第13話 勇者の正体
僕だけが存在に違和感を覚える同級生・双葉さんと出会った翌日、クラスには普通に双葉さんが溶け込んでいた。一体いつから居たのか全くわからない。
強くてニューゲームが始まった時点でクラスメイトの一人として存在していたのか、昨日のナンパ事件から登場したのか見当も付かない。
「おはよう。三人は仲が良いね。烏丸くんは両手に花ってやつじゃないか」
友達との会話を中断してまで僕らに声を掛ける双葉さん。正体がわからないので妙に警戒してしまう。
「成ちゃんおはよー。今日も子犬みたいで可愛いね」
「ご主人様!? 私以外の犬を!?」
せっかく田口さんがクラスの女子とも打ち解けたと思ったら、今度は菱代さんがまたおかしな方向に突き進んでしまっていた。犬とご主人様の関係とは言え、仲良くなってるのはルート分岐の予兆なのか、それとも……。
「おはよう。双葉さん。昨日は大変だったね」
「まさかナンパされるなんて思ってなかったからビックリしたけど、ボクにも需要あると思うとちょっと嬉しかったよ」
需要って。それにしてもボクッ子なんて珍しいのに、やっぱり僕は全く覚えてない。双葉さんは一体何者なんだ。
「双葉さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい? スリーサイズは秘密だよ」
「そんなことじゃなくて」
「……自分で振っておいてなんだけど、バッサリ断られると傷付くね」
「ごめん……」
魔王の命を狙う勇者だと思うと身構えちゃう部分もあるけど、こうして会話する分には独特のノリがあってちょっと楽しい。
「で、聞きたいことって?」
「ああ、うん。双葉さんって転入生だっけ?」
「……そうとも、言えるかな」
さっきまでのテンポの良いボケとは打って変わって、ずいぶん歯切れの悪い回答だった。
キーンコーンカーンコーン
「チャイムが鳴ってしまったね。続きはあとにしよう。ボクも烏丸くんに確認したいことがあるんだ」
「うん。またあとで」
「退屈な授業だけど、それが実は幸せなことだったりするんだ。烏丸くんならわかってくれるだろう?」
「……」
悟りを開いているような発言というより、まるで一度人生を失った経験でもあるような物言いが引っ掛かった。推測がどんどん確信に変わっていくと同時に、自分の運命がどこに向かっているのか不透明になっていった。
***
「菱代さん、田口さん、ちょっと烏丸くんを借りていい?」
放課後、双葉さんは僕ではなく二人に声を掛けた。これじゃあまるで二人が僕の保護者みたいじゃないか。
「どういったご用件でしょうか?」
「うーん。みんなの前では恥ずかしいことかな」
「やっぱり成ちゃんは桜くんを狙って!? 桜くんは自分より小さい女の子がタイプなのね。通りでわたしに振り向いてくれないわけだー」
この二人がいるとどうにも話が進まない。でも、二人がいるから僕の命が守られている側面もあると思う。もし双葉さんが魔王の力を持つ僕を殺すにしても、普通の中学生の目の前ではやらないだろう。
「双葉さん、その話って二人が聞いたらマズい感じ?」
「……巻き込んでいいなら」
その返答に僕は言葉を詰まらせる。クラスのみんなには魔王の力を見せつけているし、木下の家で二度目の人生であることを話している。信じてもらっているかはわからないけど事情は知っている。
田口さんは僕をただのすごい中学生くらいにしか思ってないけど、今後事件に巻き込まれる可能性がある。
双葉さんからも魔王と勇者について説明してもらえれば信憑性が増すかもしれない。
「二人も関係者なんだ。僕と違って自覚はないけどね」
「そう。ボクや烏丸くんとは少し事情が違うんだね」
「まずはお互いの状況をちゃんと把握しよう。どこか空き教室にでも行こうか。二人もいいかな?」
シリアスな雰囲気を感じ取ったのか無言でこくりと頷く。普段なら首輪だ何だとわちゃわちゃするところだが、今回ばかりは神妙な面持ちで廊下を歩いた。
適当な空き教室を見つけてそれぞれ席に着くと、まず最初に口を開いたのは双葉さんだ。
「信じてもらえないかもしれないけど、ボクは一度勇者として魔王を倒してるんだ」
やっぱり双葉さんは勇者だったんだ。でも、僕の記憶とはずいぶんと外見が異なっている。
「山よりも大きい体に翼が生えていて、飛び回るだけでも災害が起こる最悪の存在だった。でも、あの時のボクは剣だけでなく魔法も使えたから何とか倒せたんだ」
「ちょっとちょっと! その勇者ってマジで言ってるの? ゲームの話じゃなくて?」
「……ゲームか。ある意味、人生ってゲームみたいなものなのかもしれないね」
「ゲームみたいなものって……魔王を倒した勇者がどうして今ここにいるの?」
勇者や魔王の話を半分くらいにしか聞いてなかった二人はツッコミが止まらない。
でも、その気持ちもわかる。だってその魔王、僕とかけ離れ過ぎているから。
「ゲームだと魔王を倒すとエンディングだろう? ボクもそうだったんだ。魔王を倒して反乱軍の隊長に報告して、パーティを終えたら意識が遠退いていった。そして謎の声に『強くてニューゲームを始めますか?』と聞かれたんだ」
「強くてニューゲーム……」
身に覚えのあるキーワードを思わず反芻してしまう。まだ不明な点はあるけど、やっぱり双葉さんは強くてニューゲームを選択した勇者だったんだ。




