あおじ<4>
「なっ…何ですって、天后!もう一度、言ってごらん!」
あまりにも真剣で大きな太陰の声に、天后は悪いことを言ったのかと思い、小声で言った。
「いぇ…、あのぉ…晴茂様の最期を見た…と…」
「違いますわ、天后!あなたは『四人の式神』と仰いましたわ」
「あ…、あっ、はい」
「いやあ、わたくしとしたことが、気付くのが…、遅いですわ。
そうですわよ…、琥珀ちゃんも晴茂様の式神ですわ。成る程、九尾の言う通りですわ」
琥珀も天后も、太陰の合点した意味が分からない。そんな二人を置き去りにして、太陰は続けた。
「確かに…、確かに『少なくとも死んでいない』…ですわね」
太陰の酔いはすっかり醒め、真剣な目付きだ。
「琥珀ちゃん、天后、晴茂様は死んでいませんわっ!少なくとも死んでいませんことよっ!」
琥珀と天后は、その太陰の言葉は九尾と同じ内容ではないか、と困惑した。
だから、その理由は?琥珀と天后の訴えるような眼差しを感じた太陰は、落ち着いた声で話し出した。
「いいですか、琥珀ちゃん、それに天后も、よーく考えてみてね。わたし達十二天将は、陰陽師 晴茂様の式神ですわね。
晴茂様が亡くなったのであれば、当然わたし達式神がこの世に存在することはできませんわ。
だって、式神はご主人様に呼び出されて初めてこの世に現れることができるのですからね」
「うん?でも、わたし達は琥珀に呼び出されたんだよ」
天后がやや首を傾げながら、太陰に疑問を投げた。
「そうですわね、天后」
太陰は、天后のそれ以上の質問を手で制しながら続けた。
「天后、あなたもわたくしも今ここにいるのは、琥珀ちゃんに呼び出されたからですわ。
琥珀ちゃんには晴茂様の代理になれる能力が備わっているっていうことですわね。
さて、ところがですよ…、さっき天后が言ったように、琥珀ちゃんも晴茂様の式神なのですわ。
ねっ、琥珀ちゃん…も…、式神」
そこまで聞いて、琥珀と天后は、『あっ!』と声を出した。
「そうなのですわ、琥珀ちゃん。お分かりですよね。晴茂様が亡くなったのなら、『式神琥珀』は、この世に存在できませんわ。
晴茂様以外の誰にも呼び出されていない式神琥珀が、今ここにいることは矛盾ですわ。あり得ないことですのよ」
太陰は、琥珀と天后が理解する間を取って、更に続けた。
「それに、わたし達式神十二天将とて、琥珀ちゃんが代理で呼び出すのはいいとしてもですよ、
晴茂様が亡くなったのなら、そもそもこの世に出られませんわ。
わたし達は、晴茂様の式神であって、琥珀ちゃんの式神ではないのですからね」
この太陰の説明に、天后はひとつ疑問が浮かんだ。それを恐るおそる聞いた。
「晴茂様は、琥珀に『人間になれ』と術をかけた。琥珀がわたし達、十二天将を呼び出せるのは、式神ではなく、既に人間になったから…、ではない?」
「そうですわねぇ…。琥珀ちゃんは式神ではなく、既に人間になったのかも知れません。晴茂様から安倍家陰陽師の秘伝五芒星の術も授かっていますしねぇ…」
「だったら…」
再び、手で天后の言葉を制した太陰が続けた。
「天后、わたし達は元々安倍晴明様の式神でしたわ。
晴明様が亡くなられて後は、ご主人 晴明様に呼び出されることもなく、わたし達は千年を超えて闇の中にいましたわねぇ。
そして、晴明様の再来ともいえる天性の陰陽師、晴茂様が最近になって現れ、
わたしは、安倍晴明様の御霊から晴茂に仕えよと命じられたのですよ。
天后、あなたも同じはずですわ。そして、わたし達は、今もまだ晴茂様の式神ですわ」
「あっ、そうだ!琥珀に仕えよ、と命じられていない…」
天后の顔が一気に明るくなった。
「だから…、晴茂様は、少なくとも死んではいない、と結論できますわ。
晴茂様が生きていらっしゃるからこそ、わたし達式神が、琥珀ちゃんも含めて、今ここにいるのですわ」
陽は落ち、すっかり暗くなった山の頂で、天后は太陰の手を取った。琥珀は太陰に抱き付いて喜んだ。
琥珀の目からは涙が溢れ出していた。太陰は、琥珀に抱き付かれたまま、美味そうに徳利の酒を一口飲んだ。
そうか、そうなのか、だから、九尾の妖狐が言う『少なくとも死んでいない』なのだ。三人の式神から笑顔がこぼれた。