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女神ですら知らないこと

「ぞ……はる?」

「タイガ……妾がなぜ、そのような魔力の使い方をヒトに許さなかったと思う?」


 目の前に、美少女がいた。それはもちろん、ゾーハルだ。山吹色のブレザー、白いシャツ、某メーカーか大手デパートの紙袋を彷彿とさせるチェック柄のスカート、すなわち市立穴勝高校の女子生徒の恰好をしてはいるが、異世界からやってきた女神だ。

 それは、今朝からわかっていることだ。わかってはいるのだが……


「ふふん。タイガよ。呼吸が乱れているぞ」

「い、いや……その」


 ゾーハルは俺の変調に気がついて声をかけていながらも、まったく気遣いを感じさせないどころか楽しんでいるような、嘲笑といってもいいくらいの底意地の悪い微笑みを浮かべている。それはムカつく顔のはずなのに、睨み付けるどころか目も合わせられない。彼女の顔を見ようとすると、動悸が激しくなる。でも、ゾーハルの顔が見たい。見ると胸が痛い。そうだ。とりあえず胸でも見て――ダメだ。そんなところを見たら下半身が――そういえばゾーハルのやつ、案外胸が――あっ、本当にヤバい。つーか、ゾーハル、好きだ。今すぐお前を抱きたい。


「……もうよい。色魔のようなやつだな、貴様は」

「はえ?」


 あと少しでゾーハルにむしゃぶりつきそうなったところで、また視界が少しだけ白くなった。すると動悸が治まり、ゾーハルの顔を見てもなんとも思わなくなった。いや、美少女は美少女だが。ちなみに、ムスコも平静を取り戻した。


「魔力をもって人心を操るとはこういうことよ。その恐ろしさがわかったか、タイガよ」


 ゾーハルがベンチに足を組んで座った。


「ああ……すっげー、怖いな」

 

 細かい説明をされなくても、実体験が全てを物語っていた。突然、自分の意志とは関係なく目の前の相手を抱きたい衝動に駆られるとは。こんなことが魔法でできてしまったら、ろくなことに使わない人間がたくさんでてくるだろう。


「言っておくが、妾に恋をするようにしただけだからな。貴様が妾を押し倒そうとしたのは、恋愛感情と性的欲望が直結している貴様の、人間らしさの欠片もない、獣性とも言うべき野蛮で下品な、まさしく下衆の極みと称するべき生来の悪に満ちた性質の現れだからな」

「……そこまでいわなくても……よくね?」


 俺、いじけた。

 しょうがないじゃん。異世界で色々経験しちゃったし。つーか、十代の男子として普通だと思うぞ。そういえば、王妃と王子は元気かな。


「ま、聡明で理知的な妾のように魔力を使うのは、そもそも人間には無理なのだ。ちなみに、魔眼の効果は人心を操っているわけではなく、情報をすり込んでいるだけだからな。貴様の家族や友人に危険はないぞ。それより、話の筋を戻させてもらおうか」

「この世界で起こる怪奇現象について、だったな……その前にちょっと整理させてくれ」


 魔法をかけられた影響なのか、まだ頭がぼんやりする。ゾーハルがまたイタ発言をしたように思ったが、気にしないことにした。情報を整理して頭をしゃっきりさせなくては。




 さて。これまで分かったことは、俺が異世界の冒険と執政から戻るとき、ゾーハルはこっちの世界で経過した時間を元に戻すために莫大な力を使った。

 膨大な力の流れは異世界とこの世界の境界に影響を及ぼし、一部では裂け目が生じた。その結果、俺たちの世界には微量ながら魔力が流れ込み、魔法が効果を発揮するようになった(魔法を使えるのは今のところゾーハルのみ)。

 そしてもっとも危惧されているのは、近づきつつある両世界の衝突によって起こる対消滅だ。

 ゾーハルは最悪の事態を回避し、歪んだ世界を元にもどすため、危険を冒し、異世界の壁を越えてやってきた。


「そうとも。妾こそは救いの女神。存分に讃えるがよいぞ」


 ゾーハルは満足そうに頷いてふんぞり返った。


「そういうことは、世界の衝突を止めてから言えよ……まあいいや。で、怪奇現象ってのは、具体的にどういうことが起きるんだ?」

「……それはわからん」

「はあ?」


 こともなげに言うゾーハルだったが、「わからん」では困る。


「わからんのだから、仕方あるまい。とにかく、矮小な貴様らの日常では起こりえない、不可思議な出来事を探すしかない」

「んなこと言われてもなあ」


 女神とこうやって対話していること自体が、人間からしたら不可思議なことだろ。つーか、さりげなく「矮小な」とか言った。そういう発言ばっかりしてると、友達いなくなるぞ。

 ゾーハルは神だからか、上からの発言が目立つな。そういう意味では、学校や家ではいい子ちゃんの仮面を被っていた方がいいのかもしれない。案外、他人からの評価を気にするタイプだったりして。

 そいうところは人間くさいな、などと考えていると、ゾーハルが腰を上げた。


「集中しろ。タイガよ」

「な、なんだよ。急に」


 ゾーハルは真顔で、俺を下から覗き込むように見てくる。


「奇妙な現象はおそらく、貴様の周辺で起きる。油断していると……死ぬぞ」

「死ぬ? なんで!?」

「妾が最も力を注いだのは、貴様だからな。言ったであろう。貴様らにとっての異世界は、妾の力に引きずられていると。……まったく。いちいち取り乱すな」


 いきなり異世界に召喚されて、成り行きで王様までやって、やっと自分の人生を取り戻したと思った矢先である。そんなときに、神さまから「あんた、死ぬよ」と言われれば誰だって取り乱すだろう。


「ともかく、貴様の周りで何が起こるかわからん。そして、何か起こっても“ほとんど”ただの人間である貴様では対応できまい。まあ、妾が張り付いている故、貴様は大船に乗ったつもりでおればよいぞ」


 俺の気持ちなど考えてくれないらしいゾーハルは、胸を張って笑っている。柔らかい日差しの下で微笑む彼女はやはり可愛い。その人間離れした美しさが、まだ現実を取り戻せていない事実をはっきりと心に刻み付けた。

 そして、この先俺の周りで何が起こるというのか。神ですら、知らないそうだ。




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