表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第4章 三尸
53/53

三尸<8>

皆が項垂(うなだ)れる中、徳利(とっくり)の酒を一口あおった太陰(たいおん)が言った。


「ところでですけどぉ…、妖怪アオジの正体が、(うさぎ)だった

とは意外でしたわ。ねえ、そうでしょ。

兎の妖怪なんて…、ういっ…、聞いたことありませんもの」


晴茂の一大事だというのにアオジの正体の話だ。

太陰の言葉を聞いた天空(てんくう)は、太陰を(にら)み付け、

剣を太陰の頭上から振り下ろした。


それを難なくふわぁっと()け、よろけながらも

太陰が言った。


「危ないですわ、天空。お酒が(こぼ)れますわ」


その言葉に増々怒った天空が怒鳴(どな)り散らした。


「晴茂様の一大事だというのに、アオジの話しかっ!

酒など喰らいやがってっ!」


大裳(たいも)が、天空を(なだ)めるように、太陰と天空の間に

入った。


天空のあまりの剣幕(けんまく)に、

韋駄天(いだてん)は飛び上がって近くの岩に隠れた。


「太陰、今はアオジの話しではなく、

晴茂様を助ける話だろ!」


大裳が子供に(さと)すような口調で言った。

しかし、太陰はもう一口徳利の酒を飲み、

更に続けた。


「妖怪アオジの正体が(よう)として分からなかったのは…、

何ですって…?アオジが目にも()まらぬ速さで

走り回っているからですって…、そう(おっしゃ)るの?


ねぇ、韋駄天さん?

しかも、満月の夜しか止まれないって…?」


太陰は、岩の陰に隠れた韋駄天に向かって

手招(てまね)きをした。韋駄天は、岩陰から出て、

太陰に近づきながら答えた。


「へへへへ…、そうです、そうです、へい。

いつも走ってるんで…ですね、

目にも留まらぬ速さで…、へい。

誰もアオジを見たことがないのも…、

へへへへ…、当然だと…」


「そうよねぇ~、韋駄天さん、…あなたは…、

そうするとね、アオジと一緒の速さで走れるのよね。

だから、アオジの話すことが分かるのね」


韋駄天は、この酔っ払いはもう一度同じ内容を

話さないと理解できないのだと考えた。

酔っぱらいによくある、くどくどと同じ話をする

面倒(めんどう)くさい(くせ)だ。


そんなことは顔に出さず、韋駄天はにこにこと

酔っぱらいの太陰に付き合った。


「へいへい、そうです。いやぁ…、走る速さは、

へい…、アオジの方がちょっと早いですがね…」


「あらあ…、(すご)いですわ、韋駄天さん。

ういっ…、目にも留まらぬアオジと

一緒に走れるなんて…。だからですの…?」


「へへへへ…、えっ?何が…、

だから…ですか?へへへへ…?」


酔っぱらいの話は突然飛躍(ひやく)する。


「だって、一緒に走れるのならですわ…、

話もできるし、姿も見えるのですわよねぇ。だから…、

だから、妖怪アオジの正体を、韋駄天さんは、

兎だと以前から知っていたのでしょ?」


韋駄天の目が少し()り上った。

この酔っ払い、何を言い出すんだ。


「へい、あっ!いえいえ、

兎だなんて知るはずがないじゃないですか、へい」


(わず)かな韋駄天の動揺を、他の式神も感じた。


「韋駄天、兎だと知ってたのか?」

天空が韋駄天に向き直って聞いた。


「へへへへ…、知りませんよ。

さっき知ったばかりで…へい」


太陰が徳利を(のぞ)き込んだ。

徳利の酒を全部飲んでしまったようだ。


「ほほほ…、お酒がなくなってしまいましたわ。

困りましたわねえ…、韋駄天さん」


太陰が真顔で韋駄天を(にら)んだ。

韋駄天は、太陰と目を合わせようとしない。


「うっぷぅぅ…、困りましたわ、韋駄天さん。

一緒に走って、話までするのに、

姿が見えないはずは…、絶対にありませんわよ。

じゃあ、韋駄天さんは、どんな風にして

アオジの後をついて行くのですかぁ?」


韋駄天の様子がおかしい。

長い手足が小刻(こきざ)みに(ふる)えている。


「本当のことを教えてもらえますか、韋駄天さん。

あなたは、この琥珀を(だま)したのですわね。

それに…、九尾(きゅうび)妖狐(ようこ)に面と向かって(いつわ)りを

話したのですわよ。これを九尾が知れば…、

ああぁ…恐ろし…」


韋駄天は、その場に平伏(へいふく)した。

身体が小さく震えている。


「お許しください。あああぁ…、

アオジが兎だと知ってました、へい」


か細い声で、韋駄天が白状した。


「ほぅら、ごらんなさい。

嘘はいけませんわ、韋駄天さん」


韋駄天は、アオジが兎の妖怪だと知っていて、

知らなかったと嘘をついたと素直に(あやま)った。


しかし、太陰は、韋駄天の話しには

まだ嘘があると見抜いていた。

獲物を狙うオオカミのような目付きで

太陰が続けた。


「アオジが兎の妖怪だって

いつから知っていたのかしらぁ?」


「へへへへ…、初めてアオジと走りながら…、

へい、話をしたた時からです、へい」


「それは分かってますわ。ですから…、

それは、いつ?」


太陰の後ろで、天空の剣を持つ手に力が入った。

韋駄天は、それを見つつ答えた。


「ああ…、あれは…、ですね、へい、

あの女に呼び止められた後でしたから…、

えっと…、二十日程前で…、へい」


「おやぁ、つい最近ですわねぇ…」


太陰が、腕組みをして考え出した。


まだ平伏し、上目づかいで太陰を見る韋駄天に、

天空が言った。


「おい、韋駄天!

おまえ大そうなことを仕出かしたなぁ。

九尾の妖狐に嘘をついたんだぜ。

これから鬼として生きていけないかもしれないな」


「へっ…」


冗談(じょうだん)に言った天空の言葉に、韋駄天は

頭を地面に(こす)り付けて震え出した。


その姿を見かねて大裳が優しく言った。

「まあまあ、韋駄天よ、何もかも正直に話すなら、

九尾にはわたし達から許してもらうように

頼んであげるから」


「へい、へい…」


韋駄天は、米つき飛蝗(バッタ)のように何度も頭を下げた。


何度目か頭を地面に擦り付けた時、

韋駄天は脱兎(だっと)の如く後ろに走り出した。

韋駄天の得意技だ。


この逃げ足の速さで何度となく窮地(きゅうち)(のが)れている。

しかし、そんなことは、式神達にはお見通しだった。


(すさ)まじい速さで逃げる韋駄天に向かって、

琥珀の右手から蜘蛛(くも)の糸が放たれた。


同時に天空剣が伸びる。

天后(てんこう)呪文(じゅもん)(とな)え天から氷の矢を降らせた。


数十メートルも走らない内に、

琥珀の蜘蛛の糸が長い韋駄天の足に(から)み付く。


もんどりうって転がった韋駄天の行く先の地面には

天后の氷の矢が数本突き刺さった。


振り返った韋駄天の鼻の先に、

伸びて来た天空剣の切っ先がびたっと止まった。


「うぐっ!」


韋駄天の脱出が失敗したのは初めてだった。


「動くなよ、韋駄天!」

天空の声とともに式神達が韋駄天の周りを囲んだ。


いつの間にか手に入れた新しい酒徳利を口に含んで、

太陰が言った。


「韋駄天さん、あなたの妖力(ようりょく)じゃ、

この人たちから逃げられませんわぁ。

それはそうと…、韋駄天さん、アオジにはどんな

経緯(いきさつ)で会うことになったのかしら?


走っていたら…、偶然会ったとか…、

言わないでくださいね。


本当は、もっと、ずっと昔からアオジを

知っているのじゃないかしら?」


地面に転がっている韋駄天の前にしゃがみ込んで、

太陰が酒臭い息を吹きかけんばかりに

韋駄天の顔を覗き込んだ。


韋駄天は観念したのか、長い脚を折り(たた)んで、

その場に胡坐(あぐら)をかいた。

その足にはまだ蜘蛛の糸が絡み付いている。


韋駄天は長い手で頭を()きながら言った。

「へへへへ…、あっしが逃げられないなんて…、

初めてだ。

確かにあっしの妖力はてえしたことはねえけど…、

幾度となく修羅場(しゅらば)をこの足で切り抜けて来たんだ。

それが…、へへへへ…、何てざまだ、(なさ)けねえ」


「韋駄天、鬼ケ城でおまえの頭だった多我丸(たがまる)

田村麻呂(たむらまろ)将軍に()たれた時も、おまえは、

それを横目に見ながらすっ飛んで逃げたんでしょ。

ねえ…、韋駄天」


「うううっ」


韋駄天の顔が一気に真顔になり、

そう言った琥珀の顔をまじまじと見た。


「な…、なぜ…、何故それを…?」


「多我丸から聞いたのよ」

琥珀は優しい声で答えた。


韋駄天は、長い腕を琥珀に伸ばし、

指先を震えさせながら言った。


「なにっ!親分に…、

親分に会ったのかっ?いつ?」


韋駄天は驚きの目で琥珀を見詰めた。

その後、琥珀から目を外し、

何やらぶつぶつと(つぶや)きだした。


『いやいや、親分が生きているはずはないぞ…、

確かにあの時…、あの後…親分を探したんだ…、

そうそう、探したんだが…、ううう…、

あれは大馬(おおま)神社だ、確かに親分の首級(しゅきゅう)

埋められて…、そうだそうだ、

親分が生きているはずはない…。

田村麻呂の放った剣に胸を…、で…、

で…、こと切れた…はず…。

だから…、おれは…、おれは逃げた…』


天空がぶっきら(ぼう)に言った。


「多我丸は、おまえが逃げて行くのを見たと

言ってたぞ、韋駄天。

おまえは恩のある親分を見捨てて、自分だけで

逃げたんだ。その得意の逃げ足でなっ!」


韋駄天は天空を(にら)み付け叫んだ。

「見捨ててないっ!

あの時、親分は…、親分は…」


徐々に韋駄天の声が小さくなる。

そして、ついに大声で泣き出した。


長い手で地面を何度も(たた)きながら、

「親分、親分」と叫び、大粒の涙を流した。


韋駄天の目の奥には、あの時の情景が焼き付いている。

田村麻呂の投げた剣を胸に受けた親分、多我丸は、

仰向(あおむ)けにその場で倒れた。しかし、渾身(こんしん)の気力で

立ち上がると、その剣を抜こうとしたが抜けない。

近くにいた韋駄天を手招きして剣を抜いてくれと

身振りで頼んだ。当時、その力では群を抜いていた

多我丸だ。剣の一本や二本を身体に受けようが

びくともしないはずなのだ。


恐ろしさで身体が動かない韋駄天が

躊躇(ちゅうちょ)しているうちに、胸に刺さった剣が黄金(こがね)色に

輝き出した。

多我丸を貫いた剣は普通の剣ではなかった。

魔剣だったのだ。魔剣なら親分は助からないと、

韋駄天は(さと)った。そして、韋駄天の方に手を伸ばす

多我丸を尻目(しりめ)に、韋駄天は脱兎の如く逃げたのだ。

走り出したら誰も追い付けない。

韋駄天は、こうして戦場から脱出した。


あの時、まだ魔剣の威力が出切らない時に、

親分の胸から剣を抜けばよかったのに…、

と常に韋駄天は自分を責めているのだ。


親分、許してくれ、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ