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琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第3章 鉄鼠
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鉄鼠<11>

琥珀と天空(てんくう)は、ネズミの方に振り向いた。

「どうした、ネズミ」


天空の問いに、ネズミは声を落として言った。

「光が消えた…。穴も…、消えたぜぃ」


ふたりは苔生(こけむ)した石を見た。

さっきまで、不思議な穴から点滅する光が漏れ出ていたのだが、

今はそれがない。


初めから何もなかったように、普通の苔生した石が土中に埋まっているだけだ。

開いていた穴の痕跡(こんせき)すらなくなっていた。


天空は、ゆっくりと穴が開いていた部分に触ってみた。

(さわ)るな!』というあの声も聞こえてこない。

そして、手で触った限り、ここに穴が開いていたとは思えなかった。


「これは…、どうなっているんだ…」

天空は、琥珀を見た。


琥珀は、分からないと、首を振った。

「天空は、土神でしょ。この石の素性は分からないの?」


確かに天空は十二天将(てんしょう)の中の土神だ。

しかし、あまりにも天空剣の魔力が強く、土神としての特徴は薄いのだ。


「ああ、一応(さぐ)ってみるよ」

天空は、自信なさ()に言った。


雑念を捨て、気を集中して、天空は石に手を置いた。

しばらく目を閉じて石を感じていたが、首を(かし)げて言った。


「おれには、普通の石としか感じない」

「不思議な石だわ」


「天空剣で割ってみるか?」


「それは…、無謀(むぼう)じゃない?

得体の知れない石だから、何が起こるか分からないわよ」


「別の異界への入り口かもしれないな」


「うん、そうかも…。でも、(あぶく)の異界もそうだったけど、

軽はずみに異界へ入ると危険だわ。

もう少し、調べてからにしよう」


そんな琥珀と天空の会話に、鉄鼠(てっそ)ネズミが割って入った。


「それより…、多我丸(たがまる)を探そうぜぃ。

また、多我丸に危険なことが起きているのかもしれないぜぃ」


「そうね…」


琥珀達はそれぞれ散開して、多我丸を探すこととした。

琥珀は竹藪(たけやぶ)の西側を、天空は東側を、ネズミは北側に散った。


 不思議な石から西に移動した琥珀は、竹藪から雑木林へと入った。

この雑木林は、下草を刈るような管理がなされていない。

雑木の間は、腰の高さまである雑草や低木が続く。


ここでは地上を歩くのは困難だと、琥珀は高い木に飛び移り、

木から木へ移動しながら多我丸を探した。


雑木林の真ん中に来た。

一際(ひときわ)大きな橿(かし)の木に飛ぼうとした琥珀は、

その樫の木に妖気が(ただよ)っているのを感じた。


琥珀は、音もなく木から飛び降り、草むらの中へ身を隠した。

その妖気は、鉄鼠ネズミと同じくらいの強さだが、

鉄鼠ネズミの妖気ではない。


琥珀は、ゆっくりと樫の木に近づいた。

『うっ、この妖気…、どこかで出会った妖怪だ』


その妖気に、琥珀は覚えがあった。

しかし、記憶を辿(たど)ってみたが、思い出せない。


橿の木の太い枝に、白づくめで、

テルテル坊主のような者がぶら下がっていた。

琥珀は何故か懐かしい者を見た感覚に(おちい)った。


その白い妖怪は、目も口も鼻もない。

それでも、琥珀に語りかけた。


「琥珀様、覚えていますか?白坊主(しろぼうず)です」


白いテルテル坊主は、自らを妖怪白坊主だと名乗った。

琥珀の記憶のどこかに引っ掛かっている名前だ。


思い出そうとする琥珀は、頭が割れそうに痛くなった。

この頭痛も、琥珀は以前に経験しているのだが…。


そんな琥珀を見かねてか、白坊主の声が再び聞こえた。

妖狐(ようこ)九尾(きゅうび)のキツネの配下の者です。

琥珀様に、九尾からの伝言があります」


「九尾のキツネ…」


そうだ、九尾の配下に白坊主がいた。

琥珀は、この妖気や白坊主の名前を知っていることを、

やっと理解できた。


しかし、この白坊主に自分は会ったのだろうか…、

と琥珀の記憶はまだ正確に(つな)がらない。


いいや、実際に白坊主には会っていない。

琥珀は、そう思うのだ。


白坊主は、混乱する琥珀にかまわず、

九尾からの伝言を言った。


「次の満月の夜、会いに来てほしい。

どこへ行けば会えるかは、その時になれば分かる。

これが、九尾からの伝言です。

では、琥珀様、確かにお伝えしました」


伝言を言い残すと、白坊主はふっと消えた。


「あっ!ちょっと待って…」


琥珀は、白坊主を呼び止めたが、既に遅かった。

白坊主の妖気も消えた。


琥珀は、白坊主がぶら下がっていた樫の木の枝に飛んだ。

しかし、何の痕跡(こんせき)もなかった。


九尾のキツネが琥珀を呼んでいるのは、

何か晴茂の消息を(つか)んだのだろうか。


九尾は、琥珀達とは別に、独自の探索をしているはずだ。


琥珀と十二天将は、多我丸しか手掛かりがない。

しかも、多我丸が晴茂の行方と結びつくのではなく、

多我丸は異界の手掛かりなのだ。


異界と晴茂の行方が関係あるのかどうかも、(さだ)かではない。

琥珀は、九尾の情報を期待した。



 その頃、天空は不思議な大石から東に進み、

既に竹藪の(はず)れに来ていた。


竹藪の外は、意外にも新しい住宅地が広がっていた。

こんな住宅地に多我丸は来ないだろう。

天空は、戻ることにした。


慎重に(まわ)りの気配を探りながら、天空は戻った。

不思議な石が遠くに見える所まで戻った時、

ふいに天空の足元に何かが落ちた。


天空は、咄嗟(とっさ)に飛び退()き、剣を構えた。

足元に何かが落ちるまで気付かない天空ではない。


ましてや、気配を探りつつ進んできた天空だ。

それは、妖怪か、霊か、何か余程(よほど)の者に違いない。


しかし、天空は妖気も霊気も感じない。気配がないのだ。


竹の枯葉が、カサカサと音を立てた。

天空は、剣を持ち替えて構えた。


(おお)(かぶ)さっていた竹の枯葉の下から現れたのは、

多我丸だった。


「何だよ!急に出るなよ、多我丸」


天空の言葉に多我丸が小声で答えた。

「天空、(ひと)りか?」


「いや、琥珀が向こうに、ネズミがあっちにいる」

天空は、その方向を剣先で示しながら答えた。


「それは好都合だ。天空、よく聞け。

ここは、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の埋葬地だ。

征夷(せいい)大将軍田村麻呂に会いたいと考え、京の都を(さぐ)った。


やっと埋葬地を見つけた。

おまえの魔力で田村麻呂の霊に会えないか」


「えっ!坂上田村麻呂の霊に会うのか?」

「そうだ」


坂上田村麻呂は、多我丸を討った張本人ではないか。

()わば多我丸にとって田村麻呂は、最大の仇敵(きゅうてき)に当たるはずだ。

その霊に会いたいと、多我丸は言う。


「いや、いくらおれの魔力でも、霊は呼べない。

琥珀の術なら霊を呼び出せるが…」


「例の杖を持つ娘か?」

「そうだ。琥珀は、陰陽師、安倍晴茂(はるしげ)の術を使える」


「ほほぅ…、式神の分際(ぶんざい)で、安倍陰陽師の術を使うのか…。

清水寺で五芒星(ごぼうせい)(はな)ったのは、琥珀とかいう娘か。

成る程…、ここに、その娘を呼んでくれ」


「ああ、分かった」


「妖怪鉄鼠には知らせるな、天空」


天空は、琥珀を呼んだ。琥珀は、直ぐに現れた。

「天空、多我丸が見つかったの?」


琥珀の質問に、天空は目線で多我丸の存在を知らせ、

そして、言った。


「多我丸が坂上田村麻呂の霊を呼び出して欲しいと言う。

ここは、田村麻呂の埋葬地だそうだ」


「ええっ!田村麻呂?あの征夷大将軍の霊を…?なぜ?」


琥珀は、多我丸のその要求を理解できない。

天空も、分からないまま琥珀を呼んだだけだ。


琥珀と天空の目が、多我丸に説明を求めた。


その時、多我丸が何かの気配を感じ身を隠した。


「おい、多我丸、心配ない。ネズミだよ」

天空の言葉に、多我丸が声だけで言った。


「琥珀、天空、妖怪鉄鼠をここから離れさせよ。

鉄鼠が一緒だと困ることがある。説明は、その後だ!頼んだぞ」


琥珀と天空は、目を合わせた。

多我丸の言動が、どうにも理解できないのだ。


ふたりは、何れにせよ多我丸に用があるのだから、

今は言うことを聞く方が良いと考えた。


ガサガサと竹の葉の上を鉄鼠ネズミが出て来た。

「多我丸はいたかぃ?」


「いや、どこにもいないし、(あらわ)れもしない」

天空が答えた。


「本当に、こんな所に来るのかぃ?」

ネズミの問いに、琥珀がうまく反応した。


「天空、聞き間違いじゃないの?

随分時間が過ぎたけど、多我丸、来ないよ。

きっと別の場所だよ」


「そうかもしれないなあ。

ここなら、もうとっくに現れてもよさそうだが…」


天空の(つぶや)きに、ネズミが言った。

「おいおい、聞き間違いはないぜぃ。

折角(せっかく)、俺達が清水寺の居場所を見つけたってのにさぁ、

しっかりしてくれよな、天空」


「いやぁあ、すまん、すまん」


「でも、まだ京の都のどこかのはずよ。

ねぇ鉄鼠、もう一度、あなたの(すご)い情報網で、

居場所を探ってくれない?


わたしと天空は、もう少しここで待つから、この近くは除いてもいいからね…」


「ふぅぅん…、そうさなぁ。

多我丸がいなきゃあ、前に進まないか…。

分かったぜぃ、もう一度、探してみるぜぃ」


鉄鼠ネズミは、ぶつぶつと文句(もんく)を言いながら、

それでも手下のネズミを集めるために竹藪を出て行った。


琥珀と天空は、ネズミの妖気が遠くへ消えるのを確認し、多我丸を待った。


そろそろ竹藪にも夜の(やみ)が訪れようとする頃、

何の気配もださずに多我丸が琥珀と天空の前に現れた。

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