表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

#2 ぼうけん の はじまり



 このビルは店舗4フロア+屋上の全5フロアという内容だ、それは外から確かめたんだし確かな筈。

 あまりに急いでいたし初めて来た建物だから中にどんな店舗があったかは全く覚えていない。

 しかし生きる以上はここで装備を整え、いずれは外へ脱出しなければならないのだ。贅沢は言わないから役に立つ店がある事を祈ろう。



 ……畜生、脚が震えて歩きづらい事この上ない。

 武器(ただしパイプ椅子)はある、通路だって1vs1が成立するくらい狭い、いざとなれば屋上へまた逃げられる。そう思い込んで恐怖を打ち消そうとするも生来の性格というものはそう簡単には克服できないものだ、実に憎いことに。



 まず4階にあったのはゲームセンターだ。

 扉に血は付着していない。侵入はされていない……筈だ、多分。


 音を立てないようにそっと扉を開けると中は普段と変わらず騒がしい電子音とタバコの煙に塗れ、遊戯に興じる人々がいた。まるで外や屋上で見た事は全て夢か幻だったかのようにこの部屋の中では普段の日常が続いていたのだ。

 窓がないし音も煩いからきっと誰一人外の惨状に気がついていないのだろう。


 知ってしまう事と知らないままでいる事。どっちが不幸な事なのかは知らないが、ここで外の現在を知らせても無用な混乱と恐慌を引き起こすだけ。結果的に自分の生存率を大きく下げてしまうだけだと判断した僕は、誰にも気付かれないように再びそっと扉を閉じると更に下階へと進む事にした。



 続いて3階は、小さなリサイクルショップだった。

 辺りには僅かに血が付着しているのを見た僕は、パイプ椅子を握る腕に自然と力が入るのを自覚した。

 噛まれたら確実にアウト・引っ掻かれるのももしかしたらアウトかも・何より接触してもダメだとしたら完全にお手上げだ。

 死ぬのは怖いが、自分があんな風な化け物に成り下がるのはもっと怖かった。それは自分の心に残っていたなけなしの自尊心だったが、その自尊心が僕を守ってくれると思えば恐怖も和らぐ気がした。


 僕にあるのはちっぽけな気概と粗末な武器(パイプ椅子)、ただそれだけだ。


 そしてそれだけしかなかったが故に、店内に侵入してすぐ血塗れの人影を見つけた僕は咄嗟に伏せてしまった。

 だがこれが良くなかった。扉を押さえていた手を離したことで、扉が決して小さくない音を立ててしまったのだから。


 低い唸り声と共に髪を振り乱すようなファサ、という音が聞こえる。おまけに扉の音を聞き逃してもらえなかったらしい。


 相手と自分の間には雑誌を掛ける回転マガジンラックが横並びに二つ。入り口から右側には食器が並ぶスペース、左側にはレジカウンター。



 すれ違いざまに椅子をお見舞いしてやればどうにかなるか? ――そんな分の悪い賭けには乗りたくない。

 それとも食器の方から刃物か何か探すか? ――なかったらそれこそ詰み(・・)だ。

 カウンターに隠れてやり過ごすか? ――その間、アイツの気を逸らす方法が見つからない。



 直上からの唸り声に思わず身が竦む。

 ――どうやらもう時間には一刻の猶予もないらしい、いい加減に腹を決めよう。


 「くうっ! オリャアッ!」

 僕は意を決して立ち上がり、椅子を奴に叩きつける事にした。


 狙いは……失敗だった。

 奴(ちなみに眼鏡巨乳の美人な女性だった……言う必要はないが)は獲物に迫る猫科動物のように身を屈めていて、僕の振りかぶった椅子は見事にその上を通過した。


 直上から声が聞こえていたのに、何故?


 答えは椅子を振った先にいた。

 血走った双眸を向ける男。そう、二体目がいたのだ。

 マガジンラックを間にした攻撃ではクリーンヒットには僅かに届かず、男ゾンビの側頭部を叩き後ろへよろめかせただけで止めを刺すには至らなかった。


 現実は何処まで非情なのか。女ゾンビへの対処が完全に遅れた僕は背後から飛び掛かられ、カウンターの向こうへと押しやられた。

 後頭部を強かに打って焦点の定まらない状態でも僕は噛まれまいとゾンビの首元を押さえ、必死に抵抗する。

 耳元でガチンガチンと歯を鳴らされる度に恐怖で萎縮してしまいそうな身体を根性で耐えさせる。


 「くううう、クソッ!」


 ええい、ままよ! と僕は女ゾンビの髪を掴み全身の力を使ってカウンターへと叩きつける。これが生きている女性であれば喜んで手を離せるというのに、畜生!


 叩きつける度にどこか悲鳴じみた叫び声が聞こえるが、ゾンビにも痛覚はあるのだろうか? それとも生前の反応を模倣しているだけ?

 それから六、七度目の打撃だろうか。棚の取っ手だか角だかに上手くぶつけたのだろう、暴れる力が弱くなったのをチャンスに僕はゾンビを蹴りで押し退けてカウンターの中を出ようと床を這いずった。


 腰の抜けた身体をカウンターに寄り掛かって無理矢理起こすと、男ゾンビは未だに地面でバタバタとしていた。三半規管でも機能していたのだろうか、そこを僕がパイプ椅子で殴りメチャメチャに掻き乱したお陰でバランス感覚を失い地面から立ち上がれなくなったと。

 何て運が良かったのか、これで二人掛かりだったら確実に死んでいた。そう安堵するのも束の間、再び背後からの呻き声に僕は近くに置いてあった何かを手繰り寄せ振り返る。


 ……女ゾンビはどうやらまだ生きていたらしい。再びマウントポジションを取られた僕はもうパニックになって無我夢中で左手に握った何かを女ゾンビの頭部目掛けて叩きつける。


 それはハサミだった。梱包を解いたりするのに使っただろう多少刃毀れしたそれは、人の頭蓋骨を貫くのには十分だったらしい。女ゾンビは額に二つの輪っかを生やしてそれっきり二度と動く事はなかった。




--------------------




 「腕もよし、指先もよし、首元もよし、顔も……」

 俺はあれから残った男ゾンビの頭を椅子で動かなくなるまで叩き潰し、備え付けの鏡を覗き込んで必死に怪我がないか確かめた。

 もし万が一怪我が原因でゾンビにならなくとも病気になったら? 病院に行ける平時なら兎も角、こんな世の中では医者どころか看護師だっているか分からないんだ。不安な要素は徹底的に排斥しておきたい。




 ……自分は今さっき(ゾンビになっていたとはいえ)二人も殺したんだぞ? 何を呑気にしているんだ?

 そこで自分が何をしたのかを思い出した僕は、便所に駆け込むと盛大に吐いてしまった。

 ダメだ。グロテスクなのはゾンビ映画とマイクラ(精神破壊)系FLASHで十分慣れたつもりでいたが、現実はそこに濃厚な血の臭いと後を引くような殺した感触が残る。僕はそれに耐えられなかった。


 このテナントの中に僕が止めを刺した死体が二つ転がっている。その事実に僕は押し潰されそうになるが、それでも耐えなければならないのだ。生き残るためにも。


 僕は使える物を見繕うため、店内を散策する事にした。先程の出来事を思い出さないよう死体は極力避けて。



 十分ほど掛けて店内を漁って見つけた物は以下の通りである。


・リュックサック

・テーブルフォーク x3

・テーブルナイフ x3

・マグカップ

・書物(家庭医学)

・雑誌(サバイバル知識)

・図鑑(野生植物)

・ブラッシュライト(空)

・ポケットラジオ(空)

・キッチンタイマー x1

・現金(紙幣) 28万7000円

・500円硬貨 x18


 電池などが見つかっていないからライトやラジオなどは使えないが、これから先こういった道具を入手する事も難しくなる可能性があるからと持ち出しておいた。


 本当ならゲーム機やらも持って行きたかったが、この現状で不要な荷物は文字通り自分の首を絞める事になりかねない。泣く泣く諦める事となった。


 現金に関してはレジから取り出させてもらった。

 非常時とはいえ僕は自分が生き残るために最大限の努力をしなくてはならないのだ。

 現金によってできる事は大きい。電気さえ通っていれば自販機の物を抉じ開けずとも買う事が出来るし、ガソリンスタンドからガソリンを調達する事も出来る。まだ貨幣が価値を失ってないと思っている連中に対する賄賂にだって使える、資本主義世界では万能の武器なのだ。

 小銭も、金属の塊であれば価値は失われても陽動に音を鳴らすだけなら使える。勿論嵩張るから一番大きい500円硬貨しか持っていかないが。



 得た物をリュックへ詰め込み背負った僕は、ズボンのベルトへフォークとナイフを1組差し込むと再びパイプ椅子を片手に店内を出た。






 この時点で自分が狂気の淵へと立ち、既にまともな思考を放棄しようとしていたのをまだ僕自身は知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ