第17話 今は中学生ですから
「それじゃあ僕は夕飯の準備をしてくるから、その間に荷ほどきでもしてて。あんまり部屋の中を漁らないでよ?」
「それは漁られると困るものがあると言ってるようなものじゃないかい?」
「うっ……!」
まるで娘を人質に取られている気分だ。元々は……っていうか、今も僕の部屋なんだけど、双葉さんとの勝負に負けて使用権を奪われてしまった。
これが逆の立場で、例えば下着を発見してしまった時は男が悪い感じになるのに、なんでエッチなものを発見された場合も男側の責任を問われるのか。こんな理不尽な世の中を壊してやりたい!
「烏丸くん、顔が魔王みたいに恐いよ」
「そ、そんなことはないと思うよ」
いかんいかん。世界を壊すなんてまるで魔王だ。魔王の力は持ってるけど、別のエンディングを迎えるために、あんなことは二度としないと決めたんだ。
そうだ! 双葉さんにマウントを取れる方法があった。
「双葉さん、もし僕の部屋を漁ったら夕飯抜きにするから」
「なるほど。食欲か性欲かを選べということか」
「性欲ってなに!?」
「烏丸くんの性癖を探求するのは性欲みたいなものだろう。さっきも言った通り、言いふらしたりしないから安心してくれ」
目は『絶対に言いふらしてやる』と言わんばかりにキラキラと輝いている。
夕飯を抜きにされても部屋を漁る気だ。双葉さんはそれなりのお金を持ってるみたいだからコンビニで何か買うという選択肢もあるのか。
「あー、もう、わかったよ。あんまり散らかさないでね。物の場所が変わると僕も困るから」
「そう言ってくれると思ったよ。この世界の魔王は素直で助かる」
別の世界から来た勇者は魔王を手玉に取ろうとするから困る。不敵な笑みを浮かべる双葉さんが憎たらしい。まるで魔王だ。
「じゃあ僕は夕飯作ってるから。あんまり変なことしないでね」
「安心してくれ。ここはボクの家でもあるんだから。勝手はわかってるつもりだ」
違うのは自分の部屋だけであとは同じ間取り。双葉さんなら言われなくても自由に使ってリラックスしそうだ。反対に僕はお客様を迎えてる気分で全然落ち着かないけど。
「烏丸くんの手料理、楽しみにしてるよ」
「たいしたものは作れないからハードル上げないで」
と言ったものの、いつも自分が食べる分だけを用意するので、こうして期待してくれる人がいるのはちょっと嬉しい。絶対に双葉さんには言わないけど。
***
数少ないレパートリーの中で一番得意なオムライスが完成した。強くてニューゲームを始めてから何回か作ったけど、卵の固まり具合を魔王の目で見るので絶妙なタイミングで火加減を調節できる。
これを食べたらきっと双葉さんだって魔王の力に恐れおののくはずだ。
「双葉さーん! できたよー! 双葉さーん?」
二階に向かって呼び掛けても返事がない。疲れて寝ちゃったのかな? 会心の出来になったのに冷めてしまってはもったいない。直接部屋まで呼びに行く。
「双葉さん、寝てるの?」
自分の部屋という感覚が強すぎて、ノックもせずに遠慮なく入ってしまったのが失敗だった。相手は女子。悪いのは僕だ。
「あー、ごめん。いつまでも制服っていうのも落ち着かないから着替えてたんだ」
下着姿で淡々と語る双葉さん。服の上からだと平らに見えた胸も男にはない膨らみがあり、部活で鍛えているからか腰もくびれて正直エロい。
「ご、ごご、ご、ごめん!」
僕は慌てて部屋を出て急いでドアを閉めた。田口さんに接近された時よりも鼓動が速くなってる。
魔王時代には菱代さんや田口さんの裸を何度も見てるし、なんならもっとすごいこともしてるのに、双葉さんの下着姿を見る方が恥ずかしいし罪悪感があった。
変態犬でもなければすごく大人っぽい体付きでもない。同い年のリアルな女子中学生の着替えに妙な気恥ずかしさがあった。
「本当ごめん。自分の部屋みたいな感覚で……って、僕の部屋なんだけど、全然気を遣えてなくて」
「構わないよ。設定的には親戚なんだし。それにしても烏丸くんは純粋だね。まるで中学生だ」
まるでも何も中学生なんだけど、双葉さんとの温度差がすごくて余計に自分が恥ずかしくなる。
「それで、いきなり部屋に入ってきて何の用だったんだい?」
「ゆ、夕飯できたから呼びに来たんだ」
「わざわざありがとう。魔王の手料理がどんなものか楽しみだよ」
「温かいうちに食べてほしいから早く来てね」
そう言い残して僕はリビングへと向かう。
いろいろ経験して大抵のことには動じないと思っていたけど、まさか双葉さんの着替えでこんなに精神を乱されるとは……。
勇者との同棲ではなく、女子との同棲というシチュエーションの方が男子中学生の僕には荷が重いのかもしれない。




