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怪物探しのこと2 

「おい、ゾーハル! 何をやったんだよ!?」

「む? 貴様の“聡明で美しいゾーハル様、暴漢をなんとかしてください”という惰弱な意思を汲み、望みどおりにしてやったのではないか。男のくせに、女に助けを求めるだけでも情けないというのに、なにを狼狽えておるか」

「馬鹿! 俺は攻撃しろ、なんて言ってないだろ!?」


 倒れ伏した男性を指差しその惨状を訴えるが、女神はさも鬱陶しい、と言わんばかりに後頭部をぼりぼりと掻いている。


「警官に暴行なんて……シャレにならないぞ」


 そう。俺たちにライトを向けてきたのは、日本人なら誰もがそうと判断できる制服に身を包んだ警察官だったのだ。俺たちが騒いでいたのを、それこそ近所の住民が通報したのかもしれない。


「暴行とは人聞きの悪い。意識を奪い、無力化しただけだ」

「無力化っつーかお前、これは……」


 周辺に野次馬がいないことを確かめ、ひとまず公衆便所に引きずり込んだ警官を改めて見下ろす。魔眼から一筋の赤光が警官を射抜いた、と思った次の瞬間、彼は白目をむいて泡を吹き、ガクガクと痙攣したのちに膝から崩れ落ちたあとは、ピクリとも動かなくなったのだ。胸を見る限り呼吸はしているし、運ぶ前に脈も確認した。とりあえず死んではいないが、どうしたらいいんだ。寒空の下に放っておくわけにもいかないし、目を覚ましても困るし。

 チラ、と壁に寄りかかっているゾーハルを見やると、例のいじわるそうな微笑みを浮かべてこっちを見ていた。

 記憶を操作してもらうしかない。

 こっちの内心を知りながら、敢えて黙って見ているのだ。家でのやりとりを思い返すと、それを俺から頼むのはちょっと、な。


「くそっ」

「どうした、タイガよ。用を足すなら、妾は外で待っていてやるぞ?」


 その「くそ」じゃねーよ。

 ちくしょう。

 だが、王たるもの、大義のために信条を折ることも必要だ、ということを心得ておかねばならぬ。なんて、息子に説教をしていた身だからな。

 それに、夜中に男子トイレでゾーハルと一緒に居て補導されるなんてことになったら、親父と凛子にも顔向けできない。


「ゾーハル、頼む」


 俺は立ち上がり、ゾーハルの魔眼を見据えた。


「警察の御厄介になるわけにはいかない。こいつの記憶を消してくれ。俺たちに会ったという、記憶を」

「くくくく……都合よく神の力を使うのだな。とはいえ、素直に頭を下げたところは評価してやろうぞ」


 ゾーハルは倒れた警官の横にしゃがみ込むと、彼を仰向けにして帽子を乱暴に脱がし、その額に手を触れた。そして、「おお、そうだ」と言うとこっちを見た。


「ついでだから、事件について情報がないか探っておくか。妾、冴えてる!」

「ああ、そうだな」


 それは確かに、冴えたアイディアだった。この警官がどこから来たのか知らないが、当然近所で起きている事件の情報はもっているはずだ。だが「ゾーハルすげー!」なんて盛り上がるテンションだと思うか?


「なんだ、その反応は……まあ、よい」

 

 ゾーハルはつまらなそうに俺から視線を逸らすと、目を閉じた。指先がほんのりと青く光り、それが警官の額に浸み込むように広がっていく。記憶を読んでいるのだろうか。


「終わったぞ。数分で目を覚ますだろう。こやつはたまたま、警邏の途中だったようだ」


 発光が治まり、ゾーハルが立ち上がった。

 どうやら、誰かに通報されたわけではないようだ。一安心だな。

警官は気を失ったままだが、穏やかな表情になっていた。すぐに起きるなら、凍死してしまう心配もない。となれば、


「はやく、行こうぜ」

「まあ、待て」


 警官が目を覚ましたら元の木阿弥だと思った俺はゾーハルを促したが、なぜか拒否された。思い切り怪訝な顔を作ってやると、ゾーハルはニヤリと意味ありげに笑って、自分の右目の下をとん、と突いた。


「ちと新しい趣向を思いついた。こやつが目覚めれば、きっと面白いことになるぞ」

「面白いことって、なんだよ」

「お楽しみ、だ」

 

 いったい何が起こるというのか。ゾーハルはそれ以上何も言わず、壁に寄りかかって目を閉じた。どうやら、警官が目を覚ますのを待つ以外にないようだ。







 小一時間も経ったろうか。警官はまだ、目覚めない。先ほどからゾーハルが揺すったり小突いたりしているのだが、彼が母の胸で眠る幼児の様な寝顔を保ったままだった。

 ちなみに警官の男性――彫りが深く、意志の強さを感じさせる太い眉をしていて、こんな無防備な寝顔を晒していなければかなり厳めしい印象を相手に与えるだろう顔をしていた。割れた顎はまさしく第二のケツ。ベージュのコートを着て、拡声器を片手に胴間声で犯人を追う、ICPOにでも籍を置いていそうな警官は今――


「起きろ! 起きんかあ!」

「おい、ちょっと……」


 馬乗りになったゾーハルから、左右交互に平手打ちを受けている。


「ぬううう……これだけやっても足りんかぁ!!」


 思い切り振り抜いた右平手が警官の頬を打つ。乾いた音がドーム型の公衆トイレに響くが、打たれた警官は夢の中だ。


「くっ……はあ、はあ……なぜだ……何故目覚めぬ!?」


 男子トイレで大柄な警官の胸に跨り、肩で息をする女子高生の制服を着たゾーハル。それを傍観している俺。なんだ、このシチュは。そう言えばずいぶん長いこと、公衆トイレから動いていない気がする。帰りたいなあ。


「貴様! ぼやっとしとらんで、手伝わんか!」

「八つ当たりすんなよ。得意の魔法でなんとかすればいいだろ?」


 魔法で眠らせることができるんだ。その逆、つまり眠った人間を起こすことだってできるに違いないのだ。力技にこだわる理由でもあるのだろうか。例えば、「記憶を操作するために眠らせたあと、魔法で起こすと記憶操作が無効になる」とか――


「…………」


 どうなんだろう、と思ってゾーハルを見ると、警官の額に手を当てて魔力を流し込んでいた。まさか、思いつかなかっただけ、なんてことはないよな。そこまでマヌケじゃないよな?神さまだもんな。


「まったく。始めからこうしておればよかったのだ」


 何故、もっと早く言わぬ? 立ち上がったゾーハルが恨めしそうに俺を睨んだ。それはこっちのセリフだし、こいつ、やっぱり思いつかなかっただけだったのか。だがこの話題に食い付くと、面倒なことになりそうだったので、俺は黙って濡らしたハンカチを渡してみた。トイレの床に膝立ちになるなんて、衛生観念が欠落しているぜ。


「ええと、それはお前にやるよ。いちおう女子なんだし、ハンカチくらい持っとけよな」


 俺の意図を汲み、膝と脛を拭き終えたゾーハルがハンカチを返却しようとするので、やんわりと押し返した。「かたじけない」なんて、素直にポケットにしまうところは憎めないが、朝一番でブレザーをクリーニングに出させよう。ポケットの中で温められた雑菌が爆発的に増殖して異臭を放ち始める前に、絶対に。


「うう、む?」


 そうこうしているうちに、警官が呻き、身体を起こした。魔法が効いたのか、切れたのか。それは分からない。


「本官は……ややっ!?」


 ガバッと立ち上がった警官は、並んで立つ俺とゾーハルに素早く視線を這わせると、直立不動の体勢を取った。


「ご苦労様であります!」

「うむ。色々大変だったぞ」


 向き直って敬礼をする警官に、鷹揚な態度で頷きを返したゾーハル。横目にこっちを見て鼻の穴を膨らませている。魔眼でどんな記憶の刷り込みをしたのか、女子高生を前に警官が恐縮しているというのは、こちらに違和感しか覚えさせない光景だが、警官の勢いにはなんというか、異論をはさませない迫力があった。


「その、誠に恐縮ではありますが! 本官に何が起こったのか、ご説明願えますでしょうか!?」


 そして声がでかい。とにかくでかいのだ。近所迷惑も甚だしい。


「そうだな。だがゆっくり落ち着けるところで、茶でも飲みながらにさせてもらおう」


 賛成だ。こんなところでがなり立てられたら、今度こそ通報されかねない。


「はっ! では、近所のファミリーレストランで、いかがでしょうか!?」

「よかろう、ちょうど、腹も減っていたところだ」

「では! さっそく参りましょう!」

 

 敬礼を解き、警官が率先してトイレを出て行く。


「おい、こりゃどういうことだ」


 後に続くゾーハルを追い、背中に疑問を投げかける。


「くっく。すぐにわかる」


 ゾーハルは振り向きもしない。


「お前なあ」


その肩に手を置き、止めようとすると、


「こら! そこの! FBI捜査官どのに、失礼な口をきくな!」

「ああ!?」

「くっくっく……」


 振り返った彼女はさも嬉しそうに笑っていた。

 





怪物、探してねえ!

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