表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブーケ  作者: 真山咲
3/7

片えくぼの彼女

十二月初旬の空はよく晴れて、冷ややかな風が少しだけ吹いている。

クリスマスの飾りつけが可愛い小さな教会の前には、正装してコートを羽織る人々がいる。

その中には、敏と純の高校時代大学時代の友人たちの姿も。

久しぶりに高校時代の後輩たちから挨拶を受けたあと、貴久は翔と渡に合流した。

「結局、憲人は無理だったな・・・」

翔は残念そうに、純たちの学生時代の友達の方を見る。

「これでよかったんじゃないでしょうか」

渡は感情を見せずに言った。

「ん?」

貴久が渡を見る。

「きっと、憲人には、純ちゃんの花嫁姿はキツいと思います」

と、渡は言って、まっすぐ前を見ていた目を空へと移した。

貴久は心の中で『そうだな』と、つぶやく。

出来ることなら、自分も純の結婚式に、親族としてなんか出席したくはなかった。

でも、もうどうしようもないことだ・・・。

ため息が出そうになるのを、純のハレの日だからと、我慢するしかなかった。


教会の中から年配の女性が出て来て、教会の中に入るように指示が出る。

ぞろぞろと、皆で教会の礼拝室に入った。

本当は貴久も最前列の親族席に座らなければならないのだろうが、素知らぬふりをして、翔達と左右十二列ある席の真ん中あたりに座る

弟の泰久が貴久を見つけて、母親の京子に居場所を教えている。

京子は『仕方ない人ね』とでも言うような顔を貴久に見せ、前を向いてしまった。


そうこうしているうちに、式が始まった。

新郎が入場する。

濃いグレーの花婿衣装の村上敏。

高校時代よりも背も高くなり、あのころはどこか頼りない感じだったのに、いつの間にか逞しい身体つきになり、年齢よりもずっと落ち着いた雰囲気になっている。

続いて、新婦が入場する。

父の勝に手を引かれ、ゆっくり敏の待つ祭壇前へと進んで行く。

たくさんレースを使った純白のドレスが、純の可愛らしさを更に引き立てる。

ふっと前方の京子が、涙を拭いているのが見えてしまった。

貴久もつられて涙ぐみそうになるのをこらえ、純の花いっぱいのヘッドドレスを見つめ続けた。


純と敏が永遠を誓う間、貴久は幼い頃からの純をゆっくりと思い出していた。

一生懸命にピアノに向かっていた幼い純の小さな手。

バイオリンに載せた白い顎のかたち。

母親が亡くなって、貴久の家の隣の祖母の家に越してきたときの、不安そうな顔。

その祖母も突然に亡くなって、泣いてばかりいた純の華奢な肩。

一緒に暮すようになって、少しずつ取り戻して行った笑顔。

そして、積み重なって行った、自分の純への気持ちも・・・。

隣の渡から、ティッシュペーパーがこっそり渡された。

それで初めて、自分の目から何が流れて腿に落ちていたのか知った。

翔は気づかないふりをしてくれている。


式次第がすべて終えて、新郎新婦が退場すると、ざわざわと招待客が席を立ち始めた。

その人たちの流れに乗って、貴久は翔と渡より一足先に礼拝室を出た。

泣いた顔を見られるのが気まずかったから。

そして、狭い中庭に出る。

四十人ほどの招待客だけで、庭は一杯だ。

女性客のおしゃべりと笑い声が聞こえる。

このあと、ブーケトスがあるとのことだ。

貴久は、教会の建物から離れ、牧師の住居に近い庭の片隅に立った。

紺色のワンピースを着た同じくらいの年齢の小柄な女性が、貴久の隣にやってきた。

その女性も、貴久と同じように赤い目をしている。

彼女も貴久の目に気付いたのか、そっと微笑んでうなずくような挨拶をして来た。

貴久も頭を下げて挨拶を返す。


新郎新婦が教会の建物の中から出て来た。

若い女性客たちが、ブーケを手にした純のそばへと押し寄せている。

貴久は隣の女性に『行かないんですか?』という眼差しを送った。

それには答えず、彼女は微笑みをみせる。

その微笑みが哀しげに見えて、悪いことを聞いちゃったかなと、貴久は『ごめんなさい』のつもりで、同じ微笑みを返した。


目の前では、女性たちが満面の笑みでブーケを待っている。

晴れ晴れとした笑顔の純は、その笑顔のままきょろきょろと誰かを探しているようだった。

女性客の一群には、その誰かは見つからなかったようで、中庭をくまなく見ている。

純の眼差しが、貴久の隣の女性を捉えると、純はすぐさまくるりと来賓に背を向け、ブーケを投げた。

ブーケは手を伸ばす女性客の頭上を越え、貴久の目の前に飛んできた。

と、同時に、隣の女性の紺色のワンピースが視界からスッと消えた。

無意識に貴久の腕が動いて、ブーケを受け取ってしまう。

振り返った女性客から悲鳴を聞こえた。

顔色を変えた純が、ウェディングドレスをひるがえして走り出す。

純の目指す方向、貴久の斜め後ろを振り返ると、紺色のワンピースの彼女が倒れていた。

片方の靴は脱げ、パーティバッグは手から離れたところに落ちている。

貴久は、手にしてしまったブーケを近くにいた誰かに押し付けると、ひざまずいて彼女を起こした。

「大丈夫ですか?」

貴久が声を掛ける。

「美香先輩、大丈夫?」

純はウェディングドレスが汚れることなどお構いなしで、しゃがみこんで『美香』の顔をのぞき込んだ。

「私が、ブーケを絶対に取ってってお願いしたの・・・ごめんなさい」

純が青ざめている。

「純ちゃん!」

純よりももっと慌てて、もっと青い顔をした敏が、いつの間にか純を抱え込んでいた。

「純ちゃん、お腹の赤ちゃん、忘れたらダメだよ」

敏が純に説教するような口調で言ったから、純たちの事情を知らなかった招待客が、口々に喜びの声をあげた。

「そうなの?本当?」

美香が自分の状況を忘れて笑顔になる。

貴久は、美香の左の頬のえくぼ気付いた。左の頬にだけ出来るえくぼ。

大人しそうな雰囲気の人なのに、えくぼが出来るだけで、パッと華やかになるのが不思議に思えた。

「純ちゃん、良かったねぇ・・・痛っ!」

美香は笑顔から急に顔をしかめた。

「どこ、痛めました?」

貴久が問いかけると、

「足首、くじいちゃったみたい・・・」

美香は右足首をさすっている。

「ああ、失敗した・・・」

そう言うと、悔しそうな顔を見せた。

「どこか、病院で診てもらってください。この近くで診察してもらえるところ、聞いてみます」

敏が美香に声を掛け、牧師館の中に消えて行った。


近くの整形外科が開いているということで、貴久が美香に付き添って行くことになった。

招待客と新郎新婦は披露宴会場へと移動して行った。

牧師さんの好意で、杖も借りることが出来、貴久と美香はタクシーを呼んで病院へと急いだ。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ