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琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第3章 鉄鼠
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鉄鼠<17>

身体の中を炎で焼かれた鉄鼠(てっそ)は動きを止めた。


鉄鼠の鼻と両目で出来る三角形の真ん中から、

(たま)らず一匹のネズミが、形を現して飛び出した。


それを契機(けいき)として、鉄鼠の身体の表面から、

次々とネズミが形を現して飛び出して来る。


あっと言う間に、数百匹のネズミが飛び出したのだ。

そして、元の大きな鉄鼠は跡形(あとかた)もなく消えた。


大きな妖怪鉄鼠は、数百匹の鉄鼠が集まって造られていたのだ。

その分、妖気も強くなり、琥珀、天空(てんくう)と互角に戦える

妖怪になったのだ。


飛び出した多くのネズミは、右往左往(うおうさおう)して収集がつかない。

その中で、やや大きなネズミが身動きひとつせず、

じっと天空を(にら)み付けていた。


それを見付けた天空は天空剣を伸ばし、

やや大きいネズミの鼻先に剣の切っ先を近づけた。


「おい、ネズミ!見事な術だった。

でもなぁ、(みずか)らの分を(わきま)えるんだ。

おまえ達の妖力が幾ら集まっても、

所詮(しょせん)は見せ掛けの力だ。

最後は、こうして分散する」


術が敗れた鉄鼠は、それでも鋭い目で天空を睨んでいた。

「なぜ…、何故分かった?」


「おまえが、なっ、前歯の(むち)を出す時に(わず)かに口を開いた。

その時に、見えたんだよ、鉄鼠、おまえの目が…。

大きな鉄鼠の身体の中に目があるのは、変だろぅ」


「…、くくぅ」


鉄鼠に新しい技を繰り出されたあの時、

天空は冷静に相手を観察していたのだ。


鉄鼠ネズミは、首を項垂(うなだ)れた。


騰蛇(とうだ)がチロチロと口から火を出し、

数百匹のネズミを威嚇(いかく)している。

逃げ出せるネズミは一匹もいない。


琥珀が天空の横へやって来た。

「鉄鼠ネズミ、鈴鹿御前(すずかごぜん)はどこの異界にいるの?」


琥珀の問いに、鉄鼠が首を振った。

「知らないぜぃ」


天空が、剣の切っ先をぐぐっと押し出した。

切っ先が鉄鼠の鼻に触れる。

「知らないものは知らない!あの女鬼(めき)は教えなかった」


「鈴鹿の鬼が教えなくても、おまえ達、鉄鼠の情報網で、

既に調べてあるんだろう?鉄鼠」

琥珀の胸ポケットから顔を出した多我丸(たがまる)が聞いた。


「そうなのか、鉄鼠。言わないのなら、

この騰蛇の業火で、全員を焼き殺すが、どうだ…?」

天空が、騰蛇を見ながら言った。


それを聞いて、数百匹のネズミがざわついた。

鉄鼠は横目でちらっと仲間のネズミ達を見る。


鉄鼠は、単独では非力な妖怪だ。

ここにいる鉄鼠ネズミ達がお互いを支え合って、

凶暴で邪悪な妖怪の中で生き延びてきたのだ。

仲間同士の(つな)がりは強い。


鉄鼠が口を開いた。

「ふんっ、鈴鹿の女鬼と同じことを言うな!」


「同じこと…って?」

琥珀が聞いた。

「仲間を殺すと、(おど)されたの?」


「そうだっ!」


「それで、()むを()ず鈴鹿の鬼に協力したの?」

「脅しだけで協力した訳ではないっ」


「なぜ?おまえ達、鉄鼠には元々邪気はないはずよ。

邪悪な鈴鹿の鬼に協力する理由は、なに?」


「強くなる方法を教えてくれたんだ」

鉄鼠が項垂(うなだ)れながら、ぼそっと言った。


「それが…、さっきの巨大鉄鼠か!」

天空の言葉に、鉄鼠ネズミが(うなづ)いた。


「俺達は、弱い妖怪だ。

沢山の強い妖怪がいる中で生き残るために、

俺達は仲間を信じ合い、情報を交換し合って、

生き延びてきた。


だがよ、それでも滅んでゆく仲間は多いんだ。

俺達は、理不尽な妖怪に負けないように、

強くなりたかったんだ。


その方法を、鈴鹿の女鬼が教えてくれた。

有難かったぜぃ。

恩返しをしなくては、鉄鼠の名が(すた)るぜぃ」


鉄鼠の言うことを聞いて、多我丸が()き捨てるように言った。

「馬鹿なっ!おまえ達は、利用されているだけだっ!」


「利用されてないっ!三明(さんみょう)の剣の()()(さぐ)り当てれば、

もっと強くしてやると言うんだぜぃ。

そうなれば、死ぬ鉄鼠もいなくなる」


「強くなるだけが、生き延びる道じゃないよ、鉄鼠」

琥珀は、鉄鼠ネズミを可哀(かわい)そうに思えた。


「もう遅いぜぃ。

俺達は、三明の剣の在り処を見つけたんだ。

もっと強くなるぜぃ。おまえ達に負けない…」

その時、鉄鼠の言葉を制して、天空が天を(あお)いだ。


「光る玉だっ!」


天空と琥珀は、咄嗟(とっさ)に飛び退()いた。

既に光る玉は頭上に迫っていたのだ。


騰蛇が、渾身(こんしん)の力で光る玉に向かって

紅蓮(ぐれん)の炎を()いた。


がおぉぉーと、(すさ)まじい音を立て、

騰蛇の炎が光る玉を()み込んだ。


炎の中で何度も閃光(せんこう)が見られた。

騰蛇の炎が消えると、黄金色(こがねいろ)に光る灰が

(わず)かに降ってきた。


「光る玉は、燃え尽きた」


騰蛇が、琥珀に向き直り言った。


しかし、その時、数百匹の鉄鼠ネズミの集団を襲う

別の光る玉が降ってきていた。


気付いたのは、琥珀と天空だ。

天空が、鉄鼠ネズミ達に叫んだ。


「おまえらっ!逃げろっ!」


鉄鼠ネズミ達は、天を見上げる者、

方向を定めず逃げる者、

仲間にぶつかって引っくり返る者、大混乱に(おちい)った。


鉄鼠の(かしら)も、全員が助かるのは無理だと思った。

騰蛇も咄嗟の出来事で、炎を吐く間がない。


さぁっと輪が広がるように逃げる鉄鼠ネズミの真ん中に、

数発の光る玉が落ちた。


バチバチと音を立てながら、光る玉が消えた。


落ちた跡にどのような惨事(さんじ)が起こっているのか、

天空、騰蛇、そして鉄鼠の頭は目を細めて見た。


しかし、逃げ(まど)う鉄鼠ネズミ達は、全員無事だ。


光る玉が落ちた場所には、薄青く光る五芒星(ごぼうせい)が見えた。


「琥珀、今のは…?」


琥珀が防御の五芒星を(はな)ったのだが、

琥珀の身体から五芒星が飛んだのではなかった。


天空は、初めて見る五芒星の放ち方だった。


五芒星があたかも瞬間移動したかのように、

目的の場所に現れたのだ。


「す…、すごい!!」


琥珀自身が、驚きの声をあげた。


「おまえの五芒星だよな、琥珀」

「う…、うん!」


「また一つ、極意(ごくい)が増えたな」

天空が、琥珀の肩をぽんっと(たた)いた。


琥珀は、自分の(わざ)を、まだ信じられないでいた。


そして、鉄鼠の頭も、別の意味で信じられない

という顔をしていた。


「なんで…?何故、女鬼(めき)は俺達を攻撃するんだ」

鉄鼠ネズミが(つぶや)いた。


「これで分かっただろ、鉄鼠。

鈴鹿の鬼は、三明の剣だけが欲しいんだ。


剣の在り処が分かった途端、

おまえ達の存在意義はないんだ。


むしろ、三明の剣を自分のものにするには、

その在り処を知っているおまえ達、

それに俺達全員は、鈴鹿の鬼にとっては邪魔なんだよ」


多我丸が諭すように鉄鼠ネズミに言った。


「そんな…、そんな馬鹿な…」

鉄鼠ネズミは、まだ信じられない。

これだけ、必死に三明の剣を探したのに、

見つかった途端に見限(みかぎ)られるとは。


「鉄鼠、鈴鹿の鬼は、どこの異界にいるの?」

琥珀がもう一度聞いた。


「おい、鉄鼠!おまえ達は既に鈴鹿の鬼の

攻撃対象だ。

これから、逃げ(まど)う日々が続くぞ!

それが嫌なら、鬼の居場所を教えてくれ。

俺達が何とかする」

天空が、続けて聞いた。


「…」


返事をしない鉄鼠に、多我丸が言った。


「この式神達は、鈴鹿の鬼からおまえや俺を

守ってくれている。おまえを裏切った鈴鹿の鬼と、

この式神、どっちを信じるかだ。


鉄鼠、この三明の剣を鈴鹿の鬼に

渡す訳にはいかんのだ。

鬼の落ちて行った異界を教えてくれ」


自分たちを攻撃した鈴鹿の女鬼だ。

誰に言われなくても、鉄鼠としても

流石(さすが)に女鬼をこれからも信じられるはずはない。


鉄鼠ネズミは、混乱した気持ちをやっと整理できた。


琥珀の顔をじっと見た鉄鼠は、鬼の居所を言った。


「俺達の調べたところでは、鈴鹿の女鬼は…、

御在所岳(ございしょだけ)の異界に落ちている」


「御在所岳?」


「鈴鹿の北の山だぜぃ。その山の奇岩、

『ゆるぎ岩』に異界との接点があるはずだ。

しかし、その異界からは誰も出られないと言われている」


「誰が造った異界なの?」

琥珀の問いに、鉄鼠ネズミは素直に答えた。


「それは分からない。ずっと昔からある異界だ。

俺達もそこに行ってみたが、

異界が本当にあるのかどうかも分からなかった」


「よぉし、行ってみよう、琥珀」

天空が意気込んで言った。


「ちょっと待ってよ、天空。この三明の剣を持って、

鈴鹿の鬼がいる異界に行けないよ。

それに、鉄鼠達をこのままにしておけば、

永久に光る玉に襲われる。何とかしなければ…」


「何か手はあるのか?」


天空の問いに、琥珀は考えた。


「元々、鉄鼠達は邪悪な妖怪ではないわ。

集まって大きな鉄鼠になる術を教えられた時に、

邪悪な何かを埋め込まれたんだ。


以前、晴茂様が送り犬を助けたように、

その邪悪な何かを取り(のぞ)けばいいんだ」


琥珀は、鉄鼠ネズミの頭領(とうりょう)を見て、近づいて行った。

そして、左の手の平を鉄鼠ネズミの上に(かぶ)せた。


「鉄鼠、雑念を(はら)って…」


琥珀の言葉に、鉄鼠は目を閉じた。


暫くして、琥珀は数百匹の鉄鼠ネズミの集団に目を向けた。


「これは…、厄介(やっかい)ねぇ」

鉄鼠に被せていた手を引いて、琥珀が呟いた。


「厄介とは…?」

天空が聞く。


鉄鼠も心配そうに琥珀を見た。


「邪悪な妖気は見つけた。

でも、それは鉄鼠ネズミ全員に繋がっている。


全員の鉄鼠ネズミから、

邪悪な妖気を全て取り除くのは…、厄介だわ」


「ふぅぅん…」

天空が(うな)った。


鉄鼠ネズミの頭領も、情けない顔で

琥珀の言葉を聞いた。


「何とか、助けられないか?琥珀」

そう言ったのは、多我丸だった。


「こいつらは、観音様の世話を充分にやってきた。

そりゃあ、動機が不純だったけど、俺がいなくなっても、

こんな小さい身体であの(ほこら)を守ってきたんだ。

何とかならないか、琥珀」


多我丸の気持ちは痛いほどわかった。

鉄鼠も、多我丸の言葉に、心を打たれたようだ。


琥珀は、多我丸の方を見て、言った。

「分かったわ、多我丸。やってみる。これを守っていて」


琥珀は、蜘蛛の糸で(たば)ねられた三明の剣を、

多我丸の前に置いた。


「おおっ、任せときな!」

多我丸は威勢よく返事をし、小さな身体で、

それでも三明の剣を抱きかかえようとした。


ばぁーん、と小さな音がして、

三明の剣と多我丸が光に包まれた。


天空は、何事が起こったのかと、天空剣を構えた。

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