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琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第4章 三尸
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三尸<7>

 韋駄天(いだてん)の話は、こうだ。


韋駄天が、アオジを追いかけて着いた所は、伊勢の

朝熊(あさま)ケ岳の頂上に近い金剛證寺(こんごうしょうじ)奥院(おくのいん)だ。


(あた)りには多くの卒塔婆(そとば)が立ち並んでいる。

一抱(ひとかか)えもある太いものから、片手で握れる程度のもの、

板状のもの、様々な卒塔婆が並ぶ場所は、

いかにも霊所と感じる雰囲気だ。


奥院へ続く参道の両側に、卒塔婆は並ぶ。

それでも納め切れない卒塔婆は、参道を外れて

山の中に造られた空地に、所狭しと立てられている。


韋駄天が異界の入り口として最も怪しいと思う場所は、

その奥院から道を外れた経塚(きょうづか)と呼ばれる場所だ。


卒塔婆の参道を外れ、韋駄天は経塚へやって来た。

アオジの姿はない。韋駄天には異界を感じる力はない。


ここが異界の入り口と信じて、アオジを待つしかないのだ。


ごつごつとした石が顔を出す荒れた山だ。

この一帯には経典を土中に埋蔵した小さな石室(いしむろ)が、

あちらこちらに見られる。


韋駄天は長い手足を上手に折りたたみ、

石に腰を下ろして待った。


(しばら)くすると、韋駄天の横にある五輪塔(ごりんとう)の格好をした石室が

ぐらぐらと動いた。そしてアオジがそこに姿を見せた。


韋駄天は、その石室を指差して、異界の入り口かと聞いた。


「ここが異界への出入口です。」

アオジは静かに答えた。


そしてアオジが続けて言うには、その異界は京都船岡山(ふなおかやま)

第三層目の異界に通じているかどうか不明だったこと、

ここと通じていたのは伊吹(いぶき)山にある異界だったことだ。


それを聞いて韋駄天も残念がったが、

最後にアオジが言った言葉に希望が見えたのだ。


「どうやら、伊吹山の異界と船岡山の異界、そして

ここ伊勢の異界を頂点にした

大きな三角形が形作られている。


その三角形で囲まれる地域には、他の地域に(るい)

見ない程沢山(たくさん)の異界が存在するようだ。

異界は大小様々だが、どこかに鍵が隠されているかも

しれない。()(かく)、その三つの頂点を中心に、

これから調べてみる。


必ず船岡山第三層目の異界に(つな)がる何かが見つかる

はずだ。九尾の妖狐(ようこ)と琥珀という小娘(むすめ)に、

そのように伝えて下さい。」


そして、夜が明ければ、アオジは彼らと話が

できなくなるから、韋駄天に伝言役を頼み、

再び異界の中へ消えたのだ。


韋駄天の話を聞いて琥珀が(つぶや)いた時に、

東の空に朝焼けの陽が差した。

「船岡山、伊吹山、…伊勢の朝熊山(あさまやま)…。

そして…、その三角形…」


琥珀は、腕組みをして韋駄天を見詰めていたが、

「ふううっ」と溜息(ためいき)をついた。


晴茂の居場所を探る鍵のひとつと考えていた

謎の妖怪アオジと会い、期待通りアオジから

有益な情報を得た。


妖狐九尾のお蔭だ。

晴茂の居場所がほぼ特定できたのだ。


しかし、晴茂が居るであろう船岡山異界の第三層目に

入る手立てが分からない。

あと一歩と思えるのだが、又してもそのハードルが高い。


 琥珀は、天空(てんくう)天后(てんこう)、そして大裳(たいも)太陰(たいおん)を呼んだ。

天空、天后、そして大裳は直ぐに現れた。


天空が韋駄天をチラッと見て言った。

「何だぁ、こいつ?妙な姿だ」


「へへへへ…、韋駄天と申します、へい」

例によって長い手で器用に頭を()きながら答える。


「ほほぉ、韋駄天と言うからには、足が速いのかな?」

大裳の質問に、韋駄天は「へい、へい」と

(うなづ)きながら返事をした。


「ところで、琥珀、何か分かったの?」

天后が聞いた。


「ええ、色々と…、太陰も呼んだのだけど…」

琥珀は、太陰を探したがいない。


「放っときなよ、また酔っぱらってるんだから…」

舌打ちをしながら天空が言った時、

その天空の後ろから太陰が現れた。


「あらぁぁ…、酔っぱらってませんわ、ねえ…天后」

最初に目が合った天后は、聞かれて返答に困った。


太陰の目は焦点が定まらず、お決まりの徳利(とっくり)を片手に、

ふらふらっと天后の方に数歩よろけた。


「これから琥珀が大事な話をするのだから、

酔っぱらっていないはずよっ、ねっ太陰」

きつい天后の言葉に、太陰は、「はいっ」と

背を伸ばし、琥珀の方に向いた。


琥珀は、満月の夜に起こったことを、詳しく

式神達に話した。

九尾のキツネが見つけた韋駄天がアオジを

知っていること、そして、妖怪アオジの

正体が分かり、しかも晴茂の居所も分かったことを

式神達に説明した。


式神達は目を輝かせ、

主人晴茂の居場所が分かったことを喜んだ。


太陰は、一気に酔いが()め、真顔で言った。


「と言うことは…、その第三層の異界で、

晴茂様は自分で張った五芒星(ごぼうせい)結界(けっかい)の中に

入ったと…、思われるので御座(ござ)いますかぁ?

あらぁ…、初めて聞きましたわ。

自らを自らの結界に封じ込めるなどということが…、

できますのかしらん?


その時は…、どうなるので…しょうか?

ねぇ、大裳?」


喜んでいた大裳の顔が一瞬曇った。


「まあ、晴茂様のなさったことですから、

それなりに意味があるのでしょう」


「何を言っているの、大裳。はっきり答えなさいな」


太陰に(うなが)され、大裳が言いにくそうに答えた。


「わたしにもその様な話は初めてですから、

断定はできません。

しかし、一般的な知識から考えますと…。


まず、いくら晴茂様でも、五芒星の結界を

内部から解くことはできません」


「えっ!じゃあ、晴茂様は結界から

永久に出られない?」

そう言って、天后も顔が曇った。


「五芒星の秘術は、琥珀も扱える。

琥珀が結界を解けばいいじゃないか?」

天空が琥珀を見て言った。


しかし、大裳は首を振る。


「いいえ、晴茂様の強力な五芒星を、琥珀が

解けるとは思えません。

力量の下の者が張った五芒星を、格上の者が

解くことはできますが、その逆は到底無理です。

いくら琥珀が修行を積もうとも、

所詮(しょせん)は主人と式神です。その関係は崩れません。

どこまで行っても晴茂様が格上です」


「そんなぁ…」

天后が情けない声を出した。


「それに…」

大裳が言い(にく)そうに続けた。


「天才陰陽師、晴茂様といえども、

生身の人間です。我々式神や妖怪、

霊とは違います。生身の人間が結界に

封じられれば長くは生きられません」


「ええっ!」

太陰以外の全員が声を揃えて驚いた。


暫くして、琥珀が恐るおそる聞いた。

「どれくらい生きられるの?」


「はて…?晴茂様の呪力(じゅりょく)の強さから

推測しますと…、ひと月(ほど)かと…」


大裳の回答に、琥珀は情けない声で言った。

「じゃあ、あと十日くらい…」


皆はお互いの顔を見合った。

そんな中、天后がぼそっと言った。

仙術(せんじゅつ)会得(えとく)した仙人は、一年以上生きるわ」


「じゃが、晴茂様には仙術の心得(こころえ)はない」

大裳がきっぱりと言った。


「そんなぁ…」

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