第2話 委員長とわんちゃん!?
前回の魔王人生では魔王の力で学校を吹き飛ばしたし、魔界からやって来たと思われるデカい鳥や目を真っ赤にした牛みたいなモンスターが暴れていたので先生や警察に捕まることはなかった。
魔力のせいなのかわからないけど体も大きくなったし、力がみなぎってくる感覚もあった。炎を出すイメージを浮かべながら手を振りかざすと火の玉を出せたし、なんとなく魔王になっていた。
それが強くてニューゲームでは魔王の力を持ったまま中学生の体で過ごせている。たぶん警察や自衛隊が来ても簡単に倒せると思うけど、ひとまず大人しく説教を受けておいた。
「ふぅ。とりあえずこのまま中学生として過ごしてみるか」
警察から解放された僕は思わずつぶやいてしまう。
今回の一件は、僕が殴ったのは問題だけど、あんなに木下が吹っ飛んだのは事故の可能性として処理されたようだ。こんな小柄な中学生には無理だと判断されたんだろう。
「いじめられてるなら、なんでもっと早く相談しなかったんだ?」
帰り道、父親は父親らしいことを言う。
事件になってしまったから言ってるだけで、きっと相談しても何も変わらなかったと思う。魔王に変貌した時、躊躇いはあったものの実家ごと町を焼き尽くした。
ひとまず中学生として過ごすことを決めたので
「ごめん」
と平謝りをした。その気になれば魔王の力でこの世の全て、正確には勇者以外の全てに勝てるという自信が余裕を生んでいた。
だいぶ展開は違っているけど、勇者にさえ気を付ければ無敵なんだ。そう考えると憂鬱だった人生に光が差したように思えてきた。
***
一週間ぶりに登校するとクラスメイト達は僕を取り囲む。
「なあ烏丸! あれどうやったんだ!?」
「全校集会とかすごかったんだよ」
「でもマスコミは全然来なかった。情報規制だよ情報規制」
「先生もSNSの監視をガチでやってて、誰も書き込めないの」
好き勝手に僕に話し掛けてくる。前回、魔王になった時は圧倒的な力で支配して人を集めていたので、似て非なる状況だ。同じシチュエーションでも周りの印象が違う、これも強くてニューゲームの影響なのかもしれない。
「こーら。烏丸くんだって久しぶりの登校なんだからいっぺんに話し掛けないの!」
そう言ってクラスメイト達を制したのはクラス委員長である菱代 側さんだ。身長は小さめだけど、長いサイドテールを肩から垂らすスタイルやその雰囲気は大人びている。
顔立ちも整っているので魔王になった時は秘書として仕えさせたっけ。
「烏丸くん大丈夫? あの時はビックリして何も助けられなくてごめんね。その、今までも」
「うん。ありがとう」
菱代さんはバツが悪そうに謝罪する。僕が彼女を秘書にしたのは、木下に対する不満を抱いていたからだ。初めは怯えていたものの、クラスの雰囲気を悪くする木下を倒した僕に少なからず好意を抱いてくれていたらしい。
「私ね、こんなことを言ったら木下くんに申し訳ないんだけど、烏丸くんがフッ飛ばしてくれてスッキリしたの」
木下に対して負の感情を抱いているのは前回と一緒だ。違うのは。
「烏丸くん、ずっと我慢してたんだね。あんなにすごい力があるなら木下くんをすぐに倒せるのに。それなのに私は見てるだけで、何もできなくて……」
涙を流す菱代さんからは僕に対する恐怖心を一切感じなかった。あくまでも僕をすごいやつと認識し、いじめを止められなかった自分への罪悪感を抱えている。
「泣かないで菱代さん。実は僕もビックリしたんだ。あんなに吹き飛んじゃって。それに、今まで反抗しなかった僕が悪いんだよ。もっと早く嫌だって言ってればあんな風にはならなかったかもしれない」
「なんか、すごいね。烏丸くんはすごいなー」
僕を見つめる視線は完全に恋する乙女のそれだ。いくらなんでもわかりやすい。ほっぺも薄ピンクに染まってるし、嫌いなやつを倒してくれた恩人とかではなく、完全に恋愛対象として僕を見ている。
平均より背が低い僕としては、自分よりさらに小柄な菱代さんと付き合えるならすごく嬉しい。でも、前回の記憶がどうしても躊躇わせる。
「それでね、先生から聞いたかもしれないけど、教室の壁を壊しちゃったのはやっぱりすごい問題みたいで……」
「菱代さんが見張り役になってくれるんでしょ? よろしくね」
「う、うん。見張りって何をすればいいかよくわからないけど、できるだけ一緒に行動するようにするから」
一応超常現象として片付けたとは言え、それならそれで生徒に監視させるのはどうかと思う。もしかしたら前回の魔王人生で菱代さんを秘書にしたのが影響してるのかもしれない。中学生のままだけど、大筋の展開としては似たルートを辿っているような気もする。
つまりこのままだと数年後には勇者に殺されるわけだけど……魔王でもないのに勇者に殺されるって、僕は一体何をしでかすんだ?
強くてニューゲームはヌルゲーの予感がするけどちょっとだけ怖くなった。
「席も隣になったからよろしくね。ふふ、いつも一緒なんて、なんだか烏丸くんに飼われてるみたい」
「飼うのは菱代さんの方じゃないの?」
「んー。私としては犬になってみたいかな。なんて」
やっぱりか。魔王の手籠めとして菱代さんを連れ去って、魔王になった僕にもほんの少しだけ好意を抱いてくれたにも関わらず秘書にした理由。
「そうだ。もしよかったらコレ使って。私が見張り役から逃げだしたら烏丸くんの立場がないでしょ? これで繋いでおけば安心だと思うの」
彼女が差し出したのは犬に付ける首輪とリード。魔王の時はたしかに逃げ出さないように使ってたけどさ、中学生が同級生に使ったらマズイでしょ。
「もし希望があれば四足歩行にもなるよ! あ、でも、お手洗いだけは女子トイレに一人で入らせて。まだそのレベルに到達するのは早いっていうか……」
股間を押さえモジモジと悶える菱代さん。どうやら彼女は犬になりたい願望があるらしい。魔王になった時は僕も気が大きくなっていたので犬として扱っていたけど……その記憶があるだけに、今この状況がさらに恥ずかしいものになる。
魔王城の床が反乱軍の血で汚れた時、菱代さんのおしっこで洗い流させたり、僕のアレをはふはふさせたり、男子中学生の欲望を魔王になって発散してたな~。
「あ、私が烏丸くんの犬になることは学校中が知ってるからお散歩はいつでもOKだワン♪」
「どうなってるんだこの学校は。魔王にでも支配されてるのか?」
もしかしたら菱代さんを秘書兼犬にしたのが間違いだったのかもしれない。もし似たルートを辿るなら、もしかしたら菱代さんと……。嬉しいような、アブノーマルが過ぎるような複雑な気分だ。
強くてニューゲームで始めた人生は思っていたほど簡単じゃないのかもしれない。