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琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第4章 三尸
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三尸<4>

九尾のキツネも、琥珀も、そして野狐(やこ)韋駄天(いだてん)も、

滅法(めっぽう)足の速い妖怪アオジの姿を色々と想像していた。

だが、今、想像とは大きく違っているアオジの姿を見たのだ。


九尾のキツネと琥珀は、

その鳴き声から鳥の姿を想像していた。


韋駄天は、アオジと並走している時に、

アオジの足音を聞いたことがなかった。

だから、韋駄天もやはり空を飛ぶ鳥の姿を想像していた。


野狐は、話に聞いた様子から大きな虎のような姿を

想像していた。


しかし、実際の妖怪アオジは、何と白い(うさぎ)の姿だった。

しかも、身体は大きくない。

琥珀の両の手の平に乗る程度の身体だ。

言ってみれば普通の兎だ。


因幡(いなば)の白ウサギ…か??」

九尾のキツネが(つぶや)いた。


アオジはぴょんと飛ぶと、九尾や琥珀のいる場所まで、

あっという間に移動した。


「妖怪アオジは…、兎…」

琥珀も呟いた。


妖怪アオジは、みんなの前でぴょこんと御辞儀(おじぎ)をした。


「異界にいた人間のことを聞きたいのですか?」

九尾のキツネに向かって、アオジが言った。


韋駄天と違って、アオジは九尾のキツネに対しても

平然としている。誰も追いつけない走りが、

アオジの自信になっているのだろう。


「そうだ、その人間のことを聞きたい」


「あの異界で生きた人間に会ったのは

初めてのことですから、よぉく覚えてますよ…」

そう言って、アオジが話し出した。


「どこの異界かって言うと、ここ京の船岡山(ふなおかやま)の異界…」


アオジの話の冒頭から、琥珀は驚いた。

船岡山の異界なら、琥珀達が調べ尽くしたはずだ。


「船岡山の異界って…、土蜘蛛(つちぐも)の巣…。

あそこには、晴茂様はいなかった…」

琥珀がぼそっと呟いた。


「おやっ、琥珀さんは行ったことがありますか、

船岡山の異界に。そうですよ、土蜘蛛の巣でしたねぇ。


あっ!そうか…、船岡山から大江山(おおえやま)へ移動した後に、

蜘蛛の糸に追い掛けられました。

そうですね、琥珀さんはあの異界にいたのですね」


「はい、いました。そこで『チチチチ』と鳴く、

アオジの…、ああ、あなたの声を聞きました」


()(ほど)、そうでしたか…」


「土蜘蛛の巣は、(くま)なく調べました。

あそこに人間はいません!」


アオジがいい加減(かげん)な話をしないように、

琥珀はきっぱりと言い切った。


九尾のキツネも野狐も、

アオジを見据(みす)えて次の言葉を待った。


「船岡山の土蜘蛛の巣は…、

三層構造の異界になっているのですよ。

琥珀さんが入った異界は、一番外の第一層です。

普通は…、その第一層でも人間は入れませんけどね」


アオジの説明を聞いて、琥珀は目を丸くした。

土蜘蛛の巣は、三層構造の異界?


「あの異界は、元々、悪事を働いた人間の霊を

閉じ込めるために造られたものです。

簡単に言えば、大昔の京の都の『地獄』です。


邪な心を持っていた人間の霊は、

怨霊(おんりょう)となってこの世に出ようとしますから、

それを封じるための異界でした。


しかし、世が進んで、船岡山の異界だけで

悪霊(あくりょう)を封じるのは手狭(てぜま)になったのです。

新しい異界、『地獄』が造られました。

その後、船岡山の異界は使用されずに

放置されていたのです」


「あの異界は、地獄…!?」

琥珀の呟きにアオジが(うなず)いた。


「はっきり地獄とは言えませんが、

船岡山は古い都の墓場です。

その頃は、多くの霊が彷徨(さまよ)っていました。

特に悪霊は何とかしなければ、

この世に悪さをしますからね」


「じゃあ、わたし達が調べた一層目ではない場所に、

人間がいたと…?」


琥珀の問いに、アオジが続けた。


「はい、第三層目です。一番深い場所ですね。

あそこには、このアオジでも長居(ながい)できない程の

異様な気が充満しています。

わたしが船岡山の異界の第二層目を

通り過ぎようとした時、人の声が聞こえたのです」


「アオジ、おまえが走っている時にやぁ、

誰が話しかけても聞こえないのじゃねえのか?」

韋駄天がアオジに聞いた。


「はい、わたしはあまりにも速く走っているので、

普通は、声は聞こえません。

それが…、聞こえたのです。


うぅーん…、声が聞こえたと言うより、

心に声が届いたと言うべきでしょうか…」


「何て聞こえたの?」

琥珀が身を乗り出して聞いた。


「『アオジ、待てっ!』と聞こえました」


琥珀と九尾のキツネは顔を見合わせた。


『アオジ、待て』と言ったのなら、その人間には、

誰にも見えないアオジの走って通り過ぎる姿が

見えたことになる。

不思議なことが起こったことになる。


「あなたをアオジと呼んだの?」


「そうです。不思議な話でしょう。

びっくりして何度もその異界を走りましたよ。


ところが、誰もその第二層にはいないのです。


しかし、心には人間の声が聞こえる。

『アオジ、待て!』とね。


何度目か、そこを走った時、別の言葉が聞こえました。

『もっと奥だっ!』と言うのです。


それは、第三層目の異界から聞こえたのですね。

こんな不思議なことは初めてですから、

行くべきか迷ったのですが、

意を決して第三層へ飛び込んだのです」


琥珀も九尾も、野狐も韋駄天も、

アオジの話に固唾(かたず)を飲んだ。


「異界の三層目は、『地獄』の最深部ですから、

時空が入り組んで自分の居場所も定められない所です。


長くそこに居ることは、我を失うことになります。

一気に()け抜けるのが賢明なのです。


ほんの一瞬しか三層目には居られません。


その一瞬で目にしたのは、

青白く燃えるように光る星でした。五角形の星」


琥珀と九尾は、心の中で『あっ!』と叫んでいた。


「残念ながら、

人間の姿は(とら)えられなかったのですが、

確かに人間が居る気配を感じました」


琥珀が声に出して叫んだ。

「居ますっ!そこに晴茂様がいます」


九尾のキツネも続けた。

「異界の中で、結界(けっかい)を張ったのかっ!」

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