磯女<9>
「暴れるなっ!わっ!」
天空は、天后に返答もできず、天空剣を押さえ込むのに四苦八苦している。
それを見ていた琥珀が、天空に静かに言った。
「天空、天空剣を自由にさせて。抑え込もうとせず、あなたが天空剣の動きについてゆけばいい」
天空は、琥珀の顔を見た。
その間も、天空剣は暴れる。
天空は、琥珀に頷いた。両手で持った剣を、片手に戻した。
そして、天空剣を押さえ込むのではなく、天空が剣に合わせて動いた。
ぶぅぅーん、天空剣が振動する。
剣の切っ先が、あちらこちらに大きく動く。
琥珀の忠告で観念した天空は、剣の動きに逆らわず、腕の力を抜き、剣をただ持つだけに心掛けた。
天空剣の振動音がぶぅーんからきーんに変わった。
振動が高速になったのだ。
切っ先の方向はやはり海中から出た大岩だ。
その大岩の一点を精密に狙っている。
振動音が高音過ぎて聞こえなくなったと同時に、天空剣が勝手にするすると伸び、大岩に突き刺さった。
「痛っ…、何だ?勝手に伸びやがった!」
天空剣が岩に突き刺さった反動で、天空は後ろに弾かれ、岩の崖に背中をしこたま打った。
「あっ!あれは…」
天后が指差す先を、琥珀、天空、大裳が見た。
天空剣が突き刺さった岩に穴が開き、そこから子供が現れた。
いや、子供よりも小さい。
手の平に乗りそうな人形の大きさだ。
そう、丁度それは雛人形の大きさで、五人囃子と同じような身なりだ。
岩に開いた穴から這い出た人形のような小人は、天空剣の上に立ち、にこりと琥珀達に微笑んだ。
そして、その風貌には似付かない重い声で言った。
「やっと、この世に戻れた。礼を言うぞ、天空」
そして、もう一度微笑むと、その童子は光の玉となって北の方角へ飛んだ。
琥珀達は呆然とその光の玉を見送った。
岩陰に隠れて見えなくなった光の玉を、
赤い微かな筋が追っていったのを四人は知らなかった。
「なんだ、あれは?何者だ?」
自由に使えるようになった天空剣を、するすると縮めながら天空が言った。
「妖怪…、ではなさそうね」
天后が答えた。
「あいつに俺の天空剣が反応したのかぁ?どういうことだ、大裳?」
暫く腕組みをして考えていた大裳が、話し出した。
「あの童子は、おそらく千手観音の使いでしょう。
昔、この鬼ケ城には、邪悪な鬼が棲み、悪さをした伝説があると言いましたね。
その鬼、名を多我丸と言いますが、多我丸を討ったのは坂上田村麻呂。
そして、その田村麻呂に助成した童子がいたと伝説では言われています。
その童子は、千手観音の化身とされていますが、
今の童子を見る限り、千手観音ではありません。
仏法剣である天空の剣が反応したことを考えれば、
仏に関わる者であるのは疑いの余地がありません。
ですから、おそらく千手観音の使いでしょう」
琥珀、天后、天空は、意表をついた大裳の言葉に驚いた。
「千手観音…?」
「千手観音の使い?」
大裳は、それでも自信ありげに答える。
「はい、千手観音の使いの者です」
大裳を除く三人は、そう言えば徳のある顔立ちだったとか、でもあの声は仏には似つかないとか、
なぜ烏帽子を被っているんだ等々、自分の意見をお互いに述べ合った。
そんな騒がしい三人に向かって大裳が言う。
「そしてもうひとつ、皆さん…、あの童子の言った言葉に重要な内容がありました」
「…?」
三人は、大裳の方を向き、次の言葉を待った。
「あの童子は、『やっとこの世に戻れた』と言いました。
即ち、あの童子は今までこの世ではない場所にいた、と言うことになります。
この世ではない場所といえば…、それは異界しかありません」
そう言って大裳は、海上に突き出た大岩に開いた穴を指差した。
「そうかっ!あれは異界からの出口…なのね」
琥珀が真剣な顔で言った。
もうひとつ異界の入り口が見つかった。
晴茂に繋がる異界かもしれない。
琥珀は、大声で言った。
「異界へ行ってみましょう」




