第15話 鍵を持ってるんだから住むのは当然だよね
「まさか同じクラスの男子がボクの家に上がるなんてね。キミの家で間違いないんだろうけどビックリしたよ」
菱代さんとの空中散歩では人目に付かないように気を配っていたのに、家の近くで監視されていたなんて全く気付かなかった。
「そうそう、ちなみに鍵も使えたよ。だからボクが過ごした家と同じ建物が同じ場所に存在している。暮らしている人が違うだけで」
「って、勝手に入ったの!?」
「さすがに上がってはいないよ。ただ、この鍵が使えるか試しただけだよ。ボクが置かれている状況を把握するためにね」
双葉さんは淡々と事実を語る。元からの性格なのか、勇者として魔王を倒した経験がそうさせるのかわからないけど。
「ねーねー成ちゃん。そしたら成ちゃんはどこに住んでるの?」
田口さんが疑問を投げかける。身なりは整っているから野宿ではなさそうだけど。
「幸い勇者の時に集まった資金をそのまま持った状態でね。今はずっとホテルに泊まっているんだ」
「よく中学生だけで平気だったね」
「そこは人生経験だよ。一度は成人を迎えて魔王を倒したボクなら、小柄な大人を演じるなんて簡単なことさ」
なんだか僕が家を奪ったみたいな状況だったから心配だったけど、強くてニューゲームらしくたくましく生活しているようだ。
「でも、いつまでもそんな生活はできないでしょ? このまま高校生になって、大学生になったら学費もかかるし」
「そうだね。今の世界情勢だと魔物退治の依頼も来ないだろうし」
テレビゲームと同じように双葉さんは勇者として魔物を倒して生計を立てていたらしい。職を失ったも同然なのに焦りを感じさせない。
「で、そこでお願いがあるんだけど」
チラリと僕を見る双葉さん。なんだか嫌なが予感がする……。
「同じ場所に建っているとは言え、今は別の家族が住んでいる。でも、その家に入れる鍵は持っている。キミの両親は海外出張で不在。ここから導き出される展開は……わかるだろう?」
「一緒に暮らそうってこと?」
「さすがは強大な力と知識を持つ魔王様だ」
「それは双葉さんだって同じでしょ」
お願いというより答えを誘導された感じだけど……。とは言え、強くてニューゲームを始めた者同士、放っておくのも忍びない。『仕方ない』と返事をしようと思ったその時、
「ちょっと待った!」
声を上げたのは菱代さんだった。
「年頃の男女が保護者不在の中、ひとつ屋根の下で暮らすなんてダメです!」
「大丈夫だよ。ボクらは勇者と魔王だ。敵対することはあっても愛し合うことはない」
「女の子側の意見は求めていません! 烏丸くんは人畜無害な顔をしてるけど、中学生男子の性欲を侮ってはダメ! その欲望を……ハァハァ……私にぶつけてくれてもいいけど」
双葉さんを止めつつ自分の欲求を口に出す菱代さん。本当に変態犬じゃなければすごく良い人なのに……。
「成ちゃんが困ってるのはわかるけど、同棲はやっぱり彼女的に反対かなー」
「だから彼女じゃないでしょ!」
会話の中でさらっと彼女アピールをして既成事実を作ろうとするのはやめて!
「二人が反対する気持ちもわかる。でも、よく考えてほしい。ボクは勇者だ。烏丸くんが魔王の力を持っているとしてもボクなら勝てる」
「魔王ならともかく、今の僕は寝込みを襲うなんてしないから!」
本当かな~? みたいな目で僕を見つめる菱代さんと田口さん。僕はすでにいろいろ経験済みだから、女子と同棲してもラブコメ展開にはならない! ……はず。
「一番大切なのは烏丸くんだ。ボクがこの鍵を使って堂々と家に入るのを許してくれるかい?」
「……その鍵は強くてニューゲームで引き継いだものなんでしょ? だったら、住んでもいいんだと思う」
「ありがとう。家事全般は任せてもらって構わないよ。ああ、でも、夕食の準備はお願いしたいかな。剣道部の練習で帰りが遅くなるから」
僕が逆の立場だったら双葉さんに住まわせてもらうようにお願いしたかもしれない。魔王が勇者にお願いするのはなんだか負けた気がするけど……。
はっ! これって勇者にマウントを取れるんじゃないか。もちろん倒す気なんてないけど、新たなエンディングを迎えるルートに入った気がする。
「烏丸くん? 犬はご主人様の匂いの変化に敏感だかなね? 妙に双葉さんの匂いが強くなってたら……」
「だ、大丈夫だよ! 中学生らしい生活を心掛けるから」
設定としては遠い親戚が同じ家で暮らしてるみたいな状況で、万が一にも妊娠なんてことになったら僕も双葉さんも立場が危ういし、プライベートでの出来事とは言え菱代さんの監督不行き届きも問われかねない。
変態だけど僕の味方でいてくれる菱代さんに迷惑を掛けないように気を付けなくては。
「桜くんのこと信じてるからね。もし女の子と同棲してムラムラしちゃったら、わたしが発散させてあげるから」
「自分でどうにかするから! 田口さんはもっと自分の体を大切にして!」
「ふーん。自分でするんだ~」
つい言わなくていいことを口走ってしまった。
田口さんは他の男子に対してガードが固くなったんだから、僕にも普通に接してくれたらいいのに。
「ふふ。魔王様はずいぶんと慕われているようだね。さすがに三人同時に襲われたらボクでも勝てるかどうか」
「襲わないから! 友達として仲良くやっていこう?」
なんだか双葉さんのぺースに乗せられて、僕は勇者と同棲を始めることになった。
今のところは僕を倒す気はないみたいだし、このまま平和な生活が続けばいいな。




