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#3 地獄の入り口へようこそ



 2階へ降り立った僕は、先ほどから一転して周囲に感じる幾つもの気配に顔を顰めた。


 壁や床のあちこちに付着したまだ乾ききっていない血液や肉片。噎せ返るような鉄の臭い。先ほど吐いたばかりだというのに更に吐き気が込み上げてくるのをどうにかこうにか抑えると、僕は2階の店舗がゾンビの蔓延る洋服店だという事に肩を落とし1階の方を見遣る。



 下の店舗は直接繁華街の通りに面しているし、ショーウインドウなんかもあっただろうから店内には3階や此処と比べ物にならないくらいもっと多くのゾンビがいるだろう。

 それでも行く必要があるだろうか。通りに出てもあの群れを突破するのは難しい……いや、不可能なのではないか。


 さっきのリサイクルショップから持ち出したゼンマイ式のキッチンタイマーを陽動に使うという手もあるが、たった1個しかないコレをそう簡単に使ってもいいのだろうか?

 こう極端に貧乏性なのも僕の悪癖だ。だがもしもここで使って後で必要になる事態が起こったとしたら? 後先考えず下手に使ってしまうのは愚策だと思った僕は今浮かんだその案をなかった事にした。



 とりあえず下で挟み撃ちにはならないように洋服店の入り口を椅子で固定し塞いだ僕は、腰から抜いたテーブルナイフを握り締めて階下へと降りる事にした。




--------------------




 1階はどうやらスポーツショップのようだ。武器になりそうな物がゴロゴロとあるそこは僕にとってまさに天の助けだと思える場所だった。

 ……そしてそこでは大量の買い物客だったらしいゾンビが、同じ買い物客であっただろう死体を貪っていた。

 それにしても、ドイツもコイツも屈強な男共ばっかりだ。さっきみたいに細身な女性やひ弱な男なら兎も角、今の武器であんなゴツいゾンビと戦ったら確実に殺されてしまう。




 ……だが、必要な物を回収してすぐにこちらへ逃げ、封鎖してしまえば? 必要な物は手に入り、ゾンビとは戦わずに済む。どうせ1階の真正面から表に出てもゾンビの群れに呑まれるだけだ。それに屋上から隣のビルに飛び移って逃げればいいだろうし……



 完全に油断していたのだろう。とても幸運な状況だったがゾンビを1度に2体も殺せたという経験が、僕の理性と警戒心を鈍くさせた。



 僕は勢いよく扉を開けるとポケットに予め用意した500円硬貨数枚を割れたショーウインドウの向こう、化け物犇めく表通りに向けて放り投げた。

 硬貨が落ちる金属音に釣られてそちらの方へと慌ただしく駆け出していく店内のゾンビを、再び階段側へと戻って息を潜めてやり過ごす。

 そして店内へと戻れば、暫くゾンビとは無縁なショッピングとなる……現実はそんな感じで事が進む訳ではなかった。




 まず陽動作戦は成功した、店内のゾンビも粗方外へと移動していった。

 そこで意気揚々と出ていった僕が見たのは、小銭が飛んできた方向である店内を探ろうと侵入してきた表の通り(・・・・)にいたゾンビたち。


 少し考えてみれば思い付く事だったかもしれない。ゾンビにも多少の物事を判断出来るだけの知性は残されているのかもしれないと。事実大勢の連中が店内へと侵入してきている。

 それでも僕は欲に駆られるまま撤退の二文字を頭から打ち消し、店内へと突入した。


 まず扉を開けて目に入ったのは野球用品コーナー。棚に並ぶ雑多な金属バットから無造作に1本を掴むと、次の標的へと移る。

 登山用品コーナーからは箱入りのマルチシャベルを拝借させてもらった。折り畳み式のコンパクトなタイプでそのままスコップとして土を掘ったり、斧のように薪を割ったり、鋸刃や栓抜きも付いている優れものだ。箱に入っているから今すぐ使えるって訳でもないのが難点だが。


 そして店内に響く数多の足音や唸り声を聞いた僕はそろそろ潮時だと上階へ撤収しようとした。


 だがその扉の前には、6体ものゾンビが彷徨いていた。

 今の武装でも先ほどのように2体であれば兎も角、3倍の6体は相手にし切れない。再び硬貨を投げようとポケットの中に手を突っ込んだ僕の肩を誰かが叩いた。


 ……当然、相手は人間ではなかった。振り向いた所には顔の半分を人体模型のように筋肉が露になった顔で見つめる女がいたのだ。



 「ぃ、ぃいいぎゃああああっ!?」

 生来の臆病さを以て発せられた絶叫と取り落とした小銭が発する金属音は店内から表の通りまで広く響き渡ると、それに呼応するかのように周囲一帯のゾンビのものかもしれない一種衝撃波のような怒号が返ってきた。

 数は100? それとも200? どっちにしろ僕を殺すには多過ぎる数の連中がこの店目掛けて押し寄せてくるのは目に見えている。


 僕は背後にいたゾンビの頭目掛けてバットをフルスイングするとそのまま店の奥、恐らくあるであろうスタッフルームへと駆け出した。

 ゾンビの群れの中を死に物狂いで転げ回るように突き進み、カウンターに足を取られ床を這ってもなおその扉にすがり付くと祈るような気持ちでノブを倒し引っ張った。


 祈りが神様に届いたのだろうか。鍵は掛かっておらず、僕はそのまま部屋の中へと転がり込む事に成功した。



 「こっ……んのおおおおっ!」

 扉のノブを据え置かれていたモップで(つっか)えさせると、兎に角手当たり次第に近くの段ボールやテーブル、椅子などをただひたすら運び積み上げた。その間にもゾンビたちの怒号が扉の向こうから響き渡る。




--------------------




 相も変わらず店側では、無数のゾンビが扉を乱暴に叩く音がこの狭いスタッフルームを埋め尽くさんばかりに響いていた。


 どうやら外の連中も未だ僕の事を諦めるつもりはないらしいが、一先ずの所は襲われる心配をしなくて済むらしい。

 バリケードを組み終えた僕は、現状を打破するために部屋の中を物色する事にした。


 まず見つけられたのが沢山の在庫商品が入った壁に並ぶ段ボールの山だったということもあり実はかなり期待していたのだが、残念な事に使えそうな物は碌に入っていなかった。精々がヘッドライトやライターなどの細々とした雑貨品や少量の電池・燃料の類いだ。

 まあ雑居ビルに入るくらい小さな店舗だ、すぐ売れる商品は裏よりも店先に殆ど出してしまうかと一人納得しながら手持ちのライトなどに電池を込めていると、部屋の奥からいきなりバンバンと壁を叩く音がして思わず情けない悲鳴を上げてしまう。


 僕は箱から取り出したシャベルとリサイクルショップで手に入れてからようやく使えるようになったフラッシュライトを構えると、音のする方へと明かりを向けた。



 音の出所は度重なる衝撃によって薄い扉を外へ僅かに歪ませた便所だった。

 内側から鍵が掛かっているらしい所を見るに『感染してから逃げ込んだか催して入っていた奴が中で発症、自分が掛けた鍵のお陰で出て来られなくなった』という少々哀れな想像に行き当たった僕は中にいるであろう人物の成れの果てへそっと手を合わせると、店への扉に設けたそれよりも小規模なバリケードを組ませてもらい簡単には出て来られないようにしておいた。


 他にも部屋にはまだ誰かの体温が残ったままの布団が敷かれた仮眠室や僅かながら食料の入った備え付けの小型冷蔵庫など、僕へ若干の生き延びる希望という物をもたらしてくれた。


 しかし、希望が常に尊ばれる存在かというとそうではない。その裏にある絶望は、与えられる希望に比例してますます大きくなっていくのだから。



 その極めつけは奥にあった裏口の存在だった。

 裏の小路へと繋がっているであろう重厚な鉄の扉は、無慈悲にも内鍵によって閉じられていた。

 すぐそこに出口があるのに、出口の鍵が見つからない。ゾンビに囲まれ、ゾンビと同室に押しやられ出る事も叶わない。


 完全な袋小路へと追い詰められた事を悟った僕は先程の希望が全て無駄な物だと知り、そのまま声を上げる事も出来ず崩れるようにただその場にへたり込むしかなくなった。

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