鉄鼠<11>
琥珀と天空は、ネズミの方に振り向いた。
「どうした、ネズミ」
天空の問いに、ネズミは声を落として言った。
「光が消えた…。穴も…、消えたぜぃ」
ふたりは苔生した石を見た。
さっきまで、不思議な穴から点滅する光が漏れ出ていたのだが、
今はそれがない。
初めから何もなかったように、普通の苔生した石が土中に埋まっているだけだ。
開いていた穴の痕跡すらなくなっていた。
天空は、ゆっくりと穴が開いていた部分に触ってみた。
『触るな!』というあの声も聞こえてこない。
そして、手で触った限り、ここに穴が開いていたとは思えなかった。
「これは…、どうなっているんだ…」
天空は、琥珀を見た。
琥珀は、分からないと、首を振った。
「天空は、土神でしょ。この石の素性は分からないの?」
確かに天空は十二天将の中の土神だ。
しかし、あまりにも天空剣の魔力が強く、土神としての特徴は薄いのだ。
「ああ、一応探ってみるよ」
天空は、自信なさ気に言った。
雑念を捨て、気を集中して、天空は石に手を置いた。
しばらく目を閉じて石を感じていたが、首を傾げて言った。
「おれには、普通の石としか感じない」
「不思議な石だわ」
「天空剣で割ってみるか?」
「それは…、無謀じゃない?
得体の知れない石だから、何が起こるか分からないわよ」
「別の異界への入り口かもしれないな」
「うん、そうかも…。でも、泡の異界もそうだったけど、
軽はずみに異界へ入ると危険だわ。
もう少し、調べてからにしよう」
そんな琥珀と天空の会話に、鉄鼠ネズミが割って入った。
「それより…、多我丸を探そうぜぃ。
また、多我丸に危険なことが起きているのかもしれないぜぃ」
「そうね…」
琥珀達はそれぞれ散開して、多我丸を探すこととした。
琥珀は竹藪の西側を、天空は東側を、ネズミは北側に散った。
不思議な石から西に移動した琥珀は、竹藪から雑木林へと入った。
この雑木林は、下草を刈るような管理がなされていない。
雑木の間は、腰の高さまである雑草や低木が続く。
ここでは地上を歩くのは困難だと、琥珀は高い木に飛び移り、
木から木へ移動しながら多我丸を探した。
雑木林の真ん中に来た。
一際大きな橿の木に飛ぼうとした琥珀は、
その樫の木に妖気が漂っているのを感じた。
琥珀は、音もなく木から飛び降り、草むらの中へ身を隠した。
その妖気は、鉄鼠ネズミと同じくらいの強さだが、
鉄鼠ネズミの妖気ではない。
琥珀は、ゆっくりと樫の木に近づいた。
『うっ、この妖気…、どこかで出会った妖怪だ』
その妖気に、琥珀は覚えがあった。
しかし、記憶を辿ってみたが、思い出せない。
橿の木の太い枝に、白づくめで、
テルテル坊主のような者がぶら下がっていた。
琥珀は何故か懐かしい者を見た感覚に陥った。
その白い妖怪は、目も口も鼻もない。
それでも、琥珀に語りかけた。
「琥珀様、覚えていますか?白坊主です」
白いテルテル坊主は、自らを妖怪白坊主だと名乗った。
琥珀の記憶のどこかに引っ掛かっている名前だ。
思い出そうとする琥珀は、頭が割れそうに痛くなった。
この頭痛も、琥珀は以前に経験しているのだが…。
そんな琥珀を見かねてか、白坊主の声が再び聞こえた。
「妖狐、九尾のキツネの配下の者です。
琥珀様に、九尾からの伝言があります」
「九尾のキツネ…」
そうだ、九尾の配下に白坊主がいた。
琥珀は、この妖気や白坊主の名前を知っていることを、
やっと理解できた。
しかし、この白坊主に自分は会ったのだろうか…、
と琥珀の記憶はまだ正確に繋がらない。
いいや、実際に白坊主には会っていない。
琥珀は、そう思うのだ。
白坊主は、混乱する琥珀にかまわず、
九尾からの伝言を言った。
「次の満月の夜、会いに来てほしい。
どこへ行けば会えるかは、その時になれば分かる。
これが、九尾からの伝言です。
では、琥珀様、確かにお伝えしました」
伝言を言い残すと、白坊主はふっと消えた。
「あっ!ちょっと待って…」
琥珀は、白坊主を呼び止めたが、既に遅かった。
白坊主の妖気も消えた。
琥珀は、白坊主がぶら下がっていた樫の木の枝に飛んだ。
しかし、何の痕跡もなかった。
九尾のキツネが琥珀を呼んでいるのは、
何か晴茂の消息を掴んだのだろうか。
九尾は、琥珀達とは別に、独自の探索をしているはずだ。
琥珀と十二天将は、多我丸しか手掛かりがない。
しかも、多我丸が晴茂の行方と結びつくのではなく、
多我丸は異界の手掛かりなのだ。
異界と晴茂の行方が関係あるのかどうかも、確かではない。
琥珀は、九尾の情報を期待した。
その頃、天空は不思議な大石から東に進み、
既に竹藪の外れに来ていた。
竹藪の外は、意外にも新しい住宅地が広がっていた。
こんな住宅地に多我丸は来ないだろう。
天空は、戻ることにした。
慎重に周りの気配を探りながら、天空は戻った。
不思議な石が遠くに見える所まで戻った時、
ふいに天空の足元に何かが落ちた。
天空は、咄嗟に飛び退き、剣を構えた。
足元に何かが落ちるまで気付かない天空ではない。
ましてや、気配を探りつつ進んできた天空だ。
それは、妖怪か、霊か、何か余程の者に違いない。
しかし、天空は妖気も霊気も感じない。気配がないのだ。
竹の枯葉が、カサカサと音を立てた。
天空は、剣を持ち替えて構えた。
覆い被さっていた竹の枯葉の下から現れたのは、
多我丸だった。
「何だよ!急に出るなよ、多我丸」
天空の言葉に多我丸が小声で答えた。
「天空、独りか?」
「いや、琥珀が向こうに、ネズミがあっちにいる」
天空は、その方向を剣先で示しながら答えた。
「それは好都合だ。天空、よく聞け。
ここは、坂上田村麻呂の埋葬地だ。
征夷大将軍田村麻呂に会いたいと考え、京の都を探った。
やっと埋葬地を見つけた。
おまえの魔力で田村麻呂の霊に会えないか」
「えっ!坂上田村麻呂の霊に会うのか?」
「そうだ」
坂上田村麻呂は、多我丸を討った張本人ではないか。
謂わば多我丸にとって田村麻呂は、最大の仇敵に当たるはずだ。
その霊に会いたいと、多我丸は言う。
「いや、いくらおれの魔力でも、霊は呼べない。
琥珀の術なら霊を呼び出せるが…」
「例の杖を持つ娘か?」
「そうだ。琥珀は、陰陽師、安倍晴茂の術を使える」
「ほほぅ…、式神の分際で、安倍陰陽師の術を使うのか…。
清水寺で五芒星を放ったのは、琥珀とかいう娘か。
成る程…、ここに、その娘を呼んでくれ」
「ああ、分かった」
「妖怪鉄鼠には知らせるな、天空」
天空は、琥珀を呼んだ。琥珀は、直ぐに現れた。
「天空、多我丸が見つかったの?」
琥珀の質問に、天空は目線で多我丸の存在を知らせ、
そして、言った。
「多我丸が坂上田村麻呂の霊を呼び出して欲しいと言う。
ここは、田村麻呂の埋葬地だそうだ」
「ええっ!田村麻呂?あの征夷大将軍の霊を…?なぜ?」
琥珀は、多我丸のその要求を理解できない。
天空も、分からないまま琥珀を呼んだだけだ。
琥珀と天空の目が、多我丸に説明を求めた。
その時、多我丸が何かの気配を感じ身を隠した。
「おい、多我丸、心配ない。ネズミだよ」
天空の言葉に、多我丸が声だけで言った。
「琥珀、天空、妖怪鉄鼠をここから離れさせよ。
鉄鼠が一緒だと困ることがある。説明は、その後だ!頼んだぞ」
琥珀と天空は、目を合わせた。
多我丸の言動が、どうにも理解できないのだ。
ふたりは、何れにせよ多我丸に用があるのだから、
今は言うことを聞く方が良いと考えた。
ガサガサと竹の葉の上を鉄鼠ネズミが出て来た。
「多我丸はいたかぃ?」
「いや、どこにもいないし、現れもしない」
天空が答えた。
「本当に、こんな所に来るのかぃ?」
ネズミの問いに、琥珀がうまく反応した。
「天空、聞き間違いじゃないの?
随分時間が過ぎたけど、多我丸、来ないよ。
きっと別の場所だよ」
「そうかもしれないなあ。
ここなら、もうとっくに現れてもよさそうだが…」
天空の呟きに、ネズミが言った。
「おいおい、聞き間違いはないぜぃ。
折角、俺達が清水寺の居場所を見つけたってのにさぁ、
しっかりしてくれよな、天空」
「いやぁあ、すまん、すまん」
「でも、まだ京の都のどこかのはずよ。
ねぇ鉄鼠、もう一度、あなたの凄い情報網で、
居場所を探ってくれない?
わたしと天空は、もう少しここで待つから、この近くは除いてもいいからね…」
「ふぅぅん…、そうさなぁ。
多我丸がいなきゃあ、前に進まないか…。
分かったぜぃ、もう一度、探してみるぜぃ」
鉄鼠ネズミは、ぶつぶつと文句を言いながら、
それでも手下のネズミを集めるために竹藪を出て行った。
琥珀と天空は、ネズミの妖気が遠くへ消えるのを確認し、多我丸を待った。
そろそろ竹藪にも夜の闇が訪れようとする頃、
何の気配もださずに多我丸が琥珀と天空の前に現れた。




