#9 惨劇の城
幾つか追加・改稿しようと思い手を着けていたのですが、現実の諸事情で忙しく更新が大幅に遅れてしまいました。詳しくは活動報告をお読みください。
「で、その高校ってどんな感じの場所なの?」
「高台にあって、街の殆どを見渡せる感じの場所ですかね。安全なら拠点にしようかと」
「へーえ……」
一週間前は平和であっただろう、畑と民家と墓地が地図上にモザイク模様を描いている土地を警戒しながら僕達は軽い雑談をしながらゆっくり道を歩いていく。辺りは荒廃した様子が一切なく青空が広がったまま、世界がまだ平和なんじゃないかと錯覚する光景。
この辺りまで来ると道も見慣れた所が多く、不安な気分も幾分か払拭され少しは状況を楽しむ余裕も僅かばかりだが出てきた――不謹慎だって? そんなのはもっと平和な時に言ってくれ。 今の僕はそうでもしないとやってられないんだ。
バイパス道路へ上がる階段を前後からの襲撃、そして念の為に上からの奇襲も警戒しつつ慎重に進んでいく。
「……?」
ふと足元にチャリ、と妙な違和感を感じた。足を退けて拾うと、それは鈍く輝く真鍮の筒。
「何……それ?」
「銃の、薬莢みたいです……リム(薬莢の尻部分)の形からして、オートマチックの拳銃ですかね……多分」
そこにあったのは小さな薬莢だった。つまり誰かがこの近くで発砲したということだ。最初の頃のものかここ最近のものかは分からないが、十分に注意する必要が出てきた。
願わくば持ち主に良心が残っている事を祈るしかない。ただでさえゾンビ相手に大変なのに、拳銃を持った相手まで敵に回すのは勘弁してほしい――そう思いながら僕は拾った薬莢をそっとポケットの中に押し込んだ。
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ゾンビ映画の名作の台詞に以下のような言葉がある。
『Theres no more room left in hell(地獄に空き部屋がなくなっちまったのさ)』。
それを踏まえるならば、このバイパス道路上はさながら空室を待つ列に待ちくたびれて逃げ出した連中の残した跡地って感じだ。
放置された事故車輌は既に火どころか煙すら吐かなくなり、車内や路上には置き去りにされたままの荷物や死体がゴマンと転がっていた。辺りは乾ききった血や肉片が塵のように至る所で張り付いており、ここで起きた惨状の一部を物語っている。
物資はあるから丹念に安全を確保した後、富良野さんには自分の必要最低限な荷物を見繕い持ってもらう。食料品なんかは腐ったら勿体無いから僕も干物や缶詰など少しでも保存の効くものを優先して少し荷物に持っていくことにした。
「そこの先は気を付けて下さい。スーツケースやら鞄やらで少し足場が悪くなってます」
「わかったわ」
そして脚の悪い富良野さんはそのまま道路上を歩き、僕は視界の通りにくい彼女を補佐する為に車上を伝い西側へ更に数百メートルほど進んでいくと、遂に我が母校である『藤城市立南高等学校』へと到着した。
彼女の時計を見せてもらうと時刻は10時40分過ぎ、太陽もそこそこの高さまで昇った頃だ。
門の向こうは血や肉片がそこかしこを汚しているものの、ゾンビの気配がしない。
僕は無言でシャベルを伸ばして構え、彼女も車で拾った果物包丁を抜き放つ。
校門をシャベルで軽くガンガンと叩いてみたが……どうやら音に反応する連中は近くに居ない、のか? そっと錆びた鉄門を開けていくと相変わらず碌な手入れをされていないらしい、地獄の底から響くような金属音が盛大に出迎えてくる。
――ここからが問題だ。
動きの遅い彼女を連れて校内を虱潰しに歩き回るのは大変だし時間も掛かる。だからといって一人で置いていって『戻ってきたら死んでました』なんてのも寝覚めも悪い。
耐火書庫なんかに隠れてもらおうか。扉は重く頑丈な金属製だし、窓も人が通り抜けるには小さい。最小限の武器さえあれば充分立て籠ることは可能だ。
しかし重要書類などが保管されているため普段から施錠されており、在学中は殆ど関わりのない場所だったため鍵の在処は頻繁に取り出す必要のあるであろう職員室だということ以外分からない。
「おーい、炉端君? 止まってるよ、どうしたの?」
「べ、別に何でも……いや、その、どうやって安全な場所を確保しようかと悩んでました」
「?……あー、私が足手まといって……のはあるよね、うん」
僕の思考が読めたのか、ばつの悪そうな顔をする富良野さん。邪険にするつもりはないんだけど、流石に負傷者を守りながらとなると無理があるからな……
「……イザとなったら私を置いてっちゃってもいいから、二人でやった方がよくない? 私だけじゃ流石にこれから先、生き残れる自信もないし」
「……では、そのように。ですが戦闘には無理に参加しないで、基本的には後方の警戒などをお願いします」
「わかってるわよ。私だって好き好んで自分の怪我を悪化させたくないし」
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「うっ、げほげほっ……おっ、ととっ!」
入って早速僕達を出迎えたのは、腐敗と鉄錆の臭いだった。
緊張を抑えるように勢いよく開け放って突入し、濃縮されたその臭いをモロに浴びた僕は思わず後退りして足元に広がる血溜まりを思いっきり踏み込んでしまい足を滑らせる。
その場は床へ後頭部を強かに打つ前に慌てて玄関の取っ手を掴んだことで事なきを得たが、まだゾンビと出くわした訳でもないのに心臓がバクバクと高鳴り、冷や汗が額を伝う。
扉を支えにして立ち上がると、今度は足を滑らせないように注意しながら一歩づつ慎重に進んでいく。
職員用の玄関口を上がってまず目につくのは血と臓物で所々が汚れた二階へと続く階段、職員室から伸びてきている通路、そして生徒用玄関だ。
外では殆ど見掛けなかったが、殆どの人は中で死んでたのか……襤褸雑巾を集めたような喰い残しの肉塊がそこかしこに落ちているのを見て込み上げてくる吐き気をどうにか抑えつつ、階段へと歩を進める。
門前で考えていた耐火書庫へと向かわないのは、鍵探しに時間を掛けて他の探索を疎かにしたくないのと下手に閉じ籠るよりはある程度脱出手段のある場所を確保した方が生存率が上がると踏んだからだ。
二階は下階よりも死体の数は少なかった。
だがその代わり……手や足、酷いモノでは身体の半分以上をスペアリブの食い残しみたいにされたゾンビがウジャウジャ床を這いずり回っていたのだが。
ひい……ふう……その数は優に二十を越える。
「……私、通り抜けられる自信ないわよ」
「反対側も似たような感じだし……富良野さん、ここは一旦別の……」
スペアリブゾンビ達とは反対側の教室の扉が吹っ飛び、盛大に音を鳴り響かせる。僕にはそれがまるでレスリングのラウンド開始のゴングに聞こえた。
相手に死の宣告を告げ、恐怖させるような怒号。アイツ等が、遂に僕達を見つけた。
「走れっ!」
教室から出てきたのは三体の走れるゾンビ。此方を逃がすまいという意志さえ感じられるその視線に、僕は叫んだ。
僕は段飛ばしで飛ぶように、彼女は手摺の上を滑りながら降りていく。もしもまだ世界が普通なら教師が来て説教されそうだ……今じゃ望んでも来ないか。
「炉端くん、どっち!?」
「一先ずは右へ! 校長室へ逃げ込みます!」
あそこは大きな窓があるが、幸いなことに外には殆どゾンビが居なかった。小窓からチマチマ攻撃をすれば大丈夫だろう……多分。
「うあ……っ」
しかしクソッタレの神様はそうは問屋を卸してくれないらしい。
先程の手摺からの着地で足を更に痛めたのか、彼女が蹲ってしまった。
奴等は今にも階段上から飛び掛かってきそうだ。僕は彼女の背負うリュックを掴むとそのまま引き摺っていく。彼女の服にベットリと生乾きだった部分の血が付いていくが命が懸かってるならそれくらいは我慢してほしい。
焦りばかりが先行して遅々として縮まない校長室までの距離。
それでもなんとかドアノブを掴める距離までやって来て……
死神が三体、上階から落ちてきた。