表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブーケ  作者: 真山咲
4/7

欠けたネイル

「本当にすみません」

美香は待合室で何度目かの頭を下げる。

病院は開いていたけれど、ちょうど昼休みで、診察は午後二時からしか始まらない。

まだ十二時を少し回ったばかりだ。

待合室には他に一人も患者がいなくて、正装にコートを羽織った二人はいかにも急患だ。

「別に構いません。それに、俺、純の従兄なんです。こういうときは役に立たなきゃ」

美香は目を見開いた。

「あ、もしかして、純ちゃんの従兄って、純ちゃんがいつも話していた・・・昔、一緒に住んでいたっていう従兄弟の方?」

「金松貴久って言います。兄のほう」

「私、純ちゃんの大学の一個上の篠田美香です。純ちゃんとサークルが一緒だったんです」

美香が笑顔をみせた。左頬にえくぼを見せる。

貴久は並んで座っていても、そのえくぼに目が行く。

「じゃ、僕と同い年かな?純と同じ大学って、やっぱり建築関係?」

「私、たぶん金松さんより一つ年上。一浪してるから。私は栄養関係の学科だったんです」

それからは、お互いの仕事の話しになった。

美香は管理栄養士の資格を持ち、食品会社で栄養関係の研究をしていたけれど、いまは食品製造の会社で営業をしていること。

貴久は今は通信関連機器のメーカーに勤めているけれど、ゆくゆくは父親の経営する会社を継ぐつもりでいること。

美香のえくぼが見たくなって、横を向いた。

美香の白くなめらかな頬に、今はえくぼは無い。

「純ちゃん、ほんとに良かったですね。やっと村上君のプポーズを受けることが出来て。それに赤ちゃんまで・・・」

「ええ、まあ・・・そうですね」

貴久の微妙な返事に、今度は美香が振り向いて貴久の顔を見る。

「あ、あの。ほんと良かったです。あ・・・その・・・純はすごく悩んでいたみたいだから。敏の人生が、自分のせいで変わっちゃったんじゃないかって・・・だから・・・」

取り繕って出て来たのは、この前、母の京子から聞いた言葉。

「そうね。そうですよね。誰かと出会って、人生が変わる・・・そうですよね。でも良い方にかわるなら、すごく良いことですよね・・・」

貴久には、美香の言葉に、何か一抹の寂しさのようなものを感じた。

どこか空虚な雰囲気が二人の間に流れ、急にお互いとも無口になった。


「おなか空いたでしょう?」

貴久が気を取り直して、黙ってしまった美香に問いかけた。

「本当にごめんなさい」

美香がもう何度目ともわからない言葉を口にする。

「本当だったら、今ごろ楽しくお食事していたはずなのに、私のせいで・・・」

コートを着ていても小さく見える肩を落としている。

「いいんですよ。披露宴会場のレストランって、友達の親が経営しているフレンチで、行こうと思えばいつでも行けるんだし」

貴久は切れ長の目を細めて笑いかけた。

「だって、そういうことでは・・・」

美香が言いかけたのを、

「いいんですってば」

と、ふさぐように言った。

「コンビニででも何か買って来ますよ。待っていてください」

貴久はそう言うと、待合室を出た。


病院のすぐ近くにコーヒーショップのチェーン店があり、そこでサンドウィッチと熱いコーヒーを買った。

病院に戻って来ると、美香が痛めた足首を撫でている。

「痛いですか?」

貴久の声に、美香はびくっとして撫でていた手を引っ込めた。

「ちょっと腫れて来たみたいで」

「早く診察してもらえるといですね」

「ええ」

「サンドウィッチ、買って来たから食べましょう」

美香は綺麗なピンクのネイルが施された指で、貴久が差し出したサンドウィッチを摘まんだ。

しかし、よく見ると左手の薬指のネイルが欠けてしまっている。

「指、ケガしてませんか?」

貴久が心配になって聞く。

美香は膝の上にサンドウィッチを置くと、指輪ひとつもしてない手をかざし、

「ネイルが剥がれちゃったけど、ケガはしてません。大丈夫です」

と、欠けたネイルの跡を右手の中指で抑えるような仕草をした。

「食べましょうか・・・」

貴久がコーヒーを差し出し、美香がその手で受け取る。

一瞬、ほんの少し指と指が触れ合った。


黙ってサンドウィッチを頬張り、温かなコーヒーを飲む。

お腹が満たされると、こんな状況にもかかわらず、穏やかな気持ちになった。

しばらくすると、ちらほら患者がやって来て、診察が始まる時間が近づいた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ