鉄鼠<14>
「土蜘蛛は、鈴鹿御前の配下なのか?」
天空が田村麻呂に聞いた。
「そのように聞いておるぞ」
「土蜘蛛は、自分の異界を持っているはずだが…」
「ほおぉ、よく知っているの、天空」
「俺達式神が、土蜘蛛を滅ぼしたんだ」
「成る程、そうじゃったか…。異界に落ちた鈴鹿御前は、何としても
異界から脱出しようと、異界の巣を持つ土蜘蛛に接近したのじゃろう。
しかし、それは無理な相談じゃ。あの鬼は三明の剣がなければ
この世に存在できん。例え、異界を造れる妖怪の手を借りようともな。
だから、儂の持っていた三明の剣を探しておるのじゃ。
鈴鹿御前にとって、その手掛かりが、多我丸、おまえじゃ」
田村麻呂の霊は、ゆっくりと多我丸を指差した。
驚いた多我丸が言った。
「おいおい待ってくれよ。俺は三明なんとやらの剣なんか
知らなかったんだ。なんで俺が手掛かりになる?」
「ははは…、ほれ、こうしておまえは儂に会いに来たではないか。
そして、三明の剣を知ることになったではないか」
「ふぅぅむ…?」
「おそらく、おまえを嵐と稲妻で復活させたのも、鈴鹿御前の仕業じゃろう。
儂が死んだ後、三明の剣の在り処は誰も知らん。
しかし、多我丸、おまえを攻撃しておれば、いずれ儂に会いに来て
三明の剣の話になるはずと、鈴鹿の鬼は考えたのじゃ。
なかなかの深慮遠謀じゃ」
「なんと…!」
多我丸は唸った。
坂上田村麻呂に討たれた後は、鈴鹿の鬼の謀どおりに多我丸は
動いたことになるではないか。
「俺が異界に封じられたのは、誰の仕業だ?
あれも鈴鹿の鬼がやったことか?」
「どんな異界だったのじゃ?」
「泡の異界…」
多我丸に代わって琥珀が答えた。
「おや、おまえ達もその異界に入ったのか…。
ふぅぅん、泡の異界といえば、観音菩薩しか造れん。
成る程のぉ…、多我丸を鈴鹿の鬼に会わせまいとして、
観音様がおまえを異界に隔離したんじゃな」
「なんで…、そんな…?」
多我丸は、千手観音に帰依した後は、観音様には尽くしてきた
自負があった。それなのに、観音様がなぜ俺を隔離しなければ
ならなかったのか、多我丸には理解できなかった。
「なんで?と問うか、多我丸。分からん奴じゃのぉ。
三明の剣を鈴鹿御前に取り戻させないためじゃ。
おまえが泡の異界に封じられていたからこそ、千年近く鈴鹿御前に
見つからなかったのじゃぞ。おまえの行方が分からなければ、
鈴鹿の鬼にも異界を脱出する手立てがないのじゃ」
成る程、これで今日までに多我丸の身上に起こった
波乱の全貌が見えてきた。
「鈴鹿御前の力は異界の外にも及ぶのなら、
泡の異界にいた多我丸を攻撃できないの?」
「琥珀、良い質問じゃ。それはじゃな…、
観音様が造る泡の異界の中は、邪悪が存在できぬのじゃよ。
いくら鈴鹿の鬼が強いとて所詮は邪悪な鬼じゃ。
泡の異界には手出しはできぬ」
多我丸が田村麻呂に聞きたかったことは全部終わった。
納得できるかできないか、それは多我丸次第だ。
しかし、琥珀は、異界についてこの老将軍に聞きたいことが沢山あった。
何しろ、異界を知ることは晴茂を見つけるための必要条件なのだ。
「あのぉ、異界について教えてください」
田村麻呂の霊は、琥珀と天空を見て言った。
「教えてくれと言われても、儂は異界の番人ではない。
ただ、鬼達は異界と深い関係がある。鬼を討つために
必要な知識はあるが…。何を知りたいのじゃ?」
琥珀は天空の顔を見て、天空も田村麻呂の霊に聞きたいことが
あれば聞くように促した。
そして、霊に向き直ると思いつくまま聞き始めた。
「異界にまつわる妖怪アオジって何者?」
「妖怪アオジ…?そんなやつは知らん」
「姿は見えないけど、チチチ…って鳴く…」
田村麻呂の霊は首を振って、知らないと答えた。
琥珀と天空は、異界の妖怪には必ずついて回る妖怪アオジだから、
最重要の手掛かりと考えていた。
天空がしつこくアオジの説明を続けた。
「アオジがチチチ…と鳴くと、必ず邪悪な妖怪が出現するんだ。
アオジは、妖怪が出ると警告しているのか、妖怪の先走りで鳴くのか、
それも分からない…」
田村麻呂の霊に聞いたことをぼんやりと考え込んでいた多我丸が、
天空のアオジの説明で我に返った。
「ううっ…、その妖怪は聞いたことがあるぞ。
誰も姿を見たことがないと言われる妖怪だ」
琥珀と天空は、驚いて多我丸を見た。
「そう、その妖怪!」
「多我丸っ、知っているのか」
ふたりの勢いに、多我丸が驚いた。
「いやぁ、知っていると言うか…、聞いたことがある」
「誰にだっ!誰に聞いた?」
天空は、多我丸につかみ掛かろうとする勢いだ。
「天空、待て、待て!そんな話をしていたのは、
昔の俺の部下のひとりだった。
田村麻呂の軍に攻められた時、鬼ケ城で死んだ。
いや、死んでないか…、ちょっと待て、思い出すから…」
多我丸は、昔を思い出すように上を向いた。
「あれは…、どいつだったか…。そうだ!韋駄天だ」
「韋駄天?」
「その鬼の呼び名が韋駄天だ。
滅法足の速い鬼で、そう呼ばれていた。
そいつが、『妖怪の中で一番早く走れるのは俺だ』と自慢していたなぁ。
その時、妖怪アオジの話があった。アオジも目にも留まらぬ速さで走り、
誰も姿を見たことがないが、俺の方が早いと言っていた。
韋駄天は、アオジと走り比べをしたらしい」
「それで…?韋駄天は、どこにいる?」
天空の問いに、多我丸は腕を組んで思い出そうとしていた。
「うぅぅん…、韋駄天は、俺と一緒に小島に渡り、隠れていたんだが…。
俺の方が先に死んだから…、どうなったか分からん」
多我丸は、韋駄天がどうなったか知らないのだ。
それを聞いていた田村麻呂の霊が、ぼそっと言った。
「その鬼なら、鬼ケ城で儂も見たぞ」
全員が、田村麻呂の霊を見た。
そして次の言葉を待った。
「儂が顕明連を投げ、それが見事に多我丸の胸を貫いた時、
多我丸の後ろに立っていた背の高い鬼がいた。
多我丸が討たれたのを見ると、海を飛び越えて鬼ケ城に来て、
儂の部下を瞬く間に数名殺したのじゃ。
儂は、その鬼目掛けて矢を射ろうと構えたのじゃが、
そいつは儂を見ると一目散に逃げ出した。
その逃げ足の速いこと!あっという間に見えなくなってしまったわい」
「そうだ、そうだった。韋駄天も一緒に小島に隠れていたんだ。
ならば、韋駄天は鬼ケ城から逃げ果せたんだな」
多我丸が何度も頷きながら言った。
「その韋駄天という鬼を見つければ、
妖怪アオジの正体が分かるかもしれないわ」
琥珀の声に明るさが出た。
「しかし、韋駄天がどこにいるか…、
まだ生きているのかも分からないぜ」
天空は、雲を掴むような手掛かりだと思ったのだ。




