鉄鼠<3>
「まだ手掛かりがあります」
「どこに?」
琥珀の問いに大裳が答える。
「あの泡の異界から出て来た千手観音の使いに聞けば…、異界の様子が分かるはずですね。
あの童子は、長い間、泡の異界に閉じ込められていたと言っていましたから…。
別の出入口も知っているかもしれません」
天空が目を見開いて大裳に言った。
「おおぉぉ、そうだ、そうだ。あの小人の童子に聞けばいいんだ、なぁ、大裳。
よぉーし、俺が聞いてくるぜ、琥珀」
そう言って、どこかへ行こうとする天空を、三人の式神が呆れて言った。
「どこにいるか、知ってるの?」と、天后。
「あの童子は、どこかへ飛んで行ったわ。どこへ行ったのか、分からないのに…」と、琥珀。
「まあ、天空、落ち着いてください。あの童子の居所は、分かりません。
行きそうな場所を探すしかありません。それに、…」
大裳が悲観的な見解を続けた。
「もし別の出入り口の場所が分かったとしても、既に泡の異界は消滅してしまったのですから、
その出入口も崩壊していると予想できます」
天空は、大裳を睨みつけた。
「何だよっ、大裳!まだ手掛かりがあるって言ったじゃないかっ!
その手掛かりは、別の出入口じゃないのか?それが崩壊していると予想できる…とは、
どういうことだっ!崩壊した出入口じゃ、手掛かりも何も、意味ねえじゃないかっ!」
天空の叱責に大裳は落ち着いている。
「いいや、まあ、意味があるかないかは、その別の出入口があった場所に行かないと分かりません。
その周りに何かの手掛かりがあるかも知れませんからね。
さてと…、どうすればあの童子に会えるのか…?」
大裳は腕組みをして考えた。
しかし、どこへ消えたか分からない童子に会う方法が浮かばない。
千手観音の使いだとしても、千手観音に聞く手立ては更に難しい。
こんな時、安倍晴茂だったら、どうしただろうと大裳は思いを巡らした。
他の三人も各々考えているのだが、妙案はない。
天空は、苛立ちながら、ぶつぶつと不満を口にしていた。
「へっ、千手観音の使いだとぉ…、いくら偉い童子か知らないが、『礼を言うぞ、天空』だとさ。
礼を言うなら、居場所ぐらい知らせてゆけって言うんだ。
全く、他の奴らは何をしているんだ…、俺達だけに考えさせやがって…。
六合はどうした?太陰だって、…。それに…」
そこまで不満を言って、天空は気付いたことがあった。
「うん?おい…、琥珀…」
突然、名前を呼ばれた琥珀が、天空に答えた。
「なに?妙案でも?」
「いや、妙案じゃないけど…、朱雀はどこへ行った?」
「…?」
天空の問いに、琥珀、大裳、天后がきょとんとした顔をした。
「そう言えば、朱雀は…、どこ?」
琥珀が、みんなの顔を見渡した。
「あれっ?この鬼ケ城に来るまでは、一緒でしたよ」
大裳がそう言って、天后を見た。
「いなくなったわね、朱雀」
四人が朱雀のいないことにようやく気付いた。
「琥珀、朱雀を呼んでください。勝手にどこかへ行ってしまうような、獣神ではありません。
何か理由があるはずです」
大裳の言葉に「うん」と答えて、琥珀が朱雀を呼んだ。
既に夜が明けようとしていた。薄らと東の空が白みかけてきた。
その薄白い北東の方向から、朱雀が鬼ケ城を目指して飛んで来た。
「どこへ行っていたんだよ、朱雀」
天空は、苛立ちながら聞いた。
「異界から現れた童子を追って、その居場所を見つけました。
今まで、そこを見張っていたのですがね、一向に動きません」
それまで不満そうにしていた天空の顔がほころんだ。
何と分かりやすい性格なのだ。
「おおっ、童子の居場所を見つけた!でかしたぞ、朱雀」
天空は、今にも朱雀に抱き付きそうだ。
「やはり、朱雀が追っていましたか。で、千手観音の使いは、どこへ…?」
大裳の問いに朱雀が答える。
「ここから北東の山中に、小さな祠があります。千手観音を祀ってある祠なのですが、
その奥へ入って行きましたよ」
「よしっ、分かった。童子に会いに行こう!」
天空が剣を握り締めた。
「まあ待ちなよ、天空。その祠からは、僅かな妖気が漏れて来るのですよ。
観音様と妖怪が同居するのは、どうも変ですからね。だから、ずっと見張っていたのですがね…」
朱雀が首を傾げて言った。
「へぇぇ、千手観音と妖怪…?」
「何かあるのかなぁ、大裳」
琥珀と天后が口々に聞いた。
「千手観音と関係のある妖怪は…、聞いたことがありません。どんな妖気でしたか、朱雀」
「正体は分かりません。僅かな妖気です。それほど強くない妖怪でしょう」
夜が明けた。鬼ケ城もすっかり明るくなった。
式神達は、朱雀の案内で山の祠へやって来た。
熊野古道から山の中へ分け入った場所に、その祠はあった。
このような人目につかない場所では、地元の人しか知らない祠だろう。
古道からこの祠までの脇道も、既にどこが道か分からない程に荒れている。
崖に掘られた祠の中に、石で彫られた小さな仏像が一体置かれている。
風化が激しく、ようやく仏像かなと思える程度の形しか判別できない状態だ。
「ここか…、これは仏像と言うより、石の塊だなぁ」
天空が、ぼそっと言った。
その千手観音の仏像には、観音は宿っていない。
今は、天空が言うように、ただの石の塊だ。
祠に近づいて内部をよく見ようとした天后の足が止まった。
「…?確かに妖気だわ」
四人の式神は、祠から漂ってくる妖気を感じた。
朱雀の言うように、それは強い妖気ではない。
「何かいるわね」
天后は、数歩下がって、琥珀達の場所へ戻った。
「朱雀、童子は、この祠のどこへ隠れているのですか?」
大裳の問いに、朱雀が答えた。
「ほら、あの仏像の下…、昔は仏像を安置する台座だったのでしょうが…、石が組まれてます。
その右端の石と隣の石の隙間へ入りました」
成る程、十個くらいの石を組んだ台座のようなものがある。
既に、石は傾いたり、飛び出したり、台座の形をしていない。
その中で、一番右端の石は、大きそうだ。石の頭だけが見えているのだろう。
「へぇぇ…、あんな隙間に入ったのか!?」
その隙間は大人の拳も入らない程の大きさだ。
「あの小人の童子なら、かろうじて入れそうね」
琥珀が言った。
「よしっ、童子を呼ぼう」
天空がそう言って祠に近づこうとしたのを止めて、天后が言った。
「待って、天空。妖気もその隙間から出ている…」
「どうせ弱い妖怪だぜ、出てきたら簡単に倒せるさ」
「天空、妖怪と童子の関係も分からないし、童子が何者かも分かってないのだから、慎重にやるべきだわ」
やはり、先程から天空と天后の立場が逆転している。天后の方が天空を抑え付ける態度だ。
「わかったよっ!じゃあ、どうする?」
天空は、琥珀を見た。
琥珀は、暫く考えてから答えた。
「朱雀の火を使おう。童子が千手観音の使いなら、朱雀の火は苦にならないはず。
だから、妖怪だけが飛び出して来る」
「そうかもしれない…、それがいい」
天后が同意し、大裳も頷いた。
朱雀の火は、元々仏法の秘伝火術で、そこに邪気はない。
騰蛇が用いる呪術は同様の火術でも、何物も容赦なく焼き尽くすと言われ、
邪気を伴う紅蓮の炎なのだ。
当然、騰蛇の炎は圧倒的な強さだが、朱雀の火は慈悲に満ちている。
琥珀が朱雀に目で合図をした。朱雀が羽根をゆっくりと広げると、ちろちろと燃える火が現れた。
それを羽根でおこす風で操り、丁度石の隙間に入る大きさに整えた。
そして大きく羽根を動かすと、その火を石の隙間に送り込んだ。
暫くの間、何事も起らなかった。石の隙間からちらちらと火の動く様子が伺える。
朱雀の火が、妖怪を挑発しているのだ。
その火の影が、消えた。




