鉄鼠<9>
大馬神社で妖怪鉄鼠と別れてから、既に三日が過ぎた。
豊富な情報網を持つネズミの妖怪でも、多我丸の消息は容易に判明しないようだ。
ご主人、晴茂を探すため、異界を調べてきたが、今ある手掛かりは多我丸だけなのだ。
琥珀は、そろそろ自分たちでも多我丸を探す必要があるのか、と考え始めていた。
次の朝、まだ夜が明けていない時、琥珀は部屋の隅に現れたネズミを見た。
大馬神社で別れた妖怪鉄鼠ではない。
「ネズミか。あの時の鉄鼠ではないわね」
「あい、鉄鼠大将の使いですぜぃ」
「多我丸は?」
「あい、見つけやした」
「どこ?」
「あい、ここ京の都に、おりやした」
「ええっ、京都にいたの?」
「あい、大将が見張ってますぜぃ」
何と多我丸は京都に潜んでいると言う。
灯台下暗しとは、このことだ。
しかし、多我丸はなぜ京に上ってきたのだろう。
「京都のどこ?この近く?」
「あい、清水寺ですぜぃ」
多我丸と清水寺…、どんな関連があるのか。
思い付くのは、清水寺のご本尊が、十一面千手観音だということだ。
多我丸が異界に封じられる前に仕えていたのも千手観音だ。
「なぜ…、清水寺に…?」
「あい、それは知りませんぜ。まだ、多我丸と話してねぇですから」
「じゃあ、清水寺に行こう!」
琥珀は、青龍を呼んだ。
青龍の背に乗って、琥珀とネズミは清水寺の境内、人影がない場所に降りた。
「ほらっ、清水寺に着いたよ。どこへ行けばいい?」
ネズミは、初めて青龍に乗って空を飛んだので、目を回している。
「あい、ちょっと待ってくれ…、気持ちが悪い…」
「そんなことを言ってる場合じゃないよ!どっち?」
「あい、音羽の滝…の、ふう…裏山ですぜぃ」
琥珀は、まだよろよろとしているネズミを鷲掴みにすると、
胸のポケットに押し込んで、音羽の滝の裏に飛んだ。
うっそうと木々が重なる林の中だ。観光客が頂く三筋の滝水が落ちている。
三筋の滝は、それぞれ延命、学業、恋愛にご利益があると言われている。
その滝の後ろに祠があり、不動明王が滝を見守っている。
琥珀とネズミは、その裏の林に降りた。
気分が戻ったネズミが、『こっちですぜぃ』と、やや祠の方に進んだ。
チュウチュウと鳴き声がした。見ると、鉄鼠ネズミが身を潜めている。
「多我丸は?」
琥珀が聞くと、鉄鼠ネズミは不動明王の祠の中だと言った。
こんな人目につく場所で多我丸と会って話をする訳にはゆかない。
まだ、朝が早いので観光客はいないが、これから人が増えるだろう。
音羽の滝は清水寺でも人気の場所だ。
「どうするぅ?俺が行って事情を話すかぃ?」
鉄鼠ネズミが琥珀に言った。
「そうねぇ…、どこか人目のつかない場所に来てもらうのがいいけど…」
しかし、そうは言っても、多我丸が鉄鼠の言葉に従うとは限らない。
ましてや琥珀が話しても、もっと勝算はない。
「そうだっ!今日は天空はいないのかぁ?
天空剣で多我丸を異界から出してやったんだろぅ。
天空の話なら、多我丸も素直に聞くかもしれないぜぃ」
成る程、鉄鼠ネズミの言う通りだ。
この場面で多我丸に話をするのは、天空が最も適任だろう。
「分かった。天空を呼ぶわ」
琥珀は、天空を呼んだ。
琥珀が、現れた天空に事情を説明した。
「へぇぇ、京の都にいたとはなぁ。分かった、俺が多我丸に会ってくる」
天空は、三筋の滝が流れ落ちる通路に立った。
そして、滝を背にして不動明王の祠を正面に見た。
天空剣は、顔の前で横一文字に構えた。
ぶーんと、天空剣が振動したと同時に、不動明王から声がした。
「天空ではないか!なぜ、ここに?」
天空が、声の方に目をやった。
不動明王像の肩に、小人が座っていた。
「おっ!やっと会えた、多我丸」
多我丸と呼ばれ、小人の童子は驚きの色を隠さなかった。
「なぜ、多我丸と知っている?天空」
「ネズミから聞いた。それより、泡の異界について教えてくれ」
童子は、ネズミと聞いて、事情を把握したようだ。
「鉄鼠か…。他言無用とは言っておかなかったから、
やつを責めても仕方があるまい」
暫く目を閉じていた童子が、目を開け不動明王の肩に立ち上がった。
「泡の異界…、あの中へ入ったのか、天空」
「ああ、入った。安倍晴茂の四式神で…」
「あの時の四人か」
「そうだ。俺と天后、大裳、琥珀だ」
「琥珀?」
「琥珀は、俺たち十二天将ではない。
陰陽師、安倍晴茂が造った式神だ」
「成る程…。杖を持っていた娘だな。
あの杖が、私を異界から出してくれる切っ掛けを作った。
流石は、安倍家の式神だ。天晴な杖を持っている」
どうやら多我丸は、天空を受け入れているようだ。
琥珀とネズミは、天空と多我丸の二人が見える場所に身を隠していた。
この様子では、出て行っても良いのではないかと考え始めていた。
「で…、天空、泡の異界、何を知りたい?」
多我丸が、天空に聞いた。
「おう…、まず誰が造ったのか…、
別の出入口はあったのか…、
あるならどこに通じているのか…、
そして…なぜ多我丸、おまえは異界に封じられたのか、
封じたのは誰か…。いや、まだある…」
そこまで天空が疑問を羅列した時、北の空から光る物が二人に迫っていた。
天空と多我丸は、同時にその光る物体に気が付いた。
天空が剣を構えた。
しかし、この光る物体が磯女を襲った『みさき』なら、天空剣では防げない。
天空剣をすり抜けるはずだ。
それでも天空は剣で防ごうとした。
多我丸は、不動明王像の肩から飛び降り、天空の足元に身を置いた。
天空剣が一閃され、光る物体を切った。
バチッと音がした。
今度は、天空剣で防げたのか…。
『みさき』と思われる光る物体は、天空と多我丸の直前で消えた。
しかし、天空には、剣で『みさき』を捉えた手応えがなかった。
見ると、薄青に染まった五芒星が、天空の前にあった。
琥珀が放った護身の五芒星だ。
「ううっ!安倍陰陽師の五芒星か…」
多我丸が唸った。
そして、多我丸は天空の耳に囁くと、南に向かって光の玉となって飛んで行った。
天空の許へ琥珀とネズミが来た。
「天空、大丈夫?」
琥珀の問いに天空が言った。
「みんな、ここから逃げて身を隠すんだ。
多我丸の行方は分かっている。
良いか、ネズミ、おまえも消えろ!」
「ええっ!?」
鉄鼠ネズミが、驚きの声を上げた。
「いいから、ネズミ、ここから消えろ!後で連絡する、早くっ!」
天空の鬼気迫る言葉に、鉄鼠ネズミは林の方に走り、そして消えた。
それを見届けて、天空が琥珀を促し、二人の姿が消えた。
北の空に再び十数個の光る物体が現れたのは、
天空・琥珀が消えた直後だった。
その光る物体は、音羽の滝の上空で、攻撃目標を失い、消えていった。




