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琥珀色の心 Ⅱ  作者: 柴垣菫草
第2章 磯女
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磯女<3>

「おいおい、そりゃあ無茶だろ」

天空(てんくう)が目を丸くして言う。


大裳(たいも)も琥珀の意見に疑問を呈した。

「はい、確かに最適な(おとり)と思いますが…、

人間を…しかも妖怪に襲われ瀕死(ひんし)の状態に陥った人を、

囮に使うのは如何なものか…と思います」


とんでもない琥珀の意見に戸惑う天空と大裳に、琥珀は説明した。


「本人を連れてきて囮にはできないわよ。その人に化けるの。

一度逃した相手だから、妖怪ならきっと出て来て、もう一度襲うはず」


「おお、そうだぜ!成る程、そりゃあいい考えだ。確かに、言う通りだ。

朱雀(すざく)、その青年に会わせろ。俺がきっちり化けてやる」

再びやる気の出た天空を制して、琥珀が続けた。


「だから…、天空が化けると見破られるよ。天空の変化(へんげ)の術が素晴らしいのは認めるけど、天空剣の気迫と殺気は消せないもの」

「はぁあん?じゃあ、どうするんだ」


仙術(せんじゅつ)よ」

「んっ?仙術?」


仙術は、中国の仙人が持つ術だ。日本で仙術を使える者はほとんどいない。

仙術で化ければ、妖怪にも見破られないはずと、琥珀は考えたのだ。


天后(てんこう)…ですか」

大裳の(つぶや)きに琥珀が頷いた。


「天后だぁ?俺じゃなくて、天后に囮をやらせるのかっ?」

いつも天后をからかっている天空だ。重要な役を自分ではなく天后にやらせるとは…、と納得がゆかない。


琥珀の肩で朱雀が言った。

「おまえさんは強すぎるから、囮には向かないと言われているのです。

天空は、囮より、妖怪を倒すという重要な役目がありますからね」


その『おまえさんは強すぎる』という言葉に、単純にも満足した天空だ。


「ああ、そうだな。俺が囮の役っていうのは、(はな)から違うって思っていたぜ」

天空は、頭を()きながら言った。


 次の日、琥珀は天后を呼んだ。朱雀と大裳が事情を説明する。天后は、頷いて言った。

「分かったわ、琥珀。その囮の役、任せて頂戴。早速、その若者に会わせて」


天空は、意気込む天后に念を押すように言った。

「天后、いいか、俺の変化(へんげ)が役に立たなかったのではなく、俺は妖怪を倒す役を担うんだ。しっかり変化(へんげ)して、誘い出すんだぞ」


それを聞いて琥珀は笑いを(こら)えた。天空らしい言い回しだ。

日没に、串本(くしもと)の浜に集まることとし、天后は朱雀の案内で、生き残った四番目の若者に会いに行った。


 琥珀は、まだ陽が高い串本の浜に立った。海を隔てて向かいに見えるのは、紀伊大島だ。

気を集中しても、やはりこの浜には異常を感じない。ここが第四番目の事件が起こった浜だ。


暫くその浜に(たたず)んでいた琥珀が、目にも()まらぬ速さで飛んだ。空中へ消えたと見えた琥珀は、数分後に別の浜に居た。


和歌山県新宮市の浜だ。そこは、第二の事件が起きた海岸だ。

串本町と新宮市の中間に、那智(なち)の滝で有名な那智勝浦がある。

この浜でも暫く気を集中した琥珀だったが、何ら異常を見出せなかった。


そして新宮市を過ぎれば三重県に入る。熊野古道から見渡せる有名な美しい七里御浜(しちりみはま)だ。

白い石の浜が長く伸びている。


その七里御浜に降りた琥珀は、南から北へ十キロも続く浜を歩いた。ここが第一、第三の事件が起きた浜だ。

やはり異常は感じられない。七里御浜の北の端に琥珀は立った。

穏やかな太平洋を右手に見て、正面の小高い山に目をやった。


その時だ。

「うっ!」


琥珀の気に異様な感覚が触れた。

琥珀の杖もピクピクと反応した。

『な…何、これは…?』


妖気ではない。霊気でもない。これまで、琥珀はこの浜の北外れまでは来なかった。

近くに寄らなければ感じない程の微弱な異様さだ。

それ程脅威を感じるものではないが、何かが引っ掛かる。


「あの山の中か…?」

琥珀は、前方に見える緑の小山に向かって、更に気を研ぎ澄ませた。やはり、何かが引っ掛かる。

得体のしれない感覚だ。身体が何かに引き寄せられるような、自然に足が動くような…、悪くないが良くもない感覚だ。


琥珀は、小山の方に歩を進めた。浜に並行して走る国道に道路標識が見える。『鬼ケ城』と書かれていた。

琥珀は、『鬼ケ城』と呟いてみた。何だろう?鬼がいた場所なのか。その鬼とこの異様な感覚は関係するのだろうか。


考えても琥珀には鬼ケ城の知識がなかった。豊富な知識を持つ大裳を呼んで聞くしかない。

「何かありましたか、琥珀」

丁寧な言葉遣いで大裳が現れた。


「あの小山、鬼ケ城と書かれているけど、何か異様な感じがする。大裳は感じない?」

言われて大裳は、小山に向かって目を閉じた。


暫くして目を開けると、琥珀に向かって首を振った。

「別に、何も感じませんが…」


「そう…。あの小山は鬼ケ城っていうらしいけど、鬼ケ城って?」

「はい、古い話ですが、この辺りに鬼が出没し人々を困らせたことがありました。安倍晴明(あべのせいめい)様の時代から百五十年以上前のことです。

その頃の将軍坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が、勅命を受けて鬼を討伐したと言われています。まあ伝説ですから真偽の程は分かりません。


それ以来、この場所に鬼が出没する話は聞いておりません。

と言っても、鬼とは漠然(ばくぜん)とした呼称ですから、小物の妖怪などは出たかもしれませんが…」


「大裳が何も感じないのなら、わたしの思い違いかもしれない」

「いいえ、琥珀の方が敏感でしょう。何かあるのでしょうかねえ」


大裳は続けた。

「この地方は、元来、熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社で固められた神聖な所です。

邪悪な妖怪などは寄り付き難いのではないでしょうか。この地方で唯一邪悪な匂いのするのが、この鬼ケ城だと言えなくもありませんが…。

とは言え、多くの神社仏閣が立ち並ぶ京ですら、妖怪の出没は多いのですから、何とも言えませんがね」


大裳が何気なく言った『唯一邪悪な匂いがする』鬼ケ城という言い回しが、その時の琥珀には引っ掛かるものがあった。

やはり、何かを感じるのだ。

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