鉄鼠<7>
琥珀達は、頷いて聞いた。
「どこ?」
「大馬神社だぜぃ」
大馬神社は、鬼ケ城から北西に直線距離で約五キロメートル、辺りは巨岩と杉の巨木が立ち並ぶ山奥だ。
坂上田村麻呂に討たれた多我丸の首級が埋められた神社だ。
また、ネズミの話によると、鬼の多我丸が復活した場所でもある。
「分かった。行こう!」
琥珀が答えた。
「俺は、この石の隙間から繋がっている洞窟を伝って行くが、
おまえ等はどうする?大馬神社で落ち合うかぃ?」
琥珀は、天后を見た。
天后は頷くと、ネズミに化けた。
天后の、呪術と仙術が融合した変化の術だ。
「ありゃぁぁ、見事なもんだぜぃ」
ネズミは目を丸くして驚いだ。
「天后が、おまえと一緒に行く。残りは上空から行く。どこで落ち合う?」
琥珀の問いに、ネズミが答える。
「大馬神社の境内に夫婦杉の巨木がある。その裏で会おう」
妖怪鉄鼠は、天后が化けたネズミを連れて、石の隙間に飛び込んだ。
それを見届けて、琥珀は朱雀の背に乗り、天空、大裳は朱雀の足に掴まって大馬神社へ飛んだ。
天后は、ネズミの後に従って、狭い洞窟を進んだ。ネズミ一匹がやっと通れる程度の狭い穴も何度か潜った。
こんな洞窟が大馬神社まで続いているのだろうか。狭い洞窟は、左右に上下にくねりながら続いた。
ふいに広い空間に出た。
すると、木の根や岩が入り組んでいるあちらこちらの陰に、何かがいることに天后は気付いた。
ネズミは先に進みながら、天后の様子を伺っているようだ。
ネズミが潜んでいる者に気付いていないはずはない。
天后は、ネズミとやや距離を取り、用心深く後を追った。
ネズミはチョロチョロと走って進んでいたが、太い木の根が洞窟の真ん中を横切っている場所を過ぎた。
そこで、ネズミが止まり、天后を振り返った。ネズミは妖気を強めながら、妖怪鉄鼠に変化した。
天后も止まる。
周りを警戒しながら、天后がネズミの姿のままで言った。
「鉄鼠、止めな!何を企んでいるか知らないけど、おまえに勝ち目はないわ」
鉄鼠は、天后の方一へ歩進み、更に妖気を強めた。
あちこちの陰に、潜む者の赤い目が見える。どうやら、鉄鼠の手下たちのようだ。
十匹位はいるだろうか。鉄鼠とその手下たちは、最大限に妖気を強めた。
しかし、天后にとってみれば、取るに足らない妖気だ。
ネズミ姿の天后が、鉄鼠の方にじりじりと進む。
天后の目は、鉄鼠に『殺意を消せ』と威嚇している。
いくら弱いとはいえ、殺意のある攻撃には、本気で立ち向かう場合がある。
何かの拍子に、術を真面に喰らうかも知れないからだ。
天后が本気で攻撃すれば、鉄鼠の十匹くらいは、一瞬で滅びる。
それ程の力量の差が、天后と鉄鼠にはある。
天后は威圧して、そのことを鉄鼠に知らせているのだ。
不意に、陰に隠れていた一匹の鉄鼠が、天后を襲った。
しかし、その鉄鼠が天后の場所に辿り着く前に、天后の姿がふっと消えた。
天后が消えたと同時に、どこからともなく鋭く尖った氷の矢が、
襲ってきた鉄鼠の目の前の土に突き刺さった。
そして、天后の声が聞こえた。
「みんな、止めなっ!鉄鼠が何匹いようと、問題ではないわよ。次は本気で氷の矢を刺すからね」
その声が止むとすぐに、数本の氷の矢が飛んで来て、鉄鼠の大将の周りに刺さった。
鉄鼠は、その氷の矢をかじった。しかし、歯が立たない。
しかも、周りを氷の矢で囲まれた鉄鼠は、そこから抜け出られないのだ。
天后の得意技の氷の柱だ。数匹の鉄鼠が、その周りに集まって氷の矢をかじった。
だが、天后の氷は硬い。鉄鼠たちが、かじるのをあきらめた頃、天后ネズミがすぅっと姿を現した。
「どう?硬いでしょう」
そう言った天后は、右手を上げた。
氷の矢が溶けてゆく。
「鉄鼠、おまえには邪気がなかったのに、なぜ私に敵意を持つの?」
鉄鼠は妖気を解き、普通のネズミの姿に戻った。
他の鉄鼠たちは、さっとどこかへ去った。
「敵意は持ってないぜぃ。けどさ、おまえたちが、どんな理由でやって来て、
なぜ多我丸を探しているのか、分からないんじゃぁ、心許ないぜ。
下手をすりゃあ、俺たちを狙ってきたのかもしれねぇし…」
「あははは、あんたを狙ったりしないよ。
大馬神社に着いたら、教えてあげるから、急ごうよ」
「ああ、分かったぜぃ。安倍の陰陽師は、邪気のない妖怪を攻撃しないと聞いてるんだ。
あんた達は、その式神だから、信じるけどさぁ…」
ネズミは、やや不満そうな顔で、納得したのかしないのか、そんな言葉を残して走り出した。
天后も後を追う。
大馬神社に着いた琥珀達は、既に夫婦杉の近くに身を隠していた。
参拝者が意外と多い。こんな場所ではネズミと話はできない。
そう考えていた時、裏山の方から天后の合図が聞こえた。
大馬神社の境内ではあるが、人が入ってこない山中に、ネズミと五式神が集まった。




