#16 そして、誰もがいなくなるか?
夏休み――それは堕落を意味する言葉。(DX並感)
バイトしなきゃと思うのに梅雨空と気怠さについ怠けてしまう自分がいる……
そんなこんなで投稿です。
怒号と共に行われる、亡者の行進。数は十とも二十ともつかず、察するにこの部屋の周辺だけで五十は下らないだろう。それに抗うように、疎らな銃声が轟く。その音に籠るのは彼の上司、晴井の命の叫び……或いは覚悟か。自らの腰が浮き上がる度に心の内で警句を復唱する。
――命令を忘れるな。俺の仕事は、富良野 羽佳を守る事だ。
故に晴井さんの助けには行けない。万が一にも市民を危機に曝すなんて事態になれば彼は一生、それこそ死んでも俺を恨むだろう……だから、俺は動けない。ただ淡々と、先達であり恩師である彼を助けたい気持ちを押し殺して、彼の命令通り市民を助けるための準備だけを進める。
装填済みの散弾銃二挺とライフル一挺を机に置き、弾丸・食料・日用品の詰まった鞄を床に並べる。今も誰かの為に戦っているであろう晴井か、昨夜悲鳴と共に姿を消した炉端のどちらかが此処に戻って来てさえくれればと思いつつ、ただ待った。
「千戸さん……二人共、大丈夫ですよね……?」
「……ああ」
不安そうな富良野にも、俺はそう返すしかない。
その言葉に自信などなかった。だが、言わなければ余計に不安が増すだけ。だから俺一人、言葉だけでも希望を持たなくてはならなかった。
銃声が止む度に千戸の脳裏には晴井の死ぬ光景が過り、また銃声でその幻影は掻き消された。感染者の怒号が一層の強さを増す度に沸き立つ彼の元に馳せ参じたい想いを抑え続ける中、突然それはやって来た。
「早くするんだ炉端君、あまり時間を掛ける余裕はないぞっ」
「晴井さんっ、千戸さん、富良野さんでもいいっ。早く誰か出てください!」
――それは救世の福音……実際には小さく連続したノックの音と人の声だったのだが今の自分にはそれほどにタイミングよく、そして待ち望んでいたものだった。俺は返事もせずにただ扉を開き、その向こうに居た二人を引き込んだ。
「ち、千戸さん……半日振りですね」
「炉端君……よかった」
「よく生きて帰ったな、坊主」
たった半日会わなかっただけだというのに、俺の目にした炉端少年の姿はボロボロになっていた。肩から二の腕にかけては怪我をしたのか布切れを巻いて、顔や髪は血脂の滓で無惨に汚れている。武器のシャベルは赤黒く染まり、衣服などはまるで膠だ。無精髭を生やしたもう一人の男も似たような姿であり、血色ある顔でなければ――言い方は悪いが二人共いつ外の連中と同じになるか分かったものではない、というのが素直な感想だった。
「俺は牧島 堅介。お宅は?」
「千戸 厳佐朗。此処で拠点を構えてる警官の一人だ」
炉端の連れてきた男、牧島と名乗った男に自己紹介され、此方もそれに返して握手を交わす。一応軽く話は聞かせてもらったところ、どうやら昨晩炉端を助けたのは彼らしくその点に関して俺は礼を告げた。
そのお陰か、この部屋に漂っていた緊張感も幾分かは和らぎ……次の瞬間には再び響いた銃声で台無しになった。
「千戸さん……晴井さんって弾、何発持って行きましたっけ?」
顔面を蒼白にした炉端が俺にそう聞く。
「……二十五発。帳簿通りなら、その筈だ」
「た、助けには――あ……」
「私の所為よ、炉端君」
そう。炉端が消えた後も最後に残った彼女を守る為に俺はこの場に居続ける必要があった。
「だが、お前が戻ってくれて、もうその心配はいらない」
俺はポンプアクション式の散弾銃を手に取り、ポケットに散弾を詰め込むと近くの鞄に箱ごと弾薬を詰め入れた。三箱でおよそ七十五発……これだけあれば行って戻るに十分だろう。
二人に俺はこれを言わなくてはならない。満身創痍一歩手前といった守るべき民間人二人に対して、晴井さんの命令に背き言う必要があった。他ならぬ晴井さんの為に。
「戻ってきて早速で済まないが単刀直入に言わせてもらう――この場にいる全員で、晴井さんを助けに行く事に協力してほしい」
……空気が凍りつくとはまさしくこういう事か。狭い部屋の中、息遣いさえもが一瞬にして消えた。
「え、えと、具体的には?」
「炉端、お前には残りの銃と俺の拳銃を任せる。お前の裁量で、ここにある弾を消費して構わん……俺と晴井さん達が戻るまで、ここを守っていてくれ」
「そんな、僕は実銃なんて一回しか触った事もないんですよ!」
「基本的な事はモデルガンと同じだ。反動が強くて出てくる弾で人が殺せる、それだけ注意して扱えばいい」
「ぼ、僕より牧島さんみたいに大人の方が――」
「俺は――牧島さん、アンタには悪いがまだ信用できるほどの根拠がない。それよりはまだ坊主のような奴が指揮してくれた方がマシと思える、知識もあるしな」
「でも……」
実銃、指揮、任せる。ミリオタな性格を刺激するような言葉を使っても、炉端 嶺午という少年は自分に対して臆病な性格なのだろう。彼はそれでも尚悩んでいた。
「なら私は彼に着いて行こう。なに、信用されずとも銃は要らん。炉端君、すまんがシャベルを借りるぞ」
「え、あ、はい」
そんな彼に痺れを切らし、発破を掛けるつもりだろうか。彼に迷う選択肢を与えない為か牧島は俺に付くようだ。本当なら彼らと共に此処へ残り守って欲しかったが、このまま踏ん切りの付かない炉端と彼を残した所で上手く行くとは思えない。非常に辛い選択だが敢えてその提案に乗った。
片腕が使えないとはいえセミオートの散弾銃とリボルバーなら使える。しっかりと窓から部屋へ入られないようにバリケードを組めば見つかっても彼一人で対処できる……と信じたい。
「気を付けて下さいね、二人共」
「武運を祈ってます……全員で生きて帰って下さい」
十発目の銃声の後、部屋から出ようとする俺達の背中に二人がそう声を掛けた。言われなくても死ぬつもりはない。
俺は警察官なんだ。民間人の一人や二人、それに同僚だって守れなきゃ駄目なんだよ。
遠くにゾンビ共の怒号が聞こえてくる廊下を歩きながら、銃のスライド音が威勢よく鳴った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「富良野さん、ライフルの使い方は?」
「ここが遊底で、ここが弾倉に薬室、こことここが照準よね」
二人が出ていった後。僕はソファや棚を動かして窓にバリケードを張り、両手が使える富良野さんにライフルの使い方を指導していた。
部品名を言いながら各部分を指で指し示す富良野さんには、素人だけど飲み込みが早くてこちらも助かっている。
「ボルトを引いて、マガジンに弾を込める」
マガジンに込められていく金属の塊。これが人を殺す兵器だとは分かっているし憧れた事もある、だけどそれを実際に自分達の手の中にあるという現実に戸惑う自分もいる。
「そのままボルトを押し込むと弾がチャンバーに入って発射準備が完了」
富良野さんの不器用な手つきでジャキン、と音を鳴らしてボルトを戻し、チャンバーに弾が装填される。一応セーフティを掛けてはいるが、それでも目の前に自分を殺せる兵器があるというのはこんなにも恐ろしい事だったのかと改めて思い知らされた。
「手前のサイトの凹みの真ん中に前側のサイトの出っ張りを合わせて、引き金を引く。終わったらまたボルトを引いて戻して撃つ。弾が切れたらマガジンに込め、時間がなければ直接チャンバーに放り込む。これで大丈夫?」
「うん……その、本当に、ゴメン。僕が負傷したばっかりに、えっと、貴女にも手伝わせる事になって……」
「……大丈夫、平気よ。私もこれまではそうだったじゃない、次は私にも手伝える事は手伝わせて――もう、誰かにおんぶに抱っこじゃ居られないもの」
本当に……晴井さんも、千戸さんも、牧島さんも、富良野さんでさえ、強い。自分で戦う事を決めてる。
対して僕は? 周りに流されて、ただ戦える知識と道具があるからやってる。そこに僕の意志はない。だけど周りに反対して銃だけ持って逃げる勇気も、一人になる勇気もない。何も変わらない、臆病な自分は世界がこうなる前からずっと変わってない。
いっそ拳銃で頭を撃ってしまおうか。それなら生きたまま食われるよりずっとマシな結末になるだろう。だけど失敗したら? そんな事を考えながら僕は富良野さんの横たわるソファの端に腰を掛ける。
ソファと窓の間に机を出し、その上に銃弾やその他の小道具を並べた。そして僕らはテーブルを支えにして窓から入ってくる連中に銃を撃つ……戦術もクソもないただの素人考えの域だ、だけど僕にはこれしか思い付かない。
シャベルを失ったまま近接戦も心許なかったので前に小説の中で考えた、ハサミと箒の柄を使った即席の槍も作った。しかし材料の関係上一本しか用意出来なかった上に不良品で、多分二、三人も刺したら穂先がすっぽ抜けてしまうような出来である。これに頼るようになったらお仕舞いだ。
「本当は寄せ付けない為にも、槍衾なんか作った方がよかったのかもしれないね……まるで、いや、最初から合戦みたいなものだったか」
ぽつりと口から溢れる言葉。生きる為に散々元人間を殺してきた僕が言っていい事じゃないのは分かってるけど、言わずにはいられなかった。
そんな愚痴だらけでソファの端で縮こまる僕の脇腹を、彼女が剥き出しの爪先で軽く蹴った。
「炉端君。君は出来る事全部やったんでしょ? なら今は、これで充分よ」
その言葉に少しだけ心を救われて、それでも欲張りな僕は天に祈った。
神様。救いのない物語を求めてこんな因果な状況に陥った僕ですが、せめてこの仲間だけはどうか奪わないでやってもらえませんか……?




