あおじ<2>
九尾のキツネが、優しく琥珀の肩に手をかけた。
「他の式神たち、十二天将はどうしてるんじゃ?」
琥珀が落ち着きを取り戻した頃合いを見て、九尾が聞いた。
「その時は、一緒に晴茂様を探した。一緒に三日三晩探した。その後は、会っていない」
「ふぅうむ…」
九尾の目が宙をふらついた。
どうやら九尾は、琥珀の話が腑に落ちていないようだ。
暫くして、九尾は琥珀の顔を見て、にっこりと微笑んで言った。
「琥珀さん、十二天将の誰かを、ここに呼び出してくれませんか」
「えっ?」
「琥珀さんなら呼び出せるはず。誰でもいいから呼び出してみてくれませんか」
十二天将とは、元々安倍晴明の式神だ。晴明が没してから、誰も使いこなせなかった十二天将を、晴明から晴茂が授かったのだ。
獣神として、玄武、朱雀、青龍、白虎、勾陳、騰蛇、そして人神として六合、大裳、太陰、天后、天空。最後にこれら天将を束ねる貴人。これで十二天将だ。
琥珀は、九尾に言われるまま、念じた。すると、もうすぐ山に隠れようとする西陽を背に、ひとりの少女が現れた。十二天将のひとり、式神天后だ。琥珀は自分と同じ少女姿の天后を呼び出したのだ。
強い妖気を発する老婆を見て、天后はさっと身構えた。
「天后さん、ほら、晴茂様のおば様です」
琥珀の言葉に、天后は構えを解いた。九尾の妖狐か、だから琥珀も安心しているのか。
「ほほほ、さすがに天后、隙がない。久し振りじゃのぉ」
九尾の言葉に、天后は軽く頷いた。以前、琥珀が出しゃばって、九尾の一撃を喰らったことがあった。その琥珀を氷壁の防御で守った天后だ。九尾の強さはよく知っている。
「さて、天后。晴茂さんは亡くなったか。おまえはどう感じる?」
天后は、九尾の問いを理解できず返答ができない。
「死んだのであれば、屍を…、おまえ達は、くまなく探したのか」
「晴茂様が土蜘蛛に喰われたのを確かに見た。屍は見つからなかった」
天后はそう答えたが、何か釈然としない気持ちだ。
何故だか分からないが、天后は晴茂が死んだと自ら言えないのだ。それは、事件の後、ずっと天后が感じている気持ちだ。あの天才陰陽師の晴茂が、妖怪土蜘蛛に倒されるとは思えないのだ。千年の歳月を経て再び現れたご主人、晴茂の死は、天后にとって信じられない出来事だった。
その天后の様子を見ていた九尾は、ふたりの顔を見比べて、唐突に意外なことを言った。
「晴茂さんは、…死んではいない」
「えっ!」
琥珀と天后は顔を見合わせた。ふたりは九尾を注視して、次の言葉を待った。
「いや…、なあに、晴茂さんが今どこでどんな状態かは分からん」
九尾は、やや間を置いて続けた。
「しかし、少なくとも、死んではおらん」
「でも…、この杖の笛を吹いても、晴茂様から返事はない。どこからでも、どんな時でも、この笛を聞けば晴茂様は駆け付けると言った。
それに、わたしの心が晴茂様を感じない。そんな事はこれまで一度もなかった」
琥珀は、九尾の目の前に杖をかざしてみせた。
その杖は、晴茂が呪術で造り込んだ貴重な物だ。杖の柄の部分にある虫こぶの穴を吹けば、晴茂だけに届く音が鳴る。そして、天空の持つ天空剣でも切れない強さがある。それを与えられた琥珀は、この杖を身体の一部と思える程に鍛錬を重ねた。
「ふぅむ、晴茂さんは、それすらできない状態なのか…。危険な状態かも知れんのぉ…」
「本当に…、死んでいないのか、九尾!」
考え込んだ九尾に、琥珀が苛立って聞いた。
晴茂が死んでいないという九尾の言葉を信じたいのだが、俄かに信じられないのだ。
琥珀の心にも、晴茂の心がまるで感じられないのだから…。