第10話 あえて同じルートを辿ってみます
田口さんに絡んでいたナンパ野郎を吹き飛ばした一件で呼び出しをくらうかもと内心ドキドキしていたけど、朝のホームルームの時点では特に何事もなかった。
「えへへ。昨日はありがとね。桜くん」
そう言いながら田口さんはイスに座る僕を押しのけながら無理矢理座ってくる。
「ちょっ! 狭いよ田口さん」
「へーきへーき。桜くんちっちゃいし、わたしは密着できて嬉しいし」
「全然理由になってないよね!?」
一つのイスに二人で座るとなれば当然体が密着する。できるだけ身を引っ込めて田口さんの体に当たらないように気を配ってるけど、向こうから押し付けてくるのでどうにも逃げ切れない。
「烏丸くん、田口さん? さっきから一体何をやってるのかしら?」
僕の見張り役である犬こと菱代さんがお堅い委員長オーラを出して声を掛けてきた。何をやっているのかという問いに対しては僕からもそっくりそのまま返したい。
「ダメ―? 側ちゃんは桜くんの犬、わたしは彼女」
「はひ!? か、かのじょ!?」
田口さんの爆弾発言で菱代さんを始め教室内にざわめきが起こる。
「待って田口さん! 僕たち別に付き合ってないよね!?」
「んー? わたしは桜くんのこと好きだよ?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて」
なんだか話が噛み合わない。けど、僕を独占しようとするのは魔王時代の記憶と一緒だ。やっぱり同じルートを辿ってしまっている。
「桜くんはわたしのこと嫌い?」
「き、嫌いではないけど」
『好き?』ではなく『嫌い?』と質問するのがテクニシャンだ。好きだと答えにくいけど、嫌いなら簡単に否定される。やっぱり田口さんは男を手懐けるのがうまい。
「嫌いじゃないなら、これから好きになる可能性は十分あるでしょ?」
「ひゃうっ!」
猫や犬と遊ぶように顎を指でなでられると思わず変な声が出てしまった。
「田口さん、そういうのは飼い主が犬にやることだよ?」
「んふふ。側ちゃんにもやってあげようか?」
中学生らしからぬ妖艶な笑みを浮かべ菱代さんにジリジリと近付く。
「い、いや。私は別にそういう趣味は……」
「わんちゃんなのにー?」
「う、うぅ……」
田口さんの指が菱代さんの顔をそっと撫でる。幼さが残る菱代さんを、高身長で大人びた田口さんが責める。女の子同士のイケない関係を見ているようだ。
男子はもちろん、女子達も固唾を飲んで見守っている。もしかして、これが田口さんが女子に馴染むヒントになるかも。
キーンコーンカーンコーン
「あら残念。続きは放課後ね」
「結構です!」
それぞれが自分の席に戻っていく中、菱代さんは僕と二人きりの時とは違う、また別の犬の表情を見せていた。あれ? もしかして、飼い慣らされつつある?
***
「なあ? 今日の田口さんめっちゃエロくなかった?」
「わかる! あの指遣いヤベーよ」
放課後、教室内ではそんな話も聞こえてきた。本人に聞こえないように小声で話しているが、僕の聴力ではハッキリと聞こえてしまう。
一度目の人生では彼らと同じ感想を抱いていたし、その……致したこともあるけど、童貞を卒業した者の余裕として見過ごす訳にはいかない。だって、田口さんがこういう行動をするのは僕らのせいなんだから。
「田口さん、ちょっといいかな」
「え? もしかして愛の告白!?」
「違うけど、話したいことがあってさ」
僕はこれまでルート分岐を狙っていろいろな方法を試してきた。ちょっとは違う展開になるけど、大筋は似た道を辿っている。それなら、きっと最後は田口さんと仲を深めるルートになるはずだ。
「教室で話すのは申し訳ないと思ったけど、でも、みんなに聞いてほしいから」
「やっぱり公開告白!? 照れちゃうなー」
腕でおっぱいを挟み、強調された胸を揺らすように体をクネクネさせる。
その様子を男子は血走った眼で、女子は冷めた視線で見つめている。
「田口さんはさ、本当は男子が恐いんだよね? 僕らにエッチな目で見られるのが嫌で、でも負けたくなくて、自分からアピールしてる」
「……な、なにを言ってるのかな? よくわからない」
さっきまで軽快に話していた田口さんの表情が強張る。誰にも相談できずに自分で編み出した防衛法を暴露されてしまったのだから。
「正直なことを言えば、田口さんのスキンシップにドキドキしたし、その、まあ、うん。でも、田口さんの良いところはそういうのじゃなくて、動物にも好かれる包容力だと思うんだ」
「ど、どうぶつってなんのことかな?」
あれ? むしろ動物の方を知られたくない感じなの?
「前に見かけたんだけど、猫を引き連れて歩く田口さん可愛かったよ。あんなに懐かれるって、心が優しくないと無理だと思うし」
「なぜそれを!?」
「ほら、僕、目が良いからさ」
菱代さんと空中散歩をしてる時に妙な集団がいるなと思って目を凝らしたら、田口さんと猫の列がいたんだよね。魔王の力を手に入れたまま二度目の人生がスタートして戸惑う心の癒しになった。
「田口さん、もう無理しなくていいんだよ。変な男からは僕が守る。だから、動物が好きな本当の自分でクラスで過ごそう?」
「……本当? わたし、もう肌を出さなくていいの?」
「うん。それで文句を言うやつがいたら僕が吹き飛ばす」
残念そうな顔をしていた男子の表情が引き締まる。ああ、これじゃ暴力で支配してるのと一緒だ。
「違うんだよ! あからさまに露出されるより、ガードが固い中でチラリと見える方がロマンがあるだろ?」
クラスの男子を説得するために咄嗟にこんなことを口走ってしまった。
「それな!」
「さすが烏丸わかってる」
「男子の鑑だ!」
など賞賛の声が上がる一方で、
「うわキモ」
「良い奴かもって思ったけど男子って……」
「今まで大変だったね田口さん」
というのが女子の反応だった。まあでも、魔王なんてこんなものか。嫌われるのには慣れている。
「ありがとね。桜くん」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。僕はみんなに本当の田口さんを知ってほしかったんだ」
「それって、彼女をみんなに紹介したい心理?」
「だから僕たち付き合ってないでしょ!」
ひとまず田口さんは女子達に受け入れられた。この先の展開を知ってるからできる荒業だった。それにしても、とことん同じルートを中学生として辿っている。違うのは木下くらいだけど、この一点だけでエンディングを変えられるかな。
***
「ね、ねえ。田口さん」
「ん?」
「たまにでいいから、リードに繋いでお散歩に連れていってくれないかな? あと、ご主人様って呼んでいい?」
「……」
【悲報】動物に好かれる田口さん、菱代さんにも変な好かれ方をされる。




