第14話 勇者様は事情通です
双葉さんは強くてニューゲームを選択した勇者だった。彼女が倒したという魔王の姿は僕とかけ離れているけど、ナンパ野郎に繰り出した剣技はまさに勇者のモノだった。
「双葉さん、なんで無事に魔王を倒せたのに強くてニューゲームを選択したの?」
そのまま人生を続けていれば世界を救った英雄として永遠にもてはやされるはずなのに。
双葉さんは深呼吸をして、決意に満ちた目で答えをくれる。
「魔王を倒して世界を平和にしたボクが強くてニューゲームを選択した理由。それはね、魔王が誕生する前に倒したいと思ったからなんだ」
『魔王が誕生する前に倒したい』
この言葉に僕の鼓動が速くなる。
「魔王は倒したけど、魔王に殺された人々は戻ってこない。だから勇者の力を持って人生をやり直したら、違った世界になるんじゃないかと思ったんだ」
「つまり、僕を倒すってことかな?」
いつ殺されるかわからないまま過ごすなんてできない。単刀直入に話を切り出して牽制する。
「最初はそのつもりだった。でも、ボクも混乱していてね。ボクが倒した魔王の正体は木下くんなんだ」
「え!?」
木下が魔王だった? 僕はあいつを下僕にしてこき使っていた。だけど双葉さんが嘘を付いているとも思えない。
「双葉さんごめん。本当に木下くんが魔王だったの? 僕の記憶では、彼は僕の下僕だったんだけど」
「……やはりどこかで世界が交わってしまったらしいね」
「どういうこと?」
「烏丸くんも感じているはずだよ。力を持っていて、おおむね同じ人生を歩んでいるけどどこか違う。でも、このままだと同じエンディングを迎えそうという不安を」
双葉さんの指摘に僕は無言で頷く。
「ボクも烏丸くんの行動には驚いたし、魔王の力を感じることも不思議に思っていたんだけど、キミの周りには確実に人が集まってきている。魔王は強引に従わせていたからその点は違うけど、でも、展開はほぼ同じだ」
「うん。僕もそう思ってた。もし同じルートを辿るならって考えたから教室で田口さんのことを話したんだけどね」
力や知識だけでなく、おおまかな未来も知っているからこそ成し遂げられたことがあるのも事実。わからないことだらけだけど、悪いことばかりじゃない。
「そのカリスマ性っていうのかな、着実に勢力を大きくする烏丸くんを見て、やっぱり魔王なんだと思ったよ。だけど、まだお互いに中学生だ」
「僕は勢力を拡大する気なんてないんだけど、それでもこうなっちゃうんだよね。このままだといつか勇者にまた倒されるって考えちゃうし」
お互いに勇者と魔王の存在を確認しつつ、だけど同じ中学生であるがゆえに手が出せない。この均衡状態を解消するために双葉さんは動いたのかもしれない。
「それで、烏丸くんを倒した勇者ってどんな人なの?」
「ああ、うん。まず男の人なんだ。背も高いし、双葉さんと見間違えるってことはないと思う」
『背も高い』の部分でちょっとムスっとする双葉さんが可愛い。小柄なのを気にしているようだ。
「だけど剣さばきは同じだった。僕にダメージを与えるどころか、滅ぼすほどの攻撃なんて初めてだったからよく覚えてる」
「そう。もしかしたらボクは烏丸くんの強くてニューゲームに迷い込んでしまったのかもしれないね」
「……どういうこと?」
勇者だからなのか、双葉さんは自分の状況についての考察と飲み込みが早いように感じる。僕が知らない事情も知っているのかもしれない。
「一度目の人生。ボクは勇者、烏丸くんは魔王としてエンディングを迎えた。それぞれ別の世界でね」
「うん」
「烏丸くんは同じ世界で強くてニューゲームを始められたけど、ボクは別の世界、烏丸くんの世界に迷い込んでしまった。似てる世界だけど、ボクの世界に存在しなかった烏丸くんはボクを知らない」
「いわゆるパラレルワールドってやつかな?」
「そういうことだと思う。烏丸くん以外がすんなりボクを受け入れたのは、ボクの世界にも菱代さんや田口さんがいたからじゃないかな」
そう言われるとそう思うし、うまく言いくるめられてると思うとそう思える。
強くてニューゲームがそもそも特殊な状態なんだけど、なんで双葉さんが別の世界にやってきてしまったのか、その謎は今誰にもわからない。
「それで双葉さんはどうするつもりなの? だいたいの展開が同じと言っても、木下くんが魔王になる気配はなさそうだけど」
「ボクもそこが気になっているんだ。あの横暴な木下くんが完膚なきまでに敗北して今は引きこもっている。魔王の力を持ってる烏丸くんは、やり過ぎな所もあるけど力を悪用していない。ボクの勇者の力は一体どうすればいいんだろうね?」
遠い目で窓の外を眺める双葉さんの表情は悲しみとも諦めとも取れる寂し気なものだった。
「あー、でも、ご家族も元気なんでしょ? 僕の魔王の力が気になるかもしれないけど、それ以外はおおむね前と同じなら……」
「家族ならいなかったよ。住んでいた家もね」
「え? それはどういう」
僕にとってのイレギュラーが双葉さんのように、双葉さんにとってのイレギュラーも僕だけじゃないのか? まだまだわからないことが多すぎる。
「正確には同じ場所に同じ家は建っていたよ。でも表札は全く別の名前だった。その家の住人は留守にしてることが多いらしく、しばらく監視を続けた」
双葉さんはたんたんと言葉を続ける。それと同時に、僕の中で嫌な予感がどんどん膨らんでいく。ツーっと顔を汗が流れ落ちる感覚があった。
「家に入ったのはボクと同じくらいの中学生だった。一度目の人生で会ったことはなかったけど、クラスメイトとして同じ教室にいた男の子」
一体どういうことなんだ。二度目の人生における双葉さんは僕にとってのなんなんだ。
「烏丸くん、キミだよ」




