルート変更ができた。その経験を魔界で活かせばきっと良い結果に繋がるはずだ。
「ショトレさん、さっき言った条件の話なんですけど」
「うむ。わしにできることなら何でもしよう」
「今、何でもって言いましたね?」
「ま、まさかお主もこのロリババアの体に興味が……!?」
「違います!」
腕で胸を隠すようにして身構えるショトレの姿を見たらシュウが喜びそうだ。
いくら魔王でも僕はそういうゲスなことはしないと決めたんだ。僕が求めるのは、
「僕がショトレさんの息子、僕らが大魔王と呼んだその存在を倒したら、元の中学生活を始めさせてください」




