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#6 フロム・ヘル→トゥ・ヘル



 「それじゃサヨナラ、店員さん」


 五日目の朝。


 五日も経つと中身が腐り始めたのか蝿が近くを飛び回るようになった元店員に形ばかりの挨拶をして荷物を背負うと、僕はこの雑居ビルから出た。


 雑居ビルから離れ、学校へと近付く度に恐怖が皮膚の下を這い回るのを感じる。あそこの方が安全だったかもしれない、今からでも戻るには遅くない、と襲い掛かる誘惑にひたすら抗い僕は歩を進める。

 時折裏口の開いたままな建物に入ってはそこにあるまだ無事な食料を掻っ食らったり、有用そうな道具があれば荷物の量と相談しつつ持っていったりなんかもした。服装はずっと着替えてないから、その姿は端から見れば浮浪者の泥棒にでも見えるかもしれないと思わず自嘲する。



 「フッ」

 「ギュッ……!」

 ゾンビの背後から掴み掛かって物陰へと引き込み、短く持ったシャベルで頭部へと一撃。

 ゾンビとの相手は極力避けていたが、道を塞がれて数が少なく気付かれていなければ積極的に倒していく。相変わらず肉や骨を断つ感覚は苦手だが、以前と比べれば大分楽になった。



 暫く進んで裏路地で行ける限界まで来た、十字路を渡ろうと周囲を窺っていると、背後から何かが飛び掛かってきた。そして僕は衝撃のままに倒される。振りほどこうと背中に乗った奴の正体を窺うと……やはりゾンビだった。


 ――神様、アンタ僕の事が嫌いなのか?


 「ガアアアッ!」

 「ひっ、うわ、うわあぁあああっ!」

 血と肉片に汚れた牙が僕へと向かってくるのを見た僕は慌ててシャベルをその口に突っ込ませて防ぐ。思いっきり噛んで歯が折れたのか、ミシッとシャベルを伝う嫌な感触と共に細かい何かの破片がパラパラと落ちてくるのを見て背筋が凍りつく。


 「いっ……ぎゃあっ!」

 ゾンビも折角の獲物を逃がすまいとしたのか、近頃散髪に行ってなかったやや長い後ろ髪を文字通り引っ張ってきた。受けてみた人は分かるだろうが、髪の毛を引っ張るのは物凄く痛い。弟と本気の喧嘩をして引っ張られた時は二~三日痛みが引かなかった。


 「こん、野郎ーーっ!」


 だが。


 そんな痛みは命の対価には十分軽いモノ。口に突っ込んだままのシャベルをそのまま上へ持ち上げるようにして身体から剥がす事に成功した。ブチブチと嫌な音を立てて頭髪の一部が毛根や頭皮を巻き込み犠牲になったが、こうでもしなければ肩か首の肉が同じ音を立てて食い千切られていただろう。


 何とかゾンビの下から這い出して振り返り、よろめいた状態のゾンビの脛部目掛けてシャベルを横殴りに叩きつける。バキッと音を立ててその首があらぬ方向へと曲がると、そのままゾンビは二度と立ち上がることはなかった。



 「ハア……ハアッ……ハッ……ハァ……!」

 殺したゾンビの手に握られた大量の毛髪に血の気が引き思わず手探りで頭部の惨状を確かめようとするも、まずは逃げることが先決と悲鳴に釣られた他のゾンビが集まらない内に僕はその場を後にすることにした。




 そして僕は今、サバイバル四日目にして他人の家にお邪魔していた。


 住民は逃げた後のようでゾンビの姿は見回った限り一切ない、理想のセーフハウスだ。僕はリビングで荷物を降ろすと、行程の疲れを癒すようにソファへと寝っ転がろうとして自分が如何に汚れているかにやっと気が付いた。


 四日に渡る汗や老廃物、戦闘における血や肉片などの付着物で服は元の姿など見る影もなくなっていた。よくこんなの着て過ごせてたな僕。


 仕方ないと僕は家の中のクローゼットから適当に服を見繕う。

 今更な話だけど、僕ってここに来るまでに結構な罪を犯してるよな。死体損壊(殺人?)・無銭飲食・窃盗・住居侵入……最悪死刑、軽くても三年以下の懲役または十万円以下の罰金か。民事も合わせたら社会復帰は絶望的だな……どのみち司法機関も行政機関も機能していないだろうから考えるだけ無駄だけど。



 新しく身に付けたのは淡い水色のTシャツにスラックス、薄手のジャンパーだ。どれも自分の体格とは合わないしたっぷり他人の臭いが染み付いているが、この際贅沢は言ってられない。身体の汚れも濡らしたタオルでさっと拭き取ると僕は改めてソファへダイブした。

 久々に感じた敷布団とは違う柔らかい感覚、仄かに感じる煙草の匂い、そして朧気に感じた安らぎは僕の意識を容易く刈り取っていった。




--------------------




 「ふぁ、あぁ~……ッ!?」


 そういえばまだ施錠を確かめてなかった!


 意識の覚醒と共にその事に気が付いた僕はソファから飛び起きると慌ててシャベルを手に周囲を見回す。

 幸いなことにゾンビが入り込んでいて僕の身体が食べられていました~なんて事にはならずに済んでいた。


 一通り施錠されていることを確認する――ついでに外の景色はもう夜中になっていた、なんてタイミングで起きちまったんだ畜生――と、早速家捜しを開始することにした。



 まずはリビング。

 背負ってきたリュックの下にあった家主の物らしい避難場所へ行く旨が書き記されているノート以外、ここには特に目立った物はない。


 キッチン。

 めぼしい保存食は悉く持ち去られているらしく残っているのは冷蔵庫に収められていた生野菜や未調理の肉、牛乳などの腐りやすいものばかりだった。


 二階の各部屋。

 夫婦の寝室・物置・子供部屋・書斎……ここもまためぼしい物はなかった。唯一の発見と言えば書斎の奥に家主の趣味らしき押し込まれていた今では絶版のTRPGルールブックの山があったくらいだろうか、重いし必要性がないから持っていくことは出来ないが。



 言うのを忘れていたが、送電線から送られてくる電気は既に今朝方には止まっていた。今の僕はフラッシュライトを使って探索をしている状態だ、他人の家であるため勝手が判らず非常に怖い。

 生鮮食品はあと二、三日ほどで腐るがオーブンや電子レンジは使えない。コンロはガスが備え付けならライターで着火して大丈夫だろうけど明かりや匂いを嗅ぎ付けたゾンビまで押し寄せることになりそう……というか絶対なる。


 冷蔵庫にあった“国産黒和牛”のラベルが貼られたパックを思い出し、惜しみつつも僕は本日の活動を終える事にした。



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