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異世界でのこと1

「あ~。くたびれた。ダリィダリぃ、と」

「そういう言い方と仕草……広場に集まった民にはとても見せられんな」


 王の私室にあるソファーに身を委ね、上等な皮で作られたクッションの、ぎっしりと詰まった羽毛の感触を楽しみつつ、ぽりぽりとケツを掻く俺を見たグベルト王――弱冠十八歳にしてハン国の王位を継ぎ、俺を異世界に呼び出した張本人――がため息をついた。


「おい。もう『勇者たるもの――』は、勘弁してくれよ」


 ハン国は突如発生した魔物に襲われて、大変な目に遭っていた。

 先代の王様は軍隊を率いて勇敢に戦ったが、あっけなく戦死した。国を継いだグベルトもなかなかの傑物だったが、敵が魔物の大軍とあっては経験浅く、若い王が率いる軍隊の敗北は目に見えていた。砦は次々と打ち破られ、国土と人は蹂躙された。滅亡まであと一歩のところで、グベルト王は禁断の秘術を実行に移した。


「何を言うか。勇者たるもの、いかなる時であってもだな……」

「勘弁してくれよ」


 ケツをまくって逃げようとすると、「まあ、待て」と止められた。グベルトはいつの間にか、酒が入ったグラスを手にしていた。


「祝杯ぐらい交わそうではないか――ぐ!?」


 グベルト王が手にしていたグラスを床に落とした。厚いカーペットのおかげで大きな音はしなかったが、そこに赤い葡萄酒の染みが広がっていく。


「おい、どうし――」


 口元を押さえて荒い息をつくグベルトの元に駆け寄る。


「ぐ……はは。まさか、このタイミングとは……」

「おい!?」

 

 グベルトが血を吐き、床に倒れた。慌てて抱き起すと、また血を吐いた。どこからか矢でも――馬鹿な。王の私室に忍び込めるものなどありはしない。魔法か。いや、それも違う。そんな気配はなかったし、グベルトの身体にそんなものは刺さっていない。病気でも患っていたのだろうか。


「案ずることはない。勇者タイガ。余は、こうなる運命だったのだ」


 浅く、短い呼吸を繰り返しながら、グベルトが言った。


「こうなる運命? なんの話だ?」

「お前と初めて会った日のことを、覚えているか……」


 忘れるはずもない。忘れたくても忘れられない。

 グベルトが実行した秘術とは、「勇者召喚」だった。

 それは、この世界で広く信仰されている女神さまに、時の王が自分の血筋とは無縁の穢れなき百名の魂を捧げることで発動する。

 穢れなき魂というのは、要するに子供の命だ。

 俺がこの世界にいきなり召喚された瞬間、百人の子供の命が失われたんだ。

 尊い犠牲がどうとかいう常套句を吐いたグベルトに、俺はキレた。そうしたら、王都の大聖堂の屋根が吹っ飛んだ。俺を取り囲んでいた王国の重臣たちは震え上がってその場に縮こまった。中には漏らしているやつもいた。

 グベルトだけは、歯を食いしばって耐えていた。そして、何がなにやらわからなくてパニックを起こしかけていた俺を外に連れ出した。そこには、老若男女の集団がいた。生贄に捧げられた子供たちの家族だと聞かされた。

 彼らは、泣いていた。

 俺が出てくると、揃ってその場にひざまずいた。

 彼らは口々に、叫ぶように懇願した。

 勇者様。

 どうか我らをお救いください。

 そして、全員その場で自害した。

 そいつらが自分の喉を突くのに使ったのは、自分たちの子供を刺した短剣だった。それらは自害した親たちの血と共に炉にくべられ、最終的に一振りの剣が出来上がった。

 魔物を屠るためにのみ鍛えられた、穢れなき剣(イノセントソード)だった。

 俺は、最低限の剣術や体術、儀式によって与えられた魔力の制御の仕方を習得すると、戦場に放り出された。

 魔物の巣を破壊し、奪われた砦を奪還した。魔物が巣くう町を解放し、攫われた人々を助けた。

 知恵のある、見た目は人間と変わらない上位個体――魔族とも戦った……グベルトには言えないが、女魔族とのロマンスがあったりもした。


「女神に捧げたのは、百人の子供らの魂だけではないのだ……」


 吐き出す血もなくなったのか、青白い顔のグベルトが、紫色の唇をゆがめた。


「余の寿命の半分を差し出した。はは。予想以上に、余は短命だったらしいな」

「グベルト……」


 俺は、若い王の手を握っていた。急速に体温が低くなっていくのがわかった。地球なら、救急車を呼ぶところだったかもしれない。だがここは異世界だ。輸血だの手術だのという概念は存在しない世界だ。魔法にしても、ただただ相手を攻撃する破壊の力でしかない。なにより、女神が定めた運命だ。俺は、グベルトの死は避けられないものだと悟っていた。


「魔物の脅威は去った……あとは、国を導く英雄が必要だ」

「…………グベルト」

「余の運命については……遺書を、したためておいた……あとは……」


 あっけないものだった。俺の手を握り返す力が、ほんの少しだけ強まった。そして、ゼロになった。グベルトが最期に言いたかった言葉は、十分に伝わった。


「衛兵!」


 俺はグベルトの亡骸を横たえ、彼の私室を守る兵士を呼んだ。


「勇者さま、これは!?」


 ただならぬ声に、二人の兵士が部屋に飛び込んでくるなり目を見開いて硬直した。彼らが状況の解釈を始める前に、この場を支配しなくてはならなかった。王殺しの疑いをかけられてはたまらないからな。


「見てのとおりだ。グベルト王が崩御なされた。至急重臣たちに遺書の存在を知らせ、集めろ。王のお身体は布で包んで隣室へ運べ。誰にも見られるな」

「は――ははっ!!」


 救国の勇者の言葉は、宰相や大臣どもより――場合によっては王の命よりも優先される。王の急死という一大事に直面した兵士は、考えるよりも先に命令をこなすことで平常心を保とうとしてくれた。




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