第16話 魔王と勇者は戦うものです
「ただいまー」
誰も居ないとわかっていても、家に帰るとつい言ってしまう。
「おじゃまします。いや、ここはボクも『ただいま』と言うべきかな」
双葉さんがクリアした一度目の勇者人生では、この場所に自宅があって、その鍵はこの世界でもちゃんと使える。僕の家なんだけど双葉さんの家でもあるという不思議な状況だ。
「住所としてはここなんだし、堂々と『ただいま』で良いと思うよ」
「ありがとう。同じ建物だけど違和感もあって、それでもここが自分の家なんだと思うと安心するよ」
今までどこか張り詰めていた双葉さんの表情が柔らかくなる。パラレルワールドのような場所に飛ばされて、二度目の人生とは言え中学生の女の子がずっとホテルで暮らしてきた。
自分が同じ立場ならあそこまで気丈に振舞えるかわからない。この芯の強さこそが彼女が勇者になれた理由なのかもしれない。
「自分の家だと思ってくつろいで……って言うのもなんか変だね。双葉さんの家と言えなくもないわけだし」
「そうだね。内装まで全く同じで驚いてるよ。これなら日常生活は困らないかな」
「あれ? でも僕の部屋は違うよね?」
「どうだろう。見せてもらってもいいかな?」
女子の部屋に入ったことはないけど、たぶん僕の部屋とは雰囲気が違うはず。ほら、特殊な方法で入手したブルーレイとかさ……。
***
「机やベッドの配置は同じだけど、カーテンの色とか本棚に入ってる漫画の種類とかは違うね。ボクと烏丸くんが別の存在であることが証明されたよ」
「そりゃそうでしょ。男子と女子で、魔王と勇者なんだし」
「意外にも表裏一体かもしれないじゃないか。でも、そうだね、やっぱりボクは別の世界に迷い込んで強くてニューゲームを始めてしまったようだ」
その表情はどこか寂し気だった。自室の内装が同じだったら、この世界の住人として認められると期待していたのかもしれない。
「もし部屋の中が一緒だったら、この部屋で寝るつもりだった?」
「ああ、もちろん」
中が違ってて良かった。今から見られたら困るものを処分する時間はない。双葉さんには両親の部屋で寝てもらおう。
「と、いうわけで、烏丸くんは両親の部屋で寝てもらってもいいかな? この世界の両親はあくまでキミの両親なわけだから、ベッドを使われるなら実の息子の方がいいだろう」
「待って! 中が一緒だったらって言ったよね!?」
「うん。家具の配置が同じなら一緒の部屋と言っても過言ではないだろう。もし何かを見つけても秘密にするから安心してくれ」
ニヤリと笑う双葉さんは勇者ではなく、イジワルな中学生そのものだった。絶対言いふらす顔だよ。
「いやいや! だってここは僕の部屋だし、双葉さんだって両親の寝室に荷物を広げる方が楽でしょ?」
「やはり勇者と魔王は意見が対立するんだね」
「双葉さんが折れてくれれば簡単に解決できる問題だよ!?」
「ふふふ。勇者は魔王に屈しないものだ」
なんだかまた双葉さんのペースに巻き込まれてる。やっぱり魔王は勇者に敵わない運命を背負ってしまっているのか……。
「もちろん本気で戦うつもりなんてない。家が壊れてしまうからね。ここはお互い二度目の人生を送る者同士、ちょっと大人っぽく決着を付けようじゃないか」
「大人っぽく?」
「コイントスなんてどうだろう? 表か裏かを当てるゲームだ。勇者と魔王、どちらの動体視力が上か勝負だよ」
コイントスが大人っぽいかは置いておいて、双葉さんの姿を見失ってしまった経験があるとは言え動体視力には自信がある。
「いいよ。魔王の力を見せてやる」
「ふふ。そう言っていられるのは今のうちだよ。ちょうどポケットに百円玉が入っていたからこれを使おう。いくよ?」
双葉さんは百円玉を宙に投げる。勇者の力は使わず、普通の人間が投げるのと変わらない回転と速度だ。頂点まで上がるとあとは重力に従い落下していくだけ。数字が書かれた面と桜の花が描かれた面が交互に映る。
パシンッ!
双葉さんは百円玉を左の手の甲で受け止めた。
「さあ、烏丸くんはどっちだと思う?」
完全に見えていた。僕と同じ名前の桜の花が描かれている面が。
「桜の絵が描いてある方。裏だ!」
「裏でいいんだね? 『裏』で」
妙に『裏』を強調するのは動揺させるためだろう。残念ながら僕の動体視力はそれくらいじゃ動じない。実は右手の中にもう一枚の百円玉があって、それで表裏を操作するのも警戒してたけど、それをしてるのも見えなかった。
残念だったね双葉さん。イレギュラーな勇者が現れたことで魔王と勇者の力関係は逆転してるかもしれないよ。
「では見てみよう。ああ、表だね。ボクの勝ちだ」
「は?」
双葉さんの手の甲には桜の絵が上になった状態の百円玉が乗っていた。
「いやいや! 桜の絵が描いてあるんだから裏でしょ!」
「ふふふ。烏丸くん、『百円玉』で検索してみるといい」
「何を言って……」
僕は急いでスマホを取り出して『百円玉』を検索する。するとそこには衝撃の事実が書かれていた。
「法律上の表裏はないが、造幣局では便宜上、年号の記された面を『裏』としている? それはつまり……」
「100と書かれた方に年号がある。桜の面は『表』ということだ。残念だったね烏丸くん。せっかく見えていたのに表と裏を間違えるなんて」
知らなかった。まさか数字の方が裏だったなんて……。いや、そんなことより。
「なんで最初に教えてくれなかったんだよ!」
「お互いに強くてニューゲームだから知ってるものと思ったんだ」
「……っ!」
そう言われると何も言い返せない。表裏をちゃんと確認しなかった僕のミスだと思うし……。
「と、いうわけでこの部屋は僕が使っていいよね? もちろん、烏丸くんの部屋でもあるから自由に出入りしていいよ。ああ、それと、勇者は人の部屋を勝手に漁るものだから気にしないでくれ」
「気にするよ! 勇者が勝手にタンスを開けるのって実際にやられると思うと本当に最低だな!」
こうなったら、何か漁られる前にアレやコレを退避させるしかない。自由に出入りしていいって言ったのは双葉さんだからな!
「夜這いに来てくれても構わないよ。キミは魔王だ。悪道の限りを尽くしたら神に変わってボクが罰を与えるから」
「行かないよ! ああ、もう! なんで僕の家なのにマウント取られてるんだ」
「いつか勇者に勝てる日が来るといいね」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ僕を煽ってくる。
くそー! いつか絶対に見返してやる! 魔王がいつまでも負け続けると思うなよ。
そう意気込んだものの、ひとつ屋根の下で男女が暮らす上で、男は圧倒的に弱い立場に置かれていることを知ることになる。




