磯女<6>
「なにぃ?毒蜘蛛を倒したとな?」
磯女は、驚きの声を上げて天空を睨んだ。
だが、すぐに冷静になり大きく頷いた。
「はははは…、そうかぃ、成る程、毒蜘蛛が死んだから異界の封印が解けたのかぃ…」
磯女は合点がいったようだ。
この話の進み具合は良い展開だと思った大裳が、磯女に言った。
「その毒蜘蛛を我らが倒したから、あなたは異界から出られたのです。
我々は、あなたにとって謂わば恩人ですよ。
ですから、その式神達を放してやってください」
磯女は、大裳に目を移し、その頼みを不思議な申し出だ、という顔をした。
大裳も言ってから気付いた。妖怪に義理や恩など通用しない。
「恩人…?おまえたちが、恩人かぃ。はははは…、わたしに恩人なんかいない」
磯女の目が鋭くなって続けた。
「おまえだけは助けてやろうと思ったが、妙な言い掛かりを付けるなら、放ってはおけないよ」
天空の周りに集中していた黒髪の束が、半分ほど大裳の方にするすると伸びた。大裳は、身構えた。
身構えてはみたものの、これらの黒髪が襲えば、大裳は避けることもできないかもしれない。
磯女は爛々と燃える目で大裳を睨みながら、にやっと笑った。
この事態、大裳にとっては絶体絶命の危機だが、天空にとってはチャンスが訪れたのだ。
四方八方から天空の動きを見張っていた黒髪が半分に減り、天空剣を突く間隙が増えた。
天空は、用心深く剣の切っ先を磯女の首に向け、機会を待った。
大裳はそんな天空の様子を確認しつつ、磯女には弱々しい態勢を見せていたが、
何とか天空に攻撃の機会を作らねばと、考えた。
今自分が磯女を攻撃すれば天空のチャンスは増えるはずと、寄って来る黒髪の束を見ながら大裳は思案する。
だが、天空剣が磯女を貫き損ねた時は、確実に自分は滅ぶ。
それではリスクが大き過ぎる。
大裳は、自分が滅びるのを恐れている訳ではない。しかし、ここで自分が滅び、天空剣も役に立たなければ、捕らわれている琥珀、天后はもちろん、天空も含め全滅になるリスクを考えたのだ。
それよりも……と、大裳は短く呪文を唱えた。
大裳の身体が、フッと消えた。
磯女は黒髪を振った。数本の黒髪の束が、大裳が消えた場所に鞭のようにうなって打ちつけた。
今だっ!
天空が動いた。
「伸びろっ!天空剣!」
天空剣は、磯女の喉元を目掛けて、目にも留まらぬ速さで伸びた。
それと同時に、磯女の束になっていた黒髪、何束かが、束を解き簾のように磯女の前に広がった。
目にも留まらぬ速さで伸びて行った天空剣は、何重にも広がった黒髪の幕に突き刺さったが、そこで動きを封じられた。
磯女の黒髪いっぽん一本が天空剣に絡まって、がちりと剣を固定したのだ。天空は、剣を押すことも引くこともできない。
「ははははは…、そんな剣でわたしを倒せると思ったのかぃ」
天空剣の自由が利かなければ、天空は手の出しようがない。
「ううっ!」
「わたしの邪魔をするおまえ達は、滅んでもらうしかないよ」
磯女の妖気が、更に強まった。
天后、琥珀、天空剣を捕えている黒髪を除いた残りの全ての黒髪が、徐々に纏まって太い束になってゆく。
そんな黒髪で攻撃されたら、ひとたまりもない。
何か手立てはないのか、天空は天后、琥珀を見た。
しかし、天后は首を振る。琥珀は目を閉じて苦痛に耐えているような表情だ。
磯女の右手が動くと、一本に束ねた太い黒髪が天高く伸びた。
まるで大木が天に伸びるようだ。
上空で雷鳴がする。
すると、バシバシッと火花を散らしながら、稲妻が黒髪を伝って降りてきた。
黒髪が電気を帯びたようだ。黒髪から小さな稲妻が迸る。
これは不味い!
黒髪を伝って上空の静電気が一気に下ってくれば、黒髪に捕らわれている天后、琥珀、そして剣を絡め取られている天空は、強力な稲妻で焼け焦げるしかない。
「はははは…」
磯女の高笑いが聞こえ、磯女は黒髪を振った。




