鉄鼠<4>
朱雀の火が消えたすぐ後、ネズミが一匹、石の隙間から飛び出して来た。
琥珀たちの姿を見て驚き、逃げようとする。それを四人の式神が囲む。
元の石の隙間には、朱雀が放った二個目の火がちらちらと浮かんでいる。
このネズミ、妖気を発して、琥珀達を威嚇するのだが、いかにも相手が悪い。
天空が剣を正眼に構えた。
すると、ネズミの妖気は弱いながらも若干強くなり、全身が鋼のような金属に覆われた。
「おおっ、おまえは、鉄鼠か?」
大裳が言った。ネズミは、大裳の方を向く。
「やはり、鉄鼠だな。みんな、気を付けてくださいよ。
こいつの歯は、幾分硬いです。何でもかじりますからね」
鉄鼠と呼ばれたネズミは、大裳の方へじりっと動いた。
大裳が一歩下がった。
天空剣が、そのネズミと大裳の間に伸びてきた。ネズミは、天空剣に飛び付き、かじった。
ガギッ!鈍い音がした。かじられた天空剣は何の傷も付いていない。
ネズミは、剣の持ち主、天空を見た。
天空は、にやにやと笑いながら言った。
「おい、鉄鼠とやら!おまえの歯では、この剣に傷も付けられない。諦めな」
ネズミは、草むらへ逃げようと素早く動いた。
しかし、琥珀の右手から飛んだ土蜘蛛の糸で両足を取られ、その場でひっくり返った。
ネズミは、相手は強いと思ったのだろう、元のネズミに戻り、妖気も弱くなった。
「おまえは、鉄鼠ですね?答えて下さい」
大裳が念を押す。
「何だよ、おまえ等は?いきなり火を使いやがって!」
「…」
「ああ、そうだよ。俺は鉄鼠だ。おまえ等は何者だぃ?」
「陰陽師、安倍晴茂の式神」
琥珀が答えた。
「陰陽師?安倍…?おおっ、すると、あの火は朱雀の火かぃ?」
「そうだ」
木の上から朱雀が答えた。ネズミは、木の梢を見上げた。
そして、天空とその剣を見て言った。
「おまえは…、天空っていう式神かぃ。それ、その武器は天空剣」
どうやら、鉄鼠は十二天将の知識があるようだ。
鉄鼠は、もう一度、式神達の姿を見渡して言う。
「式神十二天将かぃ…。そっちは天后、おまえは…大裳。うん?」
琥珀の姿を見て、鉄鼠は首を傾げた。
琥珀は、十二天将の一員ではない。鉄鼠が知らなくても当然だ。
「わたしは、式神、琥珀」
琥珀が自ら名乗った。
「琥珀?聞いたことがないぜ。それより、この蜘蛛の糸を何とかしてくれないかぃ。
身動きが取れないぜ。強力な十二天将が相手だから、逃げたり、かじったりしないからさぁ」
鉄鼠は観念したようだ。
琥珀は、みんなの顔を一通り見て了解を得ると、土蜘蛛の糸を外した。
ネズミは、自由になって式神達に聞いた。
「で、俺を外へ追い出して、何がしたかったんだ?」
琥珀が前に一歩出て、ネズミに聞いた。
「おまえが潜んでいた穴の中へ、小さな童子が入って行ったと思うが、
その童子はどこにいる?まだ、中にいるのか?」
「ああ、成る程…、阿修羅の後を追って来たのかぃ」
「阿修羅!?あの童子は、阿修羅なのですか?」
大裳が驚きの表情で聞いた。
「ははは…、本物の阿修羅ではないぜ。
観音様を守るっていうんで、自分で阿修羅と名乗っているだけだ」
大裳は、『そうだろう、あの童子が阿修羅のはずがない』と、
自らの知識が間違っていなかったことに安堵した。
「そうなら…、あの童子は何者ですか?」
「多我丸だよ」
「ええっ!多我丸?」
大裳は、童子が阿修羅と聞いた時より、数倍大きい驚きの声を上げた。
大裳の知識では、鬼ケ城に巣食っていた鬼が多我丸だ。坂上田村麻呂に討たれた鬼だ。
もし、このネズミの言うことが本当なら、大裳は鬼の多我丸を千手観音の使いと勘違いしたことになる。
あの童子を、正邪まるきり逆の立場に間違えたのだ。
他の式神はみんな大裳を見た。
そんなはずはないと大裳は向きになってネズミに問い質した。
「出鱈目を言ってはいけません。多我丸は、鬼ケ城に棲んだ鬼です。
坂上田村麻呂が千手観音の力を借りて成敗したのが、多我丸です。
あの童子には、邪悪な気はなかったですし、妖気もなかったはずです。
鉄鼠、知っているなら、本当のことを言ってください」
大裳の迫力ある質問にも、ネズミはあっさり答えた。
「だから、童子は多我丸だって言ってるぜ。
その石の隙間に入った童子だろ?多我丸だぜぃ」
「そんなはずはないっ!」
大裳が、ネズミに襲いかかる勢いで、否定した。
「おいおい、大裳さん。そんなにカリカリしなくても…。
あんたが疑うのも無理はないぜ、とても多我丸とは思えないものねぇ」
ネズミは、大裳の知識を正当化するように言った。
「何か裏の物語があるの?」
天后が聞いた。
ネズミがその問いに答える前に、天空が言った。
「この野郎の言うことは、信用できない。確か…、鉄鼠といえば、三井寺ネズミのことだろぅ。
三井寺ネズミなら僧侶頼豪の怨霊のはずだ。こいつは、妖気はあるが、霊気はない」




