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琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第2章 磯女
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磯女<7>

その時、琥珀の目がかっと開き、ぶつぶつと呪文を飛ばした。


黒髪を伝って稲妻が落ちる寸前、磯女(いそおんな)の表情から妖気が抜けた。


これは…、何事だ?


磯女の黒髪が、生え際でぐぐっと()()められた。

全ての黒髪が何かで束ねられ、強い力で締め上げられているのだ。


磯女と黒髪が、分断されている。

妖力の源である黒髪に、磯女の指令が届かない。

磯女は、黒髪の妖力を遮断された。


琥珀、天后(てんこう)、そして天空(てんくう)剣を捕えていた黒髪は、力なく解けた。


「な…何が、起こった?」

自由に剣を扱えるようになった天空が(つぶや)いた。


天后も黒髪から逃れ、砂浜に立った。

琥珀は、既に砂浜に立ち、天空に言った。

「天空、黒髪の根元を切れっ!」


その言葉に、我に返った天空は、何かの力で束ねられている磯女の黒髪を、根元から天空剣で切った。

磯女は『ぎゃあああ』と叫ぶと、その場に倒れた。磯女から切り離された黒髪は、しかし、蛇のようにまだうごめいている。


琥珀は、白色に輝く隔離の五芒星を、その黒髪に飛ばした。五芒星の中に黒髪を閉じ込めたのだ。

そして、木、火、土、金、水、五行相生の印を切ると、五芒星が赤色に変わった。

遮断の五芒星だ。五芒星の中に閉じ込めた邪悪な妖力を遮断する。


「琥珀、どんな術で黒髪を操った?」

駆け寄ってきた天空と天后が、口々に聞いた。


その天空と天后の後ろから声がした。

「あれは、琥珀が先にアオジに放った土蜘蛛の糸だ」

答えたのは大裳(たいも)だ。


「そうか、蜘蛛の糸ね」

「だから、目を閉じて念じていたのか」

琥珀が(うなづ)いた。


「しかし、磯女がこれほど強い妖怪とは知らなかった」

天空の言葉に大裳が答えた。

「磯女は、黒髪を海水で濡らすことで、強い妖力を得ていたのですね。

わたしも危うく襲われるところでした」


「あっ!大裳、おまえイザという時に、自分だけ身を隠して…」

天空が、大裳をなじった。


「いやいや、あれで磯女に(すき)ができたのです。その絶好の機会を、しくじったのは天空、あなたですよ」

天空には返す言葉がなかった。


「それより、その磯女、どうします?琥珀」

磯女は、妖力の元である黒髪を切られ、もう戦う力はない。

だからと言って放置するのも危険だ。


「結界に封じましょう」

みんなは同意したが、大裳は封じる前に、もう少し磯女に聞きたいことがあると言う。

磯女が封じ込められていた異界のことだ。


琥珀は、磯女に回復の呪文を投げた。

磯女は、よろよろと立ち上がったが、すぐにその場に座り込んでしまった。


その磯女に大裳が声をかける。

「磯女、もうひとつ教えてください。おまえが封じられていた異界は、どこにあるのか」


「ううぅ、分からない。少し前、光る玉が異界に現れた。その後をつけたら、浜に出た」

磯女は苦しそうだが、答えた。


「その光る玉とは?」

「知らないよ、青白い玉…。玉と言うより光る点だった」


「それは妖怪か?」

「妖気は…、なかった…、でも、その光る点が…連れて行った…」


磯女がそこまで言ったその時、再び、あのミサキ現象が起こった。

北東の方角から現れた光る点が、今度は磯女を目掛けて落ちてきた。


天空は剣を走らせ、その光る点を切った。

「ううっ」


天空剣は確かに光る点を(とら)えたのだが、剣をすり抜けた光点は磯女に当たって消えた。

光る点に襲われた磯女は、その場で完全に生気が消滅し、一瞬で(しかばね)と化した。

そして、磯女の妖力が尽き、赤い五芒星に封じられていた黒髪も消滅した。


「い…今のは…、例のミサキ?」

琥珀が、聞いた。


「ミサキです。しかし、あれは、磯女のミサキではなかった…、のか…」

大裳が(うな)った。


天空がそれを受けて言った。

「自分を襲うミサキはないだろう。磯女のミサキではなさそうだ。

それなら、ミサキを発する何者かが他にいることになる。

この天空剣をすり抜けるミサキを持つとなると…、

正体は分からないが、相当強力なやつだぞ。神か?仏か?霊か?…」


「それに…、磯女が言った『異界に出た光る玉』って、さっきのミサキじゃあない?」

天后が、もうひとつ疑問を呈した。


三人は考え込んだ。

そして、大裳が(おもむろ)に発言した。


「琥珀、磯女の事件は、どうやらもう一段奥がありそうですね。

異界に(まつ)わる妖怪アオジ以外に、別の何者かが異界に関わっていると考えるべきでしょう。

封印の解けた異界にミサキを送り込み、磯女を異界の外へ誘導した。

そして、磯女がその存在を詳しく話す前に、口を封じたのでしょう」


妖怪アオジ以外にも、異界に関わる何者かがいる。

晴茂を探す手掛かりがひとつ増えたのか、それとも更に複雑な迷路に迷い込んでしまうのか、琥珀の表情は曇った。


「でも磯女の話から、ひとつ疑問が解けましたよ」

みんなの暗い表情を察して、大裳が明るく言った。


「何だよぉ、疑問が解けたって…」

天空の質問に大裳が答える。


「毒蜘蛛ですよ。我々は、大蝦蟇(おおがま)が言っていた『毒蜘蛛』という妖怪を知らなかったのですが、

どうやら土蜘蛛の中で最強であり、しかも船岡山の巣の持ち主が、毒蜘蛛のようです」


「そうだ、磯女がそんなことを言っていたぞ」


「と言うことは、晴茂様を蜘蛛の糸で(から)め取り、喰らった土蜘蛛。

そしてあなた方が倒した土蜘蛛が、『毒蜘蛛』と呼ばれているのですねぇ」


「晴茂様は、喰らわれていないわっ!」

天后が大裳を怒鳴(どな)りつけた。


「あっ、いやいや、そうでした。晴茂様は喰らわれてはいません」

大裳は、頭を下げながら、話を続けた。


「妖怪大蝦蟇、妖怪磯女、これらの妖怪はどんな訳があったかは分かりませんが、

毒蜘蛛によって異界に封じられていました。我々が毒蜘蛛を倒したことで、異界の出口が開き、

これらの妖怪が異界から出て来た。ここまでは、何となく正しいように思えます。しかし、…」


「うん?何か引っかかるのか?」

天空が続きを促した。


「もし、晴茂様が毒蜘蛛に喰われた後、晴茂様も同じように異界に封じられたのなら、

既に異界の封印は解かれたのですから、大蝦蟇や磯女と同じように異界から出て来れるはずです。

しかし、そのような兆候はこれまでありません。晴茂様ともあろう人が、封印の解けた異界を出られないはずはないと思うのですが…」


琥珀、天空、天后は、大裳の疑問を頷いて聞いた。


「やはり、何か別の力が作用している?」

天后が、ぼそっと言った。


「はい、異界を探ればいいという程、単純な話ではないかもしれません」

「うーん…」

天空も腕組みをして考え込んだ。


押し黙った三人に琥珀が言った。

「でも、今は異界を探るしかない。異界を探ることで、新たな事実が浮かび上がってくるはず。

そのひとつの手掛かりが、妖怪アオジ。

そして、今回の磯女の事件で判った、ミサキを放つ別の何者かが、二つ目の手掛かり」


「うん、そうだな」

天空が頷く。


「磯女が現れる前に、七里御浜(ひちりみはま)の北の外れにある鬼ケ城から出る、異様な気配を感じた。

七里御浜は、磯女が若者を襲った第一と第三の事件の現場。あそこに何かあるかもしれない」


「琥珀が感じた異様な気配とは、妖怪か?」

「うううん、妖気じゃない。大裳は感じなかったようだけど…」


「あっ、はい、わたしは何も感じませんでした」


天空が、天空剣を見ながら言った。

「琥珀は、晴茂様から(もら)った杖がある。その杖が感じたのかもしれない。

俺には天空剣がある。天空剣も異様な気配を感じるかもしれない。そこへ行ってみよう、琥珀」

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