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女神の右手は重機並みのこと

 異世界から帰還して一日目の日が落ちようとしている。

 予定外の負傷――怪我をする予定なんて普通は立てないか。ともかく顔面を負傷し、痛々し見た目となった俺は、ゾーハルの魔眼のおかげでたいして騒がれることもなくHRに出席し、帰路についていた。


「……で、どういうことなんだ」

 

 夕日でオレンジ色に染まった落ち葉を子供の様に蹴散らしながら歩くゾーハルを追う。


「あら。ご機嫌ナナメなのね。タイガくん」


 立ち止まり、振り返ったゾーハルがにこやかに言った。


「やめろ。お前のそういう様子を見ていると吐き気がする」


 まさに吐き捨てるように言ってやると、女神の微笑みは一瞬で消えた。


「やれやれ。そんな態度では話もできんな」

「誰のせいだと――わわっ!?」


 一瞬で俺の側まで間合いを詰めると、ゾーハルが耳元に息を吹きかけてきた。


「何すんだ!」

「そんなに喜ぶな。ほれほれ」

「ああああ!」


 弱点を攻められ、足腰の力が抜ける。これをやられると、脊髄を直接くすぐられているような、ぞわぞわとした感覚が走るのだ。魔法でも使っているのだろうか。俺に対する嫌がらせのために貴重な魔力を使うとは。とことん性格悪いな。


「ま、遊びはこのくらいにして、話してやってもよかろう」

「……」


 スッとおれから離れたゾーハルが後ろ手に手を組み、また歩き出した。

 まったく、なにが「よかろう」だ。ついさっき、クラスメイトたちに「ごきげんよう」なんて手を振っていやがったくせに。


「……怪我に見合う話なんだろうな」

「無論だ」


 ゾーハルが振り返って、偉そうに頷いた。


「今朝――すなわち妾の世界より帰還を果たし、活動を開始してから現在まで貴様を観察し、わかったことを教えよう」


 異世界の女神が歩調を緩め、俺はその横に並んだ。


「まず、貴様の身体の不具合についてだ」

「不具合?」


 俺の身体がどうなってしまったのかは、一番に訊きたい話ではある。しかし“不具合”などと言われると、不安になってしまう。おうむ返しに訪ねると、ゾーハルが上目遣いに俺の顔を見ながら話し出した。


「妾の言い付けを守らず、小さな虚栄心を満足させたいがために全力疾走しようとした暗愚な貴様は、それはもう見事に転んだだろう?」

「……」


 こいつの本性をみんなにばらしてやりたい。魔眼があるから無駄だろうけど。


「あれはな、妾が原因なのだ」

「んだと、この――ぐぅっ!?」


 抗議の声を上げた俺の鳩尾に、女神の裏拳がめり込んでいた。反応すらできなかった、なんて素早い動きなんだ、なんて感心している場合じゃない。


「西条~! まあた、ハルカさんにセクハラしたんだろ~?」

「懲りねえなあ! ハルカちゃん、たまには俺らの相手もしてくれよな!」


 通りかかったクラスの男子たちが、涙目でうずくまる俺を見下ろすゾーハルに笑いかけ、追い越していく。助けに入ってくれとは言わないが、おかしな光景を見た、という反応ではない。毎朝すれ違う犬を散歩させている人に挨拶でもするかのような顔をして、すぐに俺たちから視線を外した。入植者の魔眼でどんな情報をすり込まれたのか知らないが、恐るべし、神の魔道具。神様なのに、“魔”道具。


「てめえ……いったいなんのつもりだ」


 神と人間では、喧嘩をしても勝負にならないことはよくわかっているが、いきなり、しかも一日に何度も殴られてはたまらない。

 痛む腹を押さえながら半立ちになり、憤怒の念をぶつけてやったが、ゾーハルは感情を失ったように無表情で俺を見返している。


「簡単なデモンストレーションだ。貴様の身体はやはり異常だ。妾は今、貴様の胴を打ち抜くつもりだった」

「なっ……」


 ゾーハルがとんでもないことを言いだした。彼女は冷静沈着な目で俺を見下ろしたままで言葉を続ける。


「妾の身体は――これは後々詳しく話してやるが、異世界の神がこの世界に顕現するための、しかもまだ仮の器に過ぎない。だが、その身体性能は人間の比ではないのだ。この世界の力で例えるなら、そうだな……腕力一つとってみても、パワーショベルを遥かに凌ぐ」


 パワードスーツでも着ているというのか。我が家が路頭に迷ったら、お前をガテン系の職場に売ってやる……って、ちょっと待てよ。


「つーかお前、そんなパワーで俺を!?」


 ゾーハルに暴力を振るわれたのは通算三回目だ。どれも強烈な痛みだった。忘れるわけがない。そんなことよりも、パワーショベルと衝突して無事でいられる人間なんているはずがない。だが、俺は無事だ。痛いことは痛いし、きちんと内臓にダメージが届いているのだが、俺の胴体は繋がったままなのだ。


「じゃあ、なんで……?」


 思わず顔のあちこちを覆うガーゼに触れた。パワーショベルにぶん殴られても平気な身体が、なんで地面に擦れたくらいで傷つくんだ。

 頬に手をやったままゾーハルを見やると、女神の顔にはいじわるそうな笑みが戻っていた。


「不思議だろう? だから妾はいくつか検証してみることにしたのよ。そしてその結果、貴様の身体は、“ある条件下”で勇者の強度を取り戻せる、という仮説にたどり着き、体育の授業と今の一撃で、これを実証することに成功した」

「回りくどいんだよ。要するに、どういうことだ」

「まあ、よいではないか」


 よかない。

 よかあないが、なんだかゾーハルがとても楽しそうにしている。女がこういうふうに話しをするとき、遮ったり結論を急ぐとよくないんだぜ。社会的地位が高いやつにありがちなんだ。少なくとも、俺が大人をやっていた異世界ではそうだった。ここで彼女を怒らせて、また重機並みの、いやそれ以上の打突をくらってはたまらない。

 俺は、黙って彼女に話をさせることにした。


「思い返してみろ。妾を背負い、全力疾走したときからこれまでのことを」

「…………」


 殴られた。

 おんぶさせられた。

 気持ち悪い目玉を見せられた。

 魔法にかけられた。

 殴られて、踏まれた。

 弁当を横取りされた。

 転んでけがをした。

 殴られた。

 ゾーハル、キライ。

 

「貴様、ろくなことを考えておらんな。顔でわかるぞ」

「顔はほとんど見えねーだろ」

「たしかに! ははは、一本取られたぞ」


 カラカラと笑うゾーハルを睨み付ける。誰のせいだと思ってやがる。さっき、自分で「妾のせいだ」って言ったばかりだろうが。


「はっはっは。まあよい。褒美に結論を教えて進ぜようぞ」

「早く言ってくれよ。俺の身体、どうなんだ」

「うむ。貴様の身体は、元には戻っておらん。ほぼ異世界勇者のまま、だ」

「あんだとぉ!?」


 膝から力が抜けて、よろめいてしまった。ゾーハルの言葉に強いショックを受けたからだ、ただしそれは、一般的な「ショック」とは真逆の衝撃だが。

 俺、この世界でもスーパーマンできるかも。


「そんなに嬉しそうにするな。まあ、この世界では間違いなく超人の部類だろうからな……だが残念なことに、妾が力を注いでやらねば普通の人間以下のでくの坊だぞ」

「……え?」


 ゾーハルさんは、上げて落とす商法が好きなようです。






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