第11話 勇者現る?
「桜くーん。一緒に帰ろー」
誤解が解けてクラスの女子とも打ち解けた田口さんだけど、やっぱり妙に僕に絡んでくる。魔王時代にいつも近くに居てもらっていたのがこんな結果を招くなんて思いもしなかった。
「ご主人様、見張りは私の役目だから無理しなくていいよ」
「その監視って学校の中だけでしょー? むしろ外ではわたしがしっかりと桜くんを見ててあげる。お勤めご苦労様でした」
恐い。恐すぎる。二人とも笑顔だけど雰囲気が笑えない。魔王時代にはこういう取り合いみたいなことはなかったから、ルートが少し変わっていると言えなくはないのかもしれないけど。
あと、菱代さんがナチュラルに田口さんをご主人様呼びしてるのが怖い。それを受け入れる田口さんも怖い。
「まあまあ二人とも、三人で一緒に帰ろ? ね?」
「二人きりは恥ずかしい? 桜くんは可愛いなー」
「ま、まあ。ご主人様も飼い主だし」
田口さんはともかく菱代さんの言ってることはやっぱりおかしい。だけど、なんだか心地いい。中学生活はいつか終わりが来るけど、こんな風な日常がいつまでも続けばいいと思った。
***
三人で商店街を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた。正直、聞きたくはなかったんだけど……。
「ボクッ子とか超可愛いじゃん」
「剣道よりも楽しいこと経験させてあげるよ」
「その強がってる目も堪らないよ」
田口さんに絡んでいたナンパ野郎達だ。警察に助けを求めたりしない代わりに、全く反省せず中学生をナンパしているらしい。……田口さんは大人っぽいからまだわかるけど、あの子はどう見ても同じ制服を着た中学生だ。
菱代さんと同じくらいの身長で、セミロングにしたブラウンの髪は遠目からだと男子に見えるかもしれない。でも、その要因は髪型だけじゃない。胸が真っ平らなんだ……。
スカートだし、よく見たら絶対に女子なんだけど、パッと見だと男子に見えなくもない。顔立ちは整っていて綺麗とは言え、あのナンパ野郎達の守備範囲の広さに驚く。
「ごめん二人とも。ちょっとあの路地裏に用事が」
「まさかまたナンパ!?」
「ちょっと! その言い方だと僕がナンパするみたいじゃん」
「ごめんごめん。あいつら、桜くんに吹き飛ばされたのに全然反省してないんだね」
「しつけが足りなかったんだよ。もっとこう激しく、厳しく。心にも傷を残すようなしつけが……ハァハァ」
勝手に興奮してる犬はさておき、田口さんみたいに怖い想いをする女の子を増やしてはならない。魔王の力で今度こそ更生させようと思ったんだけど……。
「あの、ボクがみなさんを斬っても正当防衛になりますよね?」
「なるよー。なるなる。その竹刀で斬れたらね」
「なんかそそるわー。必死に抵抗して最後は堕ちるって最高じゃん」
ナンパ野郎がゲスな妄想を膨らませる一方で、女の子はものすごく落ち着いている。それどころか、魔王の力を持つ僕でさえもビリビリと空気が張り詰めているのを感じるくらいだ。
なぜ彼らには伝わってないんだ。この子は……強い!
「どうしたの烏丸くん? 路地裏に用があるんじゃないの?」
「うん。だけど、ちょっと様子を見ようと思って」
ここで彼女を助けるのは簡単だ。でも、魔王を戦慄させるあの子の正体も気になる。万が一にも彼女が負けそうになっても僕なら一瞬で助け出せる。
「もしかして桜くんはああいうボーイッシュな子が好みなのかな?」
「ち、違うよ! なんかあの子、すごく強そうだなって。もしかしたら自分で男三人を倒しちゃうのかなって思ったんだよ」
そんなやり取りをする間に彼女は竹刀を構える。どうやら本当に闘うつもりのようだ。小柄な女の子とは思えない気迫が彼女を包む。
それに気付かないのは、ナンパ野郎達に武の心得がないからだろう。外見だけでしか強さを判断できない、いかにもザコという感じだ。
「あ、うご……っえ!?」
彼女が一歩踏み込んだと気付いた瞬間、その姿が消えていた。
そこまで集中していなかったとは言え僕の動体視力でも追い付けないなんて只者じゃない。
先程から感じているある種のオーラのような気配を頼りに探すと、彼女はビルの四階ほどの高さまで跳び上がっていた。
「まさか彼女も魔王の力を!?」
強くてニューゲームを始めたのが自分だけという確証はどこにもない。ただ、僕が知る限り魔王は一人だったはず。それならあの子は一体何者なのか、分岐したルートに入って展開が変わったのか、一気に情報が押し寄せてきて混乱する。
「うるさいからちょっと痺れてて」
彼女は落下しながらつぶやくと高速の突きをナンパ野郎達に向かって繰り出す。まだ距離が開いているので直接竹刀は触れない。しかし、超高速の突きは風を生み出し、電撃となって彼らに走っていった。
「「「んぎゃあああああああ!!!!」」」
電撃を浴びた三人は叫び声を上げてその場に倒れ込む。感電して気絶したようだ。
すごい。と思わず感嘆の声が漏れると同時に、僕はあの剣技に覚えがあった。
「あの子はもしかして……勇者」
「勇者って、烏丸くんを倒したっていう、あの?」
「うん。僕の記憶にあるのは背が高い男の人なんだけど、強くてニューゲームを始めた時に姿が変わったのかもしれない。魔王の僕が中学生をやっているように」
ルート分岐なんて全然していなかった。僕と同じように、勇者も別の形で力を持って二度目の人生を開始していたんだ。
この時の僕はそう思っていた。




