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#22 積み木

 4月8日。俺は大学2年生になった。と言っても、1年の後期からは全く通っていないから、形だけの進級だ。2年生になったら本気を出そうと思っていたが、そんなことが出来るわけがなかった。だがもはや、大学なんてどうでも良くなってきている。真面目に通って卒業したとしても、どうせ俺みたいなコミュ症にはろくな就職先などない。ブラック企業に飼い殺しにされるぐらいなら、一生フリーターの方が気楽でいい。というより、その辺の下手な正社員よりも、今のキャバクラのボーイの方が時給がいい。ただの開き直りだが、これは事実だ。


 今の俺の生活パターンは、もうほぼ固定されている。早朝に起床、昼までDOG、夕方もしくは夜までバイト、深夜までDOG。睡眠時間は約3時間だ。資金を極力DOGにつぎ込めるように、半額になった消費期限間近の食パンを主食にして、光熱費を浮かすために風呂は1週間に1回シャワーのみ。まさにDOGに人生を捧げていると言っても過言ではない。


 あれからリナとはリアルでは会っていない。最近体の調子が悪く、家に籠もりっぱなしだそうだ。そんなリナをデートに誘うわけにもいかず、リナと会えるDOGの方を優先してしまうのは必然だ。トッププレイヤーの廃人達と同様に、俺もすっかりあっちの世界の住人になってしまった。元々生半可な気持ちでネットゲームの頂点を目指すなど、土台無理な話だったということだ。


 こんな事をボーッと考えながらのプレイにも関わらず、俺は闘技場で連勝を積み重ねていく。現時点で実装されているボスキャラは全て倒してしまったため、レベル上げとデュエルぐらいしかやることが無いのだ。既に俺とリナはチーム白桜の中でも主力メンバーに数えられており、そのメンバーで組んで闘技場に参戦すれば、万に一つも負ける事はあり得なかった。


ウルフ:よし、今日はこれぐらいにしておこうか

リナ:今日も全勝でしたね!

cube:当然だよ。俺ら強すぎるしw

零:また掲示板で俺らの陰口叩かれるんだろうなw 強者の宿命ってやつか(´ー`)

ハルト:まあ、気持ちは分からんでもないけどね

JET:負け犬の遠吠えってやつだなw


 チーム白桜のメンバーは、誰もが自分に絶対の自信を持っている。そして、その自信に見合った強さも兼ね備えている。その中でも、ギルマスのウルフは圧倒的だ。ステータスはもちろん、プレイングも群を抜いて上手い。まさにDOGの神だ。リナと一緒にDOG最強の夫婦になることを誓ったが、ウルフがいる限り永久に叶わない願いな気がしてくる。


 しかし、諦めるわけにはいかない。これまでに費やした時間や金のことを考えると、今更後戻りなど出来るはずがない。今日は珍しく、ウルフがデュエル解散早々にログアウトした。時刻は深夜1時。まだ寝るには早い。ウルフとの差を縮めるチャンスだ。


ハルト:リナ、まだ寝ない? 俺、ボダコリ洞窟で狩りするけど

リナ:あ、私も行く(*'▽'*)

JET:俺もご一緒していいか?

ハルト:ん、ああいいよ


 ちっ、しまった。囁きチャットにするのを忘れていた。JETはリナに惚れている。ことある毎に、リナに近付こうとする。そしてJETはハルトとリナが親しいのも知っている。そのせいで、よく俺に突っかかってくる鬱陶しい奴だ。馬鹿が…………ハルトとリナが既に結婚しているとも知らずに、無駄な努力をしやがって。


JET:さっきのデュエルだけどさ。高火力の狩人放置はまずいだろ


 狩りの最中に、JETが囁きチャットで嫌味を言ってくるのもお決まりパターンだ。


ハルト:ああ、悪いね。聖騎士がエースっぽかったから、そっちに構ってたわ

JET:聖騎士には僧侶が張り付いてたんだから、簡単には倒せないだろ? 俺ら魔法使いは、さっさと敵の頭数を減らしていかねえとさ

ハルト:分かった。気を付けるよ

JET:バランス考えるなら魔法使い2人は微妙なんだけどな。他のメンバーが弱いから仕方ないけどな

ハルト:そうだな


 最初はこいつの偉そうな態度にむかっ腹が立ったが、今はもう慣れた。というより、眼中にない。かつてはナンバー2の実力者だったが、リナをモノにすることに夢中になりすぎて、今ではcubeや零に抜かれ、ナンバー4の座に甘んじている。そしてハルトの射程距離内にも入っているのだ。同じ魔法使いのハルトにだけは抜かれたくないと思っているだろうが、残念ながらそれも時間の問題だ。俺は決して手を緩めない。


JET:リナと前のギルドから一緒だったみたいだけど、俺はリナが初心者の頃からの、所謂デュエルの師弟関係みたいなものだ。リナは俺が貰うぜ

ハルト:リナとはただの友達だよ。貰うも何も、最初から誰の物でもない

JET:ならいいけどよ。邪魔だけはしてくれるなよ


 俺はそれ以前からの知り合いで、しかも結婚していてリアルでも会っていると知ったら、こいつはどんな反応をするだろうか。まあ 、言いふらさない約束だから、リナのためにも黙っておくか。こんな奴を相手にしていたら、俺は前に進めない。


 3時になり、リナとJETもログアウトした。俺はまだ寝るわけにはいかない。俺は顔を洗い、缶コーヒーブラックを一気飲みした。これでまだ戦える。椅子に座り直し、マウスを握った。今夜中にあと1レベルは上げてやる。装備の強化素材も集めなくてはならないし、強化費用もここまで来ると膨大な額が必要だ。毎日忙しくて死にそうだが、もしかしたら俺にとって、今が一番充実した日々を送れているのかもしれない。はっきりとした目標に向かって、自分を磨き続ける日々…………悪くないな。さあ、ゲームを再開しよう。





 5月20日。僕は今煙草を吹かしながら、DOGの今月のランキングと睨めっこをしている。


戦闘力ランキング

1位 ウルフ 953621pt

2位 ハルト 794463pt

3位 リナ  764296pt

4位 cube  715889pt

5位 零   701399pt


ギルドランキング

1位 チーム白桜  10369pt

2位 トワイライト 6921pt

3位 カラット団  6813pt


デュエルランキング

1位 ウルフ  5693pt

2位 ハルト  4822pt

3位 リナ   4709pt   

4位 零    4258pt

5位 JET    4142pt


 ランキング機能が実装されてから、この3つのランキングの1位が変わったことはない。ウルフ……ここまで手強い奴だとは思っていなかった。これだけやり込んでいるのに、差は縮まるどころか開く一方だ。取り入ろうと何度か誘惑したこともあるが、それにも全くなびかなかった。課金すればハルトは抜けるだろうが、ウルフには到底手が届かないだろう。第一、課金した時点で、ネカマとしての自分に敗北したことになる。それは出来ない。


 今月はDOGの一周年記念イベントで、5月末時点でのランキング上位者に、それぞれ賞品が贈られる。戦闘力1位には『虹の翼』、デュエルランキング1位には『虹の冠』という唯一無二のアイテムが贈られ、即ちそれを装備すればDOGの頂点の証として、全てのプレイヤーに知らしめることが出来る。初代DOG王者として、名前もずっと残り続ける。故に、今月にランキング1位を取ることは、これまでとは意味も価値もまるで違う。この10ヶ月の努力の成果として、これは何としても手に入れたい。しかし、このポイント差は絶望的だ。今日を入れてあと12日では、どうにも出来ない。一体どうすれば………。


「何難しい顔してるの?」


「ん……ああ、大したことじゃないよ。涼子」


 今の本命の彼女、涼子に微笑みかけた。本命と言っても、もちろん愛など無い。理奈より利用価値があるというだけだ。涼子の父親は国内有数の大企業の社長だ。結婚を前提に付き合っている僕は、大学を卒業してすぐにそこに入社し、いずれは社長となる。就職してしまえば、今までのようにネカマで遊ぶことも難しくなるだろう。だから悔いを残さず、最後に一花咲かせる意味でも、ここでランキング1位を取っておかなければならないのだ。モニターの方に向き直ると、電話が鳴った。


「む……」


 この番号は理奈だ。先月に何も言わずにマンションを引っ越してから、毎日のようにかかってくる。面倒なことはごめんだから、このまま自然消滅を狙っているのに、しつこい女だ。


「出ないの?」


「ああ。いつもの勧誘の電話だ。放っておいて」


 勘のいい理奈のことだ……恐らく他に女が出来たことはバレているだろう。まあ、別に構わないがな。しかし、これ以上僕に付きまとうのは、やめてもらいたいものだ。


システム:ウルフからメールが送られてきました。

『ギルメン諸君に大事な話があります。今夜10時、いつもの場所に来て下さい』


 ん? 大事な話……か。一体何だ突然。まあ、後2時間程度だ。すぐに分かる。


 適当に狩りで時間を潰し、10時になった。ギルマスからの召集ということもあり、ほぼ全てのメンバーが集まっている。JETは来ていないようだ。リナに抜かれた上に、先週告白してきたのをバッサリと切り捨ててからは、姿を見かけない。まあどうでもいいことだ。JETは闘技場で連勝するのに貢献してくれたが、課金アイテムをくれたことは、ほとんど無かった。リナがJETより強くなってしまった今、もうJETに用はない。


cube:大体集まったんじゃない?

ウルフ:そうだな

ハルト:大事な話ってなに?

零:ノルマ上げるとか?

ちゃんこ:それはきついなw

クック:まさか大量リストラ? (゜ロ゜;)

ウルフ:いや、その逆だ

ハルト:逆?

ウルフ:本日を持って、俺はDOGを引退する 


────!


ちゃんこ:え、嘘!

零:まじで!?

クック:ご冗談を( ̄。 ̄;)

ウルフ:いや、本気だ。私事で悪いが、就職が決まったんだ。いつまでもニートでゲームばっかりやってるわけにはいかないからな

月読:おめでたいけど……それにしても今日の今日なんて……随分急ですねマスター

よしひこ:ギルマスは誰が継ぐんです?

ウルフ:うちは完全に実力主義だ。当然ナンバー2のハルトにやってもらうことになる

ハルト:お、俺!?

ウルフ:それと、揉め事になりそうだから、俺の資産は敢えて皆には配らない。君達なら自分の力でこれからもやっていけるだろうしね

cube:マジで引退するのかよ……

ウルフ:ああ。未練を残さないために、キャラも今日中に消す。今まで一緒に遊んでくれてありがとう。新ギルマスのハルトを支えてやってくれ


 そして皆に惜しまれながら、ウルフは画面から姿を消した。フレンドリストからも、ランキングからもウルフの名前は消えた。本当に引退したのだ。ということは…………リナの上に立つ者は、あと一人……。


リナ:ギルマス就任おめでとうw

ハルト:いやあ、ビックリだよ。今までギルマスなんてやったことないのに

リナ:でも、ハルトなら出来るよ。誰も文句は言わないと思うし

ハルト:そうかなあ。まあでも、頑張るよ

リナ:ていうか、ランキング1位になったねw

ハルト:繰り上げだけどね。でも、このまま月末を迎えれば、俺とリナでワンツーフィニッシュだな

リナ:そうだねw 遂にここまで来たんだね

ハルト:ずっと夢に見ていた、DOG最強の夫婦……もうすぐなれるんだ

リナ:でもあと2週間近くあるから、最後まで油断できないね(`・д・´)

ハルト:うん、頑張ろう!


 そして暫くの時間狩りをした後、解散となった。ハルトが落ちたのを見届け、僕もリナをログアウトさせ、新たにキャラを作成し始めた。


「……涼子。君は小さい頃、どんな遊びが好きだった?」


 ソファーで雑誌を読みふける涼子に問うた。


「えっ? そうねぇ……おままごととか、お人形遊びとかかな」


「僕は積み木遊びが好きだった。高く高く積み重ねた積み木を、自分の手で一気に崩すのが大好きだったんだ」


「そうなんだ。でも何で急にそんな話を?」


「いや、何でもないさ」


「ふーん? 変なの」


 僕はモニターに向き直った。決断の時、だな。ウルフが消えたとはいえ、今のペースでハルトがゲームを続ければ、リナがハルトを超えることは出来ない。………仕方あるまい。僕はネカマブログを開き、そのURLをコピーした。


 ハルト……10ヶ月間ご苦労だった。お前は僕の予想以上によくやってくれた。今までで出会った中で、最高のパトロンだったよ。


 作成したキャラでメール画面を開き、URLを貼り付けた。


 でも……お前は不必要に強くなりすぎた。お前はDOG最強の夫婦になりたいと言っていたが、頂点は2人もいらない。ウルフが消えた今、お前さえいなければ、リナがナンバー1だ。今のお前は邪魔だ。


 そのメールを、一瞬の躊躇の後、ハルトに向けて送信し、そのままログアウトした。


 10ヶ月間積み上げてきた、ハルトとの信頼という名の積み木。それを今、僕の手で打ち崩した。ハルトのDOGへの熱意は、大半がリナに関係している。リナがネカマだと判明すれば、ガソリンを抜かれた車のように足を止めるだろう。その間に残り11日間走り続ければ、リナがDOGの頂点に立つことになる。


 わざわざ別キャラでメールを送ったのには理由がある。リナが自分で暴露すると、そこに何らかの意図があるとハルトは考えるだろう。やる気を失くさせてナンバー1の座を奪うためだと気付いたら、最後の抵抗でハルトは月末まで、全力でDOGをやるかもしれない。それをやられると、結局ハルトを超えられないのだ。あくまで、何者かの密告ということにしなければならない。


 今までは、パトロンを切る時は全て、音信不通からの自然消滅に任せていた。自らネタばらしするなんて、初めてのことだ。もしハルトがヤケクソになって、リナがネカマであることを言いふらしても、別に構わない。ギルメンからハブにされたとしても、残りはたったの11日間だ。リナがハルトを追い抜くことは出来ても、cubeや零がリナに追い付くことは出来ない。極端な話、今月1位にさえなれれば、そのまま引退しても僕は構わないのだ。


 有終の美………長きに渡るネカマライフの総仕上げとして、このネタばらしはある意味相応しいと言えるかもしれないな。さあハルト………明日は絶望の嘆きを、僕に聞かせてくれ。それが、お前の最後の仕事だ。

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