あおじ<14>
ごぉぉぉと地鳴りがする。ビシビシと空気が凍る。
天后の右手から冷気が渦を巻いて吹き出した。
辺りは一面、凍り付く。木々は葉を落とし、草花は枯れ、吐く息が凍る。
一瞬にして極寒の世界が訪れた。
逃げようとする大蝦蟇だが、既に身体は寒さに晒されて動きが鈍い。
次第に身体から氷柱が垂れ、全身が凍り付く寸前だ。
「ううう…、動けない…」
ついに大蝦蟇は全く身動きが取れなくなった。
「周防の大蝦蟇、おまえは周防の国の蝦蟇だろう。何故、この大江山に現れた」
琥珀が聞いた。
「ううう…、大江山?ここは大江山か…」
「そうだ。酒呑童子を首領とする鬼の山だ」
「うう…、俺は永らく異界に封じられていた。最近になって封印が解けたので異界から出てきただけじゃ。
うう…、出てきた先が大江山かどこか分かろうはずがない…」
「異界に封じられていた?誰が封じたのだ?」
「ううう、…毒蜘蛛、うう…」
「毒蜘蛛?」
「ううっ…、そうだ」
天后が琥珀を促した。天后の術とて、極限の寒さはそう長続きできない。
「琥珀、五芒星を!」
琥珀は頷いた。大蝦蟇の周りを、五行相生の順で巡る。自然界の全ての力を結集することによる強固な結界を張るのだ。
頂点「木」、左回りに「火」、「土」、「金」、「水」、そして再び「木」に戻り印を切る。
青白く光る五芒星の結界が張られ、妖怪、周防の大蝦蟇の姿は見えなくなった。
安倍陰陽師に伝わる奥義のひとつ、五芒星の結界に大蝦蟇を封じた。
琥珀が天后に目で合図した。天后は呪文を唱え、季節を元に戻した。
「ひぃえー、寒かったぞぉ」
大蝦蟇の虹色光線で全身麻痺していた天空が、琥珀と天后の後ろでよろよろと立ち上がった。
「天空、大丈夫?」
振り向いて声をかける天后に、天空が剣を杖代わりにしてようやく立って怒鳴った。
「天后っ!大蝦蟇が寒さに弱いのなら、もっと早く術をかけろっ!ひどい目に合ったぜ、まったく…」
「なに言ってるの。虹色光線をぶった切るなんて、大口をたたいたくせに、逆にやられるなんて…」
天空が苦手な天后は、琥珀の後ろに隠れながら言い返した。
「何だとっ!」
よろよろと、それでも声だけは威勢のいい天空が、天后に向かって一歩前に踏み出した。
「天空、およしなさいな…。でも、大蝦蟇は意外に手強かったですわ。あれでは、勾陳が逃げ出すのも分かりますわねぇ」
天空を遮るように太陰が姿を現した。
「うん、確かに強い妖怪だ」
天空が頷いた。
勾陳が土の中から頭を持ち上げ、きょろきょろと辺りを見渡しながら現れた。
「琥珀、大蝦蟇は五芒星の結界に封じてくれましたか。助かりました」
「おお、勾陳。やつとは以前会ったことがあるのか?」
天空が聞いた。
「はい、大昔ですが…わたしは、もう少しで大蝦蟇に喰われるところでした。
その時は、晴明様が追っ払ってくれました。晴明様もあの虹色の光線には手古摺っていました。吹雪で光線を凍らせて、退治したのです」
「なんだ勾陳、大蝦蟇が寒さに弱いって知ってたんじゃないか。早く教えてくれよな、隠れてないで…」
「いえいえ、わたしはあの大蝦蟇の姿を見たり、匂いを嗅いだりすると、もうそれだけで気分が悪くなるので…、申し訳ない」
勾陳は本当に大蝦蟇には弱いようだ。台地を揺るがし、山を造り、口から金色の妖気を吐いて土に変えることのできる勾陳なのだが、誰にも弱点はあるもんだ。
そんな勾陳を笑顔で見て、酒徳利を傾けながら太陰が言った。
「それより、大蝦蟇が最後に言った『毒蜘蛛に長年異界へ封じられていた』とは、どういうことでしょうかねぇ?」
「そう言ってたわね。毒蜘蛛って?」
天后が首を傾げながらみんなを見渡した。




