第22話 魔王には効果抜群だ
僕は何のためにこんな痛い思いをしてるかを思い出せ。
誰かを守るとか、世界を救うとか、そんな勇者みたいな理由じゃない。勇者に倒されるエンディングを変えたいから、ルートを変更するために戦ってるんだ!
自分の利益のために戦う。だって僕は魔王だから。
「勇者には通用しなかったけど、魔王になら……」
魔力の渦を作りだし、ブラックホールのように相手の魔力を吸い取る魔法。
自分よりも大きくて強い魔物にも対抗できた理由の一つがこの魔法だ。オスメスの概念は不明だけど、田口さんが手懐けられなかった魔物は魔力を吸い取って無力化していた。
「んな!? 力が吸われる? だがな、その前に殴り殺しちまえば関係ねー」
木下の猛攻がさらに強くなる。魔力は吸い取れても筋力や体力は奪えない。僕自身も防御に回す魔力の余裕がない以上、単純に体の大きいやつから殴られている状態だ。
「あひゃひゃひゃひゃ! やっぱり俺の方が強いんだ」
耐えろ。魔力を全て吸い尽くすその時まで。勇者には光の剣で破られたこの魔法も、魔王相手には効いている。これが、魔王が魔王を倒す唯一の手段なんだ。
「くそっ! いい加減諦めろ! このままじゃ……」
木下の表情に焦りの色が見え始めた。強くてニューゲームの僕と違って、魔力を失えば平均より体格のいい男子中学生に戻る。
「僕もね、自分が最強だと思ってた。一方的に攻撃して、全てを支配して、欲しい物を何でも手に入れた。そう思ってた」
だんだんと攻撃の勢いが落ちていく。魔力がなくなればただの中学生。打撃のラッシュを続ける体力もなくなってくる頃だ。
「この魔法はね、勇者に使ったら一瞬で破られたんだ。だから他の方法で倒そうとした。でも歯が立たなかった。そして倒された時、別に悔しくはなかったんだ。魔王としての人生に先が見えなかったから」
「……」
さっきまでは高笑いを上げていた木下はただ無言で僕を殴り続ける。その拳にもはや魔力はなく、残る魔力を全て足に注いで空中に居座るのが精一杯のようだ。
「くそっ! もうやめてくれ。また惨めな俺にしないでくれ」
攻撃の手を止め、涙を流す木下の言葉に嘘はないように思えた。同情を誘って反撃の機会を伺ったところで無駄。
「もう魔力はないんでしょ? 今こうして浮いていられるのは、僕の重力魔法で拘束してるから」
「……そうだよ。短い天下だった。今はもう、自分より圧倒的に弱いやつにしか勝てる気がしねー。昔の自分に逆戻りだ」
もはやその目に覇気はなく、まるで勇者に敗れた時の僕みたいだった。
「あれだけイキってこのざまだ。笑いたきゃ笑え。奴隷にでもなんにでもしろ」
「笑わないよ。それにさっき約束したでしょ? 僕が勝ったら友達になるって」
「友達だと!? ふざけるな! 今までさんざんいじめてきて、それが今は返り討ちにされて、友達になんてなれるかよ!」
僕との約束に不満があるのか、木下は力を失いボロボロになった体から声を振り絞って叫ぶ。
「なれるよ。魔王になって、そして敗北した。この気持ちがわかるの、僕らしかいないんだよ?」
「けっ! てめーはまだ魔王の力を持ってるだろ。俺は何もないってのに」
「僕をここまで追い詰めたのは勇者と木下くんだけだよ」
「……だから何だってんだ」
戦いを終えた僕らはひっそりと部屋に戻る。自分より体の大きい木下を抱きかかえるのは気が引けるので重力魔法を維持したままゆっくりと下降した。
***
「おかえり。どうやら無事に終わったようだね」
「どこが無事なのよ! 烏丸くんボロボロじゃない!」
「衆くんはそうでもないけど、桜くんが勝ったんだよねー?」
双葉さん達が迎え入れてくれて、この戦いの結果で世界が急変した様子がなくてひとまず一安心。双葉さんの手を汚させないで済んだ。
「僕が勝ったら友達になるって約束したら、僕と木下くんは友達になったよ」
「そんな友達のなりかたあるかよ」
「私、約束を破る人って嫌いだなー」
「うっ!」
菱代さんの言葉が心に突き刺さったようだ。僕に負けた時よりもショックを受けているように見える。
「私はね、力で抑えつけるんじゃなくて、思わず側に居たくなるような人に飼われたいの。もし木下くんがそういう人になったら飼われてもいい……かも」
「マジか!? どうすればいい!?」
ショックを受けたかと思えば今度は元気を取り戻す。本当に菱代さんを飼いたいらしい。
「烏丸くんと……ううん、私達を友達になって、お互いを知り合えたらいいんだと思う」
「衆くんは恐い人だと思ってたけど、桜くんに負けたからもう恐くないよー」
「こうして魔王の牙が抜かれたんだから、ボクも勇者は廃業だね。普通の中学生としてよろしく頼むよ」
一度目の勇者人生では敵対していた双葉さんも木下と友達になる道を受け入れてくれた。あとはキミ次第だよ。
「そうか。俺にもチャンスがあるんだ。俺、がんばるよ! 菱代さんを飼えるように!」
結局、木下は私利私欲のために前を向いて歩いていくようだ。それもそうか、魔王なんだから。
「それと、今までみたいに『さくらちゃん』なんて呼べねーな。オウって呼んでいいか?」
「ふえ?」
「変な声出すなよ。今まで女みたいな呼び方して悪かった。これからは友達らしく名前で呼ぶぜ」
意外な歩み寄りにポカンとしてしまう。一度目の魔王人生ではみんなから『魔王様』と恐がられながら呼ばれてたから新鮮だ。
ただ名前で呼ばれただけなのになんだかむずがゆい。
「それなら僕はシュウって呼ぶよ」
「なんかずるいー。わたしもチヨって呼んで」
「それなら私はカタワです!」
「便乗してボクもナルって呼んでほしいな」
呼び方を変えるタイミングって難しいし勇気がいるけど、シュウがきっかけとなってみんなの仲が深まった気がした。
こうして周りに影響を与えるのは僕が魔王の力を持ってるからだけじゃないと思う。きっとシュウも魔王だからだ。
「ありがとう。一度目の魔王人生とは大違いだ。こんなにたくさんの友達に囲まれる魔王になれるなんて夢にも思わなかった」
「ボクもだよ。まさか勇者になって魔王を倒さないなんてね」
魔王と勇者、そして魔王の配下。相容れない存在が一同に会する新しいエンディングを僕たちは迎えた。
「ところで、オウくんの魔王の力ってどこから出てきたの?」
「それとシュウくんのもー」
「うーん。なんかすごい怒りの感情が爆発したのは覚えてるんだけど、爆発のきっかけは魔界からもらったみたいなんだよね」
「魔界? 俺は知らねーぞ」
実は僕も魔界のことはよく知らない。世界が魔界と繋がって、そこから魔力だけでなく魔物が溢れてきたけど、結局僕に力を与えた存在に会うことはなかった。
「もしも魔界から何か攻めてきてもボクがいる。それに魔王だってボクらの味方だ。恐れることはない」
「そうだね。魔王より強いのはさすがにいないだろうし」
「俺はただの中学生だからな! 戦わねーぞ」
「ふーん。私を守ってくれないんだ?」
「い、いや、そういうわけじゃ」
一度目の魔王人生では勇者に倒されて、そこでエンディングを迎えた。だから、ここから先はどうなるかわからない。中学生らしく、進路に悩みながら生きていくんだろう。
はっきり言って僕の力は反則級だ。勉強でもスポーツでもこの力を使えば簡単に一位になれる。だけど、僕が望むのはそういう人生じゃない。
自分の力でやれることをやって、その結果に自信を持って生きていきたい。
「もしかして、魔王の上に大魔王がいたりしてー」
チヨの発言に他の四人がハッとする。
僕やシュウに魔王の力を与えたのはもしかして……。
この事実に気付いた途端、強い眠気に襲われる。いや、これは眠気ではない。二度目の経験だからわかる。
「なんで……あの時みたいに意識が遠退いていく。ボクはこの人生を歩んでいくつもりなのに」
「ナルもそう思ってる? 僕もだよ。僕はこのエンディングのあともそのまま続けていいと思ってる」
「みんな聞いてくれ! ボクは別の世界から来た勇者だ。だけど、それでもまた同じ世界で強くてニューゲームを始められたら、その時はまた友達になってくれ」
「もちろん! 魔王と勇者でも友達になれるって僕らは知ってるから」
「ダメ……眠すぎる」
「ふわあああ。おやすみー」
「お前ら人の家で勝手に……」
初めてのエンディングを迎えた三人は先に眠りに付いたようだ。強くてニューゲームの話がちゃんと伝わっていればいいけど。
「どうやら、この人生……いや、何者かにとってのゲームをさらに先に進めるにはエンディングを迎えない方法を探すしかないようだ」
「魔王は倒されず、勇者とも友達にならない。他に一体どんな方法が」
「簡単さ。エンディングを決めてるやつを倒す」
「そんなこと……」
ここで僕の意識は途絶えた。そして、再び何もない暗闇の中で声が聞こえる。
「強くてニューゲームを選択しますか?」
僕は迷わず「はい」と答えた。
ここまで読んでくださった皆さんありがとうございました。ひとまず、第一部 完 みたいな感じです。
もし第二部、桜にとっては三周目にあたる二度目の強くてニューゲームが始まったらその時はよろしくお願いします。




