新規プロジェクト
ビジネスっぽい話ですが、全て架空の会社のお話です。
「企画書拝見しましたよ!こちらとしては是非お願いしたいです」
「気に入って頂けて良かったです」
朝の緊急カフェ会議の翌日、早速木下は例の地図アプリを提供する会社に来ていた。
小山内純一は企画書に再度目を通しながら満足そうに頷く。
木下より3つ年上だが、砕けた雰囲気でいつも明るく、常に前向きに対応してくれているので、2人は良好な関係を築いており、すぐさまアポイントが取れたのだ。
「口コミのグルメサイトって、あまり見たこと無いんですけど、最近流行ってるんですかね?」
実はあれからすぐに近藤は知り合いのグルメクーポンのサイトの担当者に電話をしてくれた。
そこで提案されたのが、個人ブロガーの口コミSNSサイトだ。
クーポンのサイトだと参加している店のみの紹介になる為、詳細な地図を扱うサイトとコラボをするのであれば、個人経営のお店などもカバーしているこちらの方が良いのでは?とアドバイスを受けたのだ。
提供会社はクーポンサイトの姉妹会社だった。
実際、このサイトは個人のブロガーなので、人によって貼り付けてある地図の精度が異なる為、利用者の中ではそこが難点だという指摘もあった。
しかし、利用者は年々増えていて、今ではかなりの人数が閲覧や投稿を行っている為、全国で大小問わず、かなりのお店が登録されているのだ。
木下も利用していたので、すんなりと納得することができた。
「僕も実際に使っているんですよ」
そう言うとスマートフォンを取り出し、実際のサイトを見せる。
「へぇー。かなりのお店が登録されているんですね。あぁ、でも確かに地図は見にくいですね。住所だけだったり、スクリーンショットだったり、人によって違うのか」
スマフォを受け取った小山内はサイトの中をポチポチと検索し始めた。
「そうなんですよ、僕もこないだ行くのに迷った店があって、御社の地図を別に開いて探していたので、連携がなされていたらかなり助かるなと思いました」
「そうなんですね。実際に経験されているなら話は早いや」
スマフォを木下に返すと、自分のスマートフォンを取り出し、早速同じアプリをインストールし始める小山内。
「こちらから何かアップデートする機能はありますかね?」
インストールしながら、小山内が尋ねると、木下は
「向こうのサイトさんは、今後投稿される地図に関しては、全てこちらの地図にリンクするようにしたいとの意向を伺ってます」
「へぇ、それはありがたいな」
「そこで、一つお願いがあります」
「はい、何でしょうか?」
「投稿者が簡単にマップ投稿できるようにするアドバイスを何か頂きたいのですが」
「ふむふむ。ちなみに、投稿する方って、その場ですぐにされるのか、またはタイムラグがあるのか分かりますか?」
「一応、調べました。人によって違うみたいですが、その場で投稿される方が多いみたいです。GPSでチェックイン機能を使う方が多いので」
高橋が短い時間で念密に調べてくれていたのですんなり質問にも答えることができている。
「あぁ、これか、チェックインって言うのは」
どうやら、小山内は実際にサイトの中身を確認しているらしい。
少し考えた後に、
「その場で投稿される方が多いのであれば、このGPS機能で住所を保存するタブを作ってもらって、閲覧側はそこをクリックすれば、うちのサイトを使用した現在地からの経路が表示されるって言うのはいかがですかね?」
「なるほど、出来そうですか?」
「あちらの運営の方と詰める必要はありそうですが、出来ると思いますよ」
「良かった!では、次の商談ではサイト側の方も一緒に実際の中身を詰めていきましょうか。場所はこちらをお借りしても?」
「問題ないですよ。お願いします」
がっちりと握手をかわし、商談は無事に終了した。
帰り支度を始めた木下は、そう言えばと思い出す事があった。
「小山内さんよりご紹介いただきました恋愛アプリの件ですが」
「え?あぁ、香川さんですか?」
「はい、そうです」
すると、小山内は少し申し訳なさそうにしながら、
「気を悪くしたなら申し訳ないです。お酒の席でポロッと木下さんの事を口にしたら、ぜひとも紹介してほしいと言われまして」
「いえいえ、ありがたい事ですよ。弊社としても今後はゲーム系に何かアプローチを、と言う話もあったので」
「それは良かった」
少しホッとした表情をみせる小山内に、木下は、
「でも、ロマンティック王子には参りましたよ」
と、苦笑した。
「それは、、、すみません。でも、本当にうちの女子達からかなり人気なんですよ、木下さん」
「えっ?僕がですか?」
意外な言葉にビックリして手を止めると、
「本当に人気なんですよ!始めはクールビューティって呼ばれていて。
いつもお茶出しの時は、仕事投げ出して誰が行くか騒いでますからね」
「そ、そう、、、なんですか」
少し冷や汗をかきながら、木下がしどろもどろに答えると、
「飲み会の席で、あの虹の話をしたらみんなウットリした顔で、クールな外見にピュアな中身を持ち合わせているなんて、ロマンティック王子だわ!って言い出して、そんなあだ名がついてしまって」
「そんな経緯があったんですね」
もはや、恥ずかしすぎて顔を上げることが出来ない木下に、小山内は
「実は香川さん、、、佐知子は僕の彼女なんですよ」
「えっ?そうなんですか?」
「はい。元々は弊社に勤務していたので、うちの従業員とも仲が良くて」
「なるほど!では、長く付き合っている彼氏は小山内さんですか!」
「はい、同期だったので、もう6年くらいかな?」
「はぁー、長いですね」
「腐れ縁ですよ」
小さくため息をつく小山内だが、その目は穏やかに微笑んでいるので、ふたりの絆の深さが伺える。
「今回のお話も、ダメ元で提案してみれば?って言ったら何て言ったと思いますか?」
「え?」
「『ダメ元って何よ!そしたら、木下さんの上司に直談判するから、連絡先を教えて!』ですよ?ビックリしましたよ」
何となく強気に発言する香川の様子が伺えて妙に納得する木下は、
「なるほど、それで部長から直で僕の元に来たんですね」
「先に言えば良かったのですが、後手に回り、本当に申し訳ない」
そう言って頭を下げる小山内。
多分、彼女に口封じでもされていたのだろう。
「小山内さん、やめてくださいよ!頭を上げてください!本当に、新たなクライアントさんをご紹介頂きまして、こちらとしても、感謝しています」
慌ててそう言うと、小山内はようやく頭をあげる。
「そう言っていただけるとありがたいです」
「はい、良かったです!未知の世界で勉強にもなりますしね」
少し本音を匂わせて苦笑する木下に小山内は
「ははは。あ、お詫びと言うには忍びないのですが、木下さん、昼飯食べました?」
午前中の商談だったので、時刻はもうすぐ12時になる所だった。
「いえ、まだですよ」
「でしたら、一緒にいかがですか?ご馳走させてください」
「えっ!是非と言いたい所ですが、ご馳走されるのは申し訳ないです」
「いやいや、ここは年上の僕に奢らせてくださいよ」
そう言われると断れない木下が
「では、喜んで」
と言うと、小山内は自分のスマフォを見せて、
「では、早速このサイトを使いましょうか?木下さん、何系が食べたいですか?」
「おおっ、流石ですね!では、蕎麦はいかがですか?実は昨日から食べたいと思ってたんです」
「蕎麦ですね?えぇと、、、ここはどうですか?くるみ蕎麦のお店!なかなか口コミ数も多いし」
同じくサイトをポチポチしていた木下は
「あ、ここですね?では僕は御社の地図を開いて経路案内しますね」
「ありがとうございます。早速ユーザーの立場になれましたね。どうやらお昼は並ぶみたいですから、早めに出ますか」
「そうですね」
そう言うと、木下は急いで帰り支度を始めた。
小山内もその間に資料を自分のデスクに置いて財布を持つとすぐに合流する。
「行きますか」
「はい」
一緒に商談室から出ると、木下は何名かの女子社員から、熱い視線を送られている事に気づいた。
その様子に思わず下を向いてしまうと、
「ねっ?言った通りでしょ?」
と、満足そうな小山内の笑みに、木下は苦笑いを浮かべながら、
(次は樋口も連れてこよう)
と、そう決意するのだった。