第26話 倒すべき相手
今までとは違う展開を追っている三度目の人生に突如現れたショトレと名乗る少女が淡々と語り出した。
「まず先に言っておくのは、強くてニューゲームの選択肢を与えたのはわしだが、魔王の力を与えてはいないということじゃ」
その幼い見た目からは想像できない語り口に気を取られそうになるが、今までずっと気になっていた事実を同時に知らされ何も言葉が出なかった。
「偶然……と、言ってしまえばそれまでじゃ。一度目の人生では魔王の力を、二度目の人生では仲間を、そして三度目の人生で真の敵を倒す。これがわしの計画なのじゃ」
「なんで……なんで僕がこんな目に……」
「だから偶然じゃ。たまたま心に大きな闇を抱えているところを狙われたのじゃ」
心に大きな闇を抱えていた。それは間違いない。今では友達となったシュウに対して、特に一度目の人生では恨みを募らせていた。それが原因と言われたら自業自得と言えるかもしれないけど、それでも到底納得できるものではなかった。
「強くてニューゲームの選択肢を与えてくれたことは感謝しています。お陰でシュウ達と友達になれました。でも、ここはどこですか? こんなの全く別のゲームじゃないですか!」
「ここは魔界じゃ。一度目の人生でお主達の世界と繋がったじゃろ? この魔界の支配者を倒せる者を探しておったのじゃ」
「そんなの、魔界で勝手にやればいいじゃないですか! なんで僕を……僕らを巻き込んだんですか!?」
自分よりも年下に見える少女に怒りをぶつけるなんて最低だと思いつつも、自分の人生をガラリと変えた張本人だと思うとつい語気が強くなってしまった。
「全くその通りじゃ。どんな言葉でもこの罪を償うことはできまい。だが、あやつを……わしの息子を止められるのは同じ魔王の力を持つお主達しかおらぬのじゃ」
「む、息子?」
「わしは自分以外の者にエンディングを設定して、そのエンディグに到達した時に強くてニューゲームの選択肢を与えることができる。それは信じてもらえるな?」
「……それは、まあ」
実際に自分が二度も経験したことだ。一度目は勇者に敗れて消滅している時、二度目はシュウ達と友達になった時。一度目はバッドエンド、二度目はグッドエンドと言えるような人生だった。
「息子は生まれつき体が弱くて病気がちじゃった。だが、わしのエルフの血を引いておる。その力で少しずつではあるが体力を付けていった」
「エルフの血ってやっぱりそういう力があるんですね」
「うむ。それでも病気の進行の方が早く、息子は死んでしまった」
「…………」
ショトレは表情を変えずに淡々と語るし、強くてニューゲームの選択肢を与えて存命していることは想像が付く。息子の死については何もコメントしなかった。
「息子の死をエンディングとして設定して、少しずつ大きくなったエルフの力を持った状態で何度も強くてニューゲームを始めさせた。もちろん、息子がそれを望まなければそのまま天に召される。息子はわしと一緒に病気を克服しようとしている。そう思っていたのじゃ」
突然天を仰ぐとスーッと深呼吸をした。もう一度正面から彼女の顔を見た時に、何の感情の起伏もない無の表情のままだった。
「幸いにもわしはエルフ。息子が何度人生をやり直しても、わし自身はほぼ息子を生んだ時の状態を維持できていた。だから、少しずつ力の強い息子が誕生する度にわしの心は踊っていた」
「だけど、それはうまくいかなかった?」
ここまでの話を聞く限り、息子を倒してくれなんていう展開になると思えない。何かあったから僕は今、こんな状況に立たされているんだ。
「うむ。強くてニューゲームは力だけでなく、知識や経験も引き継がれる。息子は何度も病気で苦しみ、死んでいった。わしの感覚が麻痺していったのじゃ。初めは悲しみが増さっていたが、徐々にそれが薄れていった。もっと元気な息子が誕生する喜びが勝ってしまったのじゃ」
母であるショトレの気持ちはわからないけど、強くてニューゲームを選択し続ける息子の気持ちは少しだけわかる気がした。自分はまだ二度目だし、魔王の力で人生を変えられる。だけど、息子は病気で死ぬ運命を簡単には変えられないとわかっていて人生を繰り返す。それはまるで地獄だ。
「もう何度目の人生かわからなくなった頃、息子は完全にエルフの力に目覚め、生まれつきの病を克服した。それと同時に、これまでの死で積み重なっていた恐怖の感情を魔力に変え、魔王の力を手に入れてしまったのじゃ」
「話はわかりますけど、生まれて間もない体ならショトレさんが無理矢理抑えつけるとかできなかったんですか?」
魔王の力の強大さは自分でもよくわかっている。だけど、いくら知識と経験があるからと言って赤ちゃんが扱えるだろうか?
「それほど息子の力は邪悪で強大じゃった。当時、魔界を治めていた魔王を倒した息子はそのまま魔界を支配した。当然、反発する者は多くいた。が、息子の前では手も足も出なかったのじゃ」
「そんなに……」
思わず息を飲んだ。自分だけでなく、同じ魔王の力を持つシュウや勇者の力を持つナル。カタワとチヨのサポートがあればどんな相手でも勝てると思っていた。その自信をくじかれてしまった。
「勝手なことを言っているのは百も承知。お主達には何の関係もない、わしら親子の問題じゃ。だが、それでもわしは息子を止めたい。邪悪な魔力に支配され続ける人生から解放してやりたいのじゃ」
ショトレは額を地面に付けた。魔界にも土下座の文化があるのかもしれないし、日本の文化を学んでこの行為に辿り着いたのかもしれない。
正義の勇者様ならここで簡単に『はい』と選択するのだろう。だけど僕だって魔王だ。そう簡単に首を縦に振らない。
「あの、条件があります」
ここは魔界だ。中学生ではなく魔王として生きてやる。そして……。
そんな決意を固めた時、魔界にやって来た真っ先に襲ってきたあの巨大な鳥が僕を目掛けて飛んできた。




