第1話 強くてニューゲームを始めました
ああ、やっぱり魔王は倒される運命なんだな。
中二の夏に突然魔界から力を与えられた。いじめられっ子から魔王へと変貌を遂げてどれくらいの時が経っただろう。
クラスの可愛い子を手籠めにして、僕をいじめてたやつを下僕としてこき使ってやった。
魔力によって体はどんどん大きくなって力も付いた。魔法を学ぶ過程で大学卒業くらいの知識も身に付いている。それでも、勇者には敵わなかった。
これが魔王になった者が迎えるエンディングなのだろう。意識が少しずつ薄れていく。
結局、僕に力を与えたやつの存在を知ることはできなかった。とにかく好き勝手に暴れて、自分が生きやすいことを最優先にして世界を作り変えていった。
空はどんよりと曇り陰鬱としている。巨大な城を建設させて、周りには魔界から輸入した鳥型の魔物を飛ばせてみた。
魔王にとって過ごしやすい環境を整えて、それから先はどうしたかったんだろう。
こんな目標のない魔王じゃどのみち終わりだったのかな。
憎き勇者……いや、もしかしたら心の底では憎んでいないのかもしれない。魔王としての人生を終わらせてくれた勇者の顔はもう僕の目には映っていない。
力付くとは言え、おっぱいを揉めたし、その先も経験できた。我が人生に悔いなし。そう思える最期だ。そうなるはずだった。
「強くてニューゲームを始めますか?」
誰もいない暗闇の世界なのに、脳に直接響くような声が聞こえてきた。
「強くてニューゲームを始めますか?」
「どういうことだよ。魔王としてのエンディングを迎えたから、もう一度やり直せるってか?」
「強くてニューゲームを始めますか?」
謎の声はバカの一つ覚えで同じことしか言わない。
はい か いいえ の二択しか受け付けないのかもしれない。
「後悔はないと思ったけど、もし強いまま人生をやり直せたら別のエンディングがあるかもしれない。はい! 始めます」
力強く宣言すると、目は見ないが光を感じることができた。
あの日、魔王になった時のような、別の生き物に生まれ変わる感覚。
細胞の一つ一つがものすごい速さで死んでは生まれを繰り返しているようだ。
その一方で意識はどんどん薄れていく。心地良い眠りに付くような安らかな気持ちになっていく。そして……
***
「さくらちゃーん。今日もサンドバッグよろしくねー」
憎たらしい笑顔と、中学生とは思えない巨体で僕に迫ってくるのはいじめっ子の木下 衆だ。
初めてのはずなのになぜか覚えている。忘れもしない、僕が魔王になった日。強くてニューゲームってここから始まるのかよ。
「おいおいどうした? なにか言ってくれよ。特製の喋るサンドバッグなんだからさ」
木下は僕を『さくらちゃん』と呼ぶ。僕の名前が桜と書いて『おう』と読むからだ。
当時、という表現があっているかわからないけど、前回の時はついにキレた僕が木下の顔面をぐちゃぐちゃになるまで殴り続けた。
返り血を浴びた僕の顔に怯えた他のクラスメイトは誰も止めに入らず、気が済んだところでようやく殴るのをやめた。
「さーくーらーちゃーん。声出そうよ? 俺の拳で気合注入してあげようか?」
この言葉もしっかりと覚えている。木下の気持ち悪い笑顔も一緒だ。やっぱり僕は中二のあの日をやり直してる。
「なあ! 返事しろよ!」
我慢の限界を迎えた木下が殴りかかってくる。この一撃を顔面に受けた時、僕の中で何かがはじけ飛んで、それと同時に魔界から力を与えられたんだっけ。
でも、今は違う。木下の拳がずいぶんとゆっくりに見える。それに、なんと弱々しいパンチだろう。中学生の中では強い方かもしれないけど、魔王の前では赤子同然。そんな感想が自然と浮かんできた。
「あれ? もしかして本当に強くてニューゲーム?」
思わずひとり言が漏れると同時に、殴りかかってくる木下に反撃してしまう。
バゴーーーーーーーーン!!!!
およそ人を殴ったとは思えない音が教室に響き渡る。
それもそのはず。木下は教室の壁を突き抜けて廊下まで吹き飛んでしまったのだから。
「え? なにこれ?」
「実は撮影だったとか?」
「烏丸って実は強かったの?」
「おーい。木下、生きてるかー?」
「実は私、ちょっとスカッとしたかも」
「木下はやりすぎだったからな」
「烏丸くん、今まで助けられなくてごめんね」
様々な声が教室内から聞こえてくる。
あれ? なんか展開が変わってる?
元々魔王の力を持ってるから、魔界との繋がりなんていらないの?
「なんの騒ぎだ? ……おい、木下!」
「誰か山田先生、救急車を! 警察にもお願いします」
「騒ぎの原因は誰だ!?」
あれだけ大きな音がすれば先生達も集まってくる。
魔王の力を持っているけど、見た目はただの中学二年生・烏丸 桜のままだ。
今回は中学生らしく職員室で説教されたあと、警察のお世話にもなる羽目になってしまった。