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 翌日土曜日。暇で毎週ほぼ丸一日お店を開けるので、いつものごとく朝早くに起きて支度を整える。お気に入りのシャツとジーンズというラフな格好で外に出る。完全に彼氏つくる気ゼロであった。諦めたともいう。

 入学早々に葬儀関係で欠席が目立ち、スタートダッシュを失敗してしまったからだ。後日登校すると「ああ、最初葬儀で居なかった人……」と遠くから避けられて当たり障りのない必要最低限の会話しか出来なかった。

 私も相手の立場なら気持ちは分かる。喪中の相手に対して「元気出せよ!」と言ったら空気読めてないし、逆にこちらから「気にしないで……」と――もれなく世間フィルターで落ち込んで見えるので三点リーダーが付与される――本気で言っても適当な対応するわけにもいかないし。余程の能天気なら気にしないかもしれないけどさ。たぶんそのタイプは事前に周囲が止めるだろう。

 つまり、そう。余計なリスクを冒してまで、既に形成された自分たちのグループに加えるほどでもないということだ。世の中そんなもんで非常に残酷である。気にしていないと言えば嘘になるけど、慣れてしまえばどうってことは無い。あとは学校行事で必要に迫られれば勝手にぼっち同士で組まされるだろう。同じクラスメイトが誰かも把握していないのでぼっちがいるかは定かではないけれど。


「おはよう、ひめちゃん」

「……おはようございます」


 今困っている訳ではないけど、今後の学校生活をどうしたもんか思案してお店を開いていると、商店街でお店を始める時お世話になった三田(ミタ)智恵(チエ)さん――周囲からはチエおばあちゃんと呼ばれている――が声を掛けてくれる。

 ちなみに私の名前は佐藤(サトウ)結妃(ユキ)で決して姫ではない。今更訂正するには浸透し過ぎているので放置しているだけだ。重ね重ね確認するけど、決して自分からそのように名乗った覚えはないのである。


「今日も頑張るわね~。後でお菓子でも持っていくわよ」

「いつもありがとうございます」

「だから、ね? 少し聞いてほしいことがあるのよ、あ、もちろん代金は支払うわよ」

「はい。後程お待ちしています」


 笑顔で去っていくチエおばあちゃんを見送り、いつものごとくご近所の噂話だろうと考える。毎回毎回どこから仕入れてきたのか、ジャンル問わずネタをお持ちである。いっそのこと本でも出せばいいんじゃないかと毎回思うところまでがワンセットの定番と化している。

 開店札を出して狭い店内へスタンバイする。だらだらしていても誰も咎めないのが魅力だ。それに元から利益度外視のお小遣い程度に運営してるので、昨日のように初めていらっしゃるお客様は珍しい。そもそも来客自体知り合いばかりであるのでお察しだけど。


 ――カランカラーン


「ひめちゃ~ん、来ちゃったわ~、お待たせ~」

「早かったですね、チエさん」


 開店から一時間もしないうちに三田さんが来店した。事前に言っていた通りお菓子も持参して頂いたので丁寧にお礼を言ってお茶をお出しする。チエおばあちゃんが「チエばあでいいのよ~」とか、今日はどこそこの「~有名店で勝ったショートケーキよ~」とか、どこそこの「~さんが不倫を~」とか軽いジャブで勝手にお話し始める。いつものことなので気持ち半分で聞いておく。

 正直私にとって味は美味しければブランドとか有名店とかどっちでもいいし、顔も知らない奥様が不倫されてるとか私が聞いてもどうにかなるわけでもないし、お世話になった手前馴れ馴れしく話せないので、心の中でだけチエおばあちゃんと呼ばせていただいてます。


「――それでね、面白い噂を聞いたの」


 一通りご近所のゴシップから明日の天気、政治に世界平和までジャンル関係なく幅広く話しきると落ち着いたのか、お出しした緑茶を口に含んだ。ここから毎度本題に入るのだ。

 私はいつものごとく聞くに徹する。無駄に興味を示すと話が本筋から脱線してしまうので。稀にどこ情報かは教えてくれないけど役立つ情報もあるのでそれだけは避けたい。ひそひそと声を潜め背も丸めて周囲を確認し出す怪しい雰囲気満々なチエおばあちゃんの話をよく聞きながら湯呑を持ちあげる。

 そういえば前に聞いた情報で一番役立った情報は何だったか、ああ、確か――


「……昨晩、忍者が出たらしいのよ」

「――ぶぅぅぅッッ……!!」

「ひめちゃん?」


 ……あっぶな。まだ少ししかお茶を口にしなくて良かった。危うく淑女の禁忌を侵してしまうところだった。突然はしたなくお茶を吹いた私に目を開くチエおばあちゃん。心配されたけど特に怪しまれることなく、なんとか「お茶が思ったより熱かったからビックリしただけ」とチエおばあちゃんを納得させた。納得出来たら出来たで話を再開させるようにまた怪しいポーズを取った。

 その話、物凄く興味あるので一言一句聞き逃さないように私も若干身を乗り出した。まだ「昨晩」「忍者」という単語が出ただけで必ずしも私が見たアレというわけではないはず。いやそこら中に目撃情報あったらそれはそれで忍びきれてないと微妙な心地にはなるけどね。

 とにかく断定するには時期尚早である。まだ夢や幻の線も捨てきれない……!


「ひめちゃんが住んでる学生寮の裏手にある公園に続く路地に出たらしいのよ」

「――ピンポイントですね……」


 色々言いたい言葉をチエおばあちゃんの前だからと呑み込み、一言感想を告げる。……いやいやいや、どう考えてもありえないでしょ。そんなピンポイントな噂聞いたことないよ。それにその情報視点で考えると私以外に他の目撃者が居たってことでしょ? あの場には私以外見当たらなかったはずだけどどこから見られていたのか。

 周囲にはビルが無いけど住宅が立ち並んで死角も多い。特にあそこの路地は狭い道、高く圧迫する壁、日中でも光が届かず年中暗い、と言われているほど誰も通らない、人気が少ない裏道である。周辺住民は日中でも通ることは無いので今利用してるのは私くらいだ。向かい側までの見通しはいいので、反対側に誰かいれば夜でも見えたはず。……考えれば考えるほど謎が深まるばかりである。


「ええ、そうなの。この話には続きがあってね」

「……聞きましょう」


 念のため。ええ、念のため。


 先程よりもいっそう身を縮こませて声を潜める怪しい体勢のチエおばあちゃん。今更、それいちいち必要ですか、と聞くのは野暮である。このままいきましょう、どこまでも。最後まで付き合います、ええ。……何より続きの内容が気になるので。


「――噂の忍者、ひめちゃんと同じ学校らしいのよ~」

「――――」


 ――ドンッ!


「ひ、ひめちゃん? だ、大丈夫?」

「……気にしないで下さい。手を下げようとして机に思いっきり当たってしまっただけですから」

「そ、そう? 無理しないでね? 痛かったら言ってちょうだいね?」

「はい……」


 どういうことだってばよ……。


 ――ハッ……! 思わず現実逃避してしまった……。しっかりしろ、私。噂通り同じ学校だとして、必ずしも同年代の生徒だとは限らない。それに全校生徒何人いると思ってるの。中高大一貫のエスカレーター式マンモス校なんだから早々に見つかるはずないでしょ、きっと。

 私は高校からの編入組だけど、他にも何百人と編入生はいるし、さらに言えば当人と同じクラスなんてそんなまさかなことがあるわけないでしょう。……そうよ、きっと大丈夫。昨晩は空も曇っていたし、街灯も無い暗い路地。顔なんて見られてないはずよ、きっと。

 ……まさかそんな低い可能性で見つかってしまって、最終的に「秘密を知られたからには生かしておけない」みたいな口封じとか、「お前も仲間なら情報全て話せ」みたいな拷問とか、まさかそんなひどい目に合ったりはしない、よね? パッと頭を過ぎっただけだけど、究極的にどちらも遠慮願いたいっ。


「顔色悪いわよ? 本当に大丈夫?」

「ええ、大丈夫です……ところで。何故私と同じ学校だって分かったんですかね……?」


 私の顔色を見て心配してくれるチエおばあちゃん。このままお開きになりそうな雰囲気を感じ取り、これだけは聞かねばと震える両手を膝の上で重ね抑え込み聞く。まだ心配そうな表情だったけど、私の聞きたいと訴える強い意志を感じ取ってくれて、サラッと教えてくれた。


「――どうやらひめちゃんと同じ学年の制服を着てたらしいのよ」

「…………」


 言い逃れできないっ……!


 我が校はそこそこ有名な名門マンモス高で、高校までの制服にはそれぞれの学年ごとに並々ならぬこだわりが反映されている。海外の有名デザイナーと日本の和装職人がコラボした気合の入れようで、おそらく全国探しても同じデザインの制服は無いだろうほどなのだ。人々に噂されるほどには目立つわけである。

 それからは虚ろな相槌しか返さなくなった私を心配したチエおばあちゃんにより、その日の業務は強制終了となった。家に帰って寝るまでのぼんやりとした記憶は残っているけど、考えることが多すぎて次の日の朝まで記憶が曖昧になってしまった。

 そうそう、意識がはっきりして何が一番驚いたかって、起きて鞄を確認したら財布におそらくチエばあちゃんが支払っただろう代金が通常料金の三倍入っていたことだ。孫に渡す感覚なのかもしれないけど、記憶が無いお金って恐怖でしかないと思い知った朝だった。

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