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新たな朝活

「あれ?木下さん、今日は早いんですね?」

「うん。今日から少し早めに出ようかと思ってね」

「そうなんですね、いつもと同じで宜しいですか?」

「うん、宜しく」


(よし、今日も大吉だ)


いつもより1時間早く出社した木下は、特にすることもなかったので、いつも通り一階のカフェに来ていた。


まだ早い時間だけあって、人はまばらで、レジにも木下しかいない。


コーヒーを準備し終わった未来が、待っている人も居なかった為か、ゆったりな口調で話しかけてきた。


「お忙しいんですか?」

「いや、そういう訳では無いんだけど」

「?」

「今日は一つ手前で降りて歩いて来たんだけど、どれくらいかかるか分からないから早めに出たら、早すぎちゃって」


コーヒーを受け取りながら代金を払う。


「ありがとうございます。一駅歩くダイエット的な感じですね」

「ダイエットまでは行かなくて良いんだけどね、まぁ、散歩程度に」

「素敵ですねぇ。私はギリギリまで寝ていたいタイプだから、尊敬しちゃいます」

「いや、うん、、、」


昨日の商談で、女子の求める肉食系男子は仕事とプライベートの充実が必須だと言うことで、自分に出来る事をひねり出した結果が早起きだとは言えない。


「でも、早く着きすぎたなぁ」

「朝ごはんは食べてきましたか?」

「へ?いや、いつも適当にパンとか買って過ごしてたからな。そうか、朝ごはん良いね」

「でしたら、この時間までモーニングセットもあるのでいかがですか?コーヒーの代金にプラス300円で、サラダとパンがつきますよ?」


いつもより笑顔が眩しいのは営業トークだと思いつつも、可愛く小首をかしげられてオススメされては断わる選択肢はない。


「じゃあ、もらおうかな?」

「ありがとうございます!持ち帰りますか?」

「いや、ここで食べていくよ。上に行ってする事も無いしね」


朝早く着けば早く帰れるわけではない。だとしたら、のんびり出勤した方が得だと判断し、朝をここで過ごすことにした。


「はいっ!すぐに用意しますね」


慣れた手つきで素早く用意されていく様子を見つつ、木下はふと気になる事を聞いてみた。


「山内さん、朝は何時に起きてるの?」

「朝ですか?朝番の日は、4時半ですね」

「4時半!?」

「はい、お店は6時半からなので6時前に着くようにするとそれくらいになります」

「6時半からやってるの、ここ?」


かなり今更な質問にも笑顔で未来は答える。


「はい!早朝でもお客様はいらっしゃるんですよ。駅から近いので」

「へぇ、俺の早起きなんてまだまだだな。そりゃ、ギリギリまで寝たいよね!」

「そうですねー。早めに出るにも始発なので」

「大変だなぁ」

「もう慣れましたけどね。お待たせしました。今日のパンはクロワッサンで、サラダは和風サラダです」

「毎日サラダとパンは変わるの?」

「はい。個数限定なので、いつもいらっしゃる時間には売り切れているんですけど、毎日変わりますよ」

「そっか、じゃあ明日も頼んでみようかな」

「ぜひ!」(ニコッ)


今の時間は8時、就業開始は9時。

いつもは10分前にバタバタと出勤するので、かなりの余裕がある。


「じゃ、ちょっと休んでいくよ」

「はい、ごゆっくりお過ごし下さい」


振り返ると、レジ前の席がちょうど空いていたので着席し、コーヒーを一口ふくんで、早速クロワッサンを食べ始める。すると、


(うっわ!!うっまー!!)


予想外の美味しさに思わずビックリした顔をすると、レジの未来と目があってしまった。


「ふふふ、美味しいですか?」

「う、、、うん、すごく美味しいね、これ」

「はい!うちの自慢のパンです!朝一に買いに来る方が結構いらっしゃるので、すぐに売り切れてしまうのが残念なんですけど」

「へぇ、いや、美味いよコレ」

「良かったです」


(いい発見したな。これなら毎朝食べる価値はあるな)


「未来、レジ変わるよー。休憩」

「はい、了解しました」


会話が途切れた所で、女性が未来に指示を出している。

どうやら、休憩はローテーションを組んでいるらしい。


すぐにエプロンを外して、シャツ一枚になった未来が、事務所のような所から出てきて、何かを注文している。


木下はその様子を何となく見つめていると、振り向いた未来とまた目が合ってしまった。

未来は手にコーヒーと同じクロワッサンを持っている。


「あまりに美味しそうに召し上がっていたので、私も頼んじゃいました」


少し照れて微笑みながらそう言われると、木下もつられてふんわりとした笑顔を向ける。


「真似されちゃったなぁ。休憩?」

「はい」

「休憩スペースまで行くの?」


ビル内には簡易の休憩スペースがあり、木下はそこまで行くのだろうかと考えていると、


「いえ、15分の短い休憩なので、店内か事務所に行きますよ」

「そっか、遠いもんね、休憩室、、、」


何となく流れる沈黙。


「では、、、」

「あのさ」


お互い同じタイミングで言葉を発して目を見開く。


「あの、どうぞ?」


未来が譲ると、木下は勇気を振り絞り


「もし、良かったら、一緒に食べない?」


そう告げると目の前の空いている席を指差した。


「えっ?」


未来は心底びっくりした顔をしていたが、少し考えた後、レジに変わって入っていた女性をチラリと見つめていた。どうやら上司らしい。


「上着羽織っておいで。店員だってすぐに分からなければ良いよ」


彼女はそう微笑んだ。


「はい、ありがとうございます。

木下さん、お言葉に甘えますね。上着取ってきます!」

「良かった。あ、パンはテーブルに置いていきなね」

「ふふ、はい」


パタパタと事務所に戻ると、すぐに薄いピンク色のジャケットを羽織った彼女が現れて目の前の席に座る。

その瞬間、ふわりと彼女の香りが広がった。


「おじゃまします」

「いえいえ」


未来は早速クロワッサンを頬張ると、フニャリと表情をゆるませ、幸せそうにしている。


その様子をじっと見ていると、ハッとした表情をして、うつむいてしまった。


「どうかしたの?」

「いえ、は、はずかしくて」


モグモグしながらそう答える彼女を心底可愛いと思いながら


「ははは、分かるよー、それくらい美味しいもんね」

「はい!でもいつもより美味しく感じます」

「え?そうなの?」

「やっぱり、食事は一人で食べるより、誰かと一緒の方が美味しいですね。木下さんのお陰で、とっても美味しいです」


そう言うと、未来はコーヒーを飲みながらホッとしている。


その言葉に木下も二口目を頬張ると、確かに一口目よりも美味しく感じていた。


「本当だね」


思わず呟くと、目の前の未来も微笑みながら


「そうですね」


と返してくれた。


ゆったりとした空気のまま、たわいもない話をしていると、不意に木下の背後から声がかけられた。


「あれ?チーフ?」


木下が振り向くと、そこにはニヤニヤした顔の高橋が立っている。


「ずいぶん今日は早いですねぇ、木下チーフ」


高橋の背後から、同じくニヤニヤ顔の樋口が顔を出した。


(まずい、、、一番厄介なのに見られたな)


「二人とも、おはよう」


ここは知らぬ、存ぜぬで通すに限ると判断した木下だったが、高橋から、


「いやぁ、ビックリですよ!これは、近藤せんぱ」

「よしっ!これで好きなの買ってこい」


不吉な同期の名前を遮るように言うと、サッと財布を高橋に渡す木下。


「えー、木下チーフ良いんですかぁ?」

「さすが俺達のチーフ」

「いいから!さっさと行ってこいよ!」


ニヤニヤを崩さない二人を軽く手であしらうと、二人とも素直に買いに出かけた。


「いつも頼めない高いやつ買っちゃおーっと」


ウキウキしている樋口の言葉に軽く顔をしかめていると、


「仲が良いんですね?」


と、未来はクスクス笑っている。


「あいつら、いつもあんな感じなんだよね、まぁ、可愛い部下なんだけどさ」

「木下さんっておいくつなんですか?」

「えっ?今年26だよ」

「えーっ!お若いのにチーフなんて、すごいですね!」

「あ、ああ。まぁ、名前だけね」


二人の場合、からかい半分でそう呼んでいる気がしているので曖昧に答えていると、


「すごく慕われているのが伝わりましたよ、良い上司なんだろうなって」

「そ、そうかな?」

「はい。木下さんて、すごく優しい雰囲気だから親しみやすいんだと思います。でも、しっかり仕事もできるから、慕われているんですよ、きっと!」

「、、、ありがとう」


照れ臭くて、下を向いていると、


「チーフありがとうございました!」


財布を片手に、妙に大きなカップを持った二人が戻ってきていた。


「木下チーフのおかげて、初めて大きなサイズにチャレンジしましたよ」


そう言う樋口は両手に一つずつカップを手にしている。


「おい樋口、そんなに飲んだらお腹タプタプになるぞ?」


呆れながらそう木下が言うと、


「違いますぅー。これは、チーフの分ですよ」


そう言うと、片手に持っていた小さいカップを持ち上げた。


「いま、ここで飲んでいたら上で飲む分が無いかなって思って買っておきました!私ったら気がきくわぁ」


恩着せがましくそう言うと、木下は力なく


「ありがと、、、」


と答えていた。


そのやりとりをずっと見つめていた未来は嬉しそうに微笑みながら、「やっぱり」と小さく呟くと、席から立ち上がった。


「あれ?俺らのことは気にしないで?」


高橋がそう言うと、


「いえ、今、休憩中でもうすぐ終わるので、良かったらお二人とも座ってください」


そう言って、自分が座っていた椅子を樋口に差し出す未来。


「じゃあ、ちょっとゆっくりしていきますか」


腕時計を見ながら席に着く高橋。


「はい、木下チーフ」


樋口もコーヒーを渡しながら着席する。


「では、私は失礼しますね。木下さん、ありがとうございました!楽しかったです!」

「うん、俺こそ楽しかったよ。またね」

「はいっ!チーフ!」

「えっ!?あ、はい」

「ふふふ、では失礼します」


ペコリと軽く一礼すると、未来は仕事に戻っていった。







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