王子フィーバー
やっとこさ、未来ちゃん登場!
「木下さん、何だか最近お疲れですね?大丈夫ですか?」
彼の占いからすると、今日の朝は大吉だ。
しかし、顔はどうにも冴えない。
「ありがとう、最近仕事が忙しくてね」
すこしゲンナリと告げると、
「そうなんですね、お疲れ様です。明日から少し寒くなるみたいですし、週末はゆっくり休んでくださいね」
心配そうにコーヒーを準備し始める未来に笑顔を向ける木下。
「うん、山内さんもお休みかな?」
「明日の土曜日は出勤ですけど、日曜日は女友達と横浜に行く予定です」
「いいね、女子会!美味しいもの食べてきてね」
「ありがとうございます」
「それじゃあね」
「いってらっしゃいませ」
差し出されたカップを手に持ち、店を後にする。
お礼を持って傘を返したあの日から、レジを受ける時にはちょっとした会話するようになっていた。
真夏だったあの日から、今はもう秋も終わる10月半ばになる。
「休みの週末に女子会で横浜ってことは、彼氏はいないのかな」
そんなことを考えながら、ふと持っていたカップを見ると、持ち手が熱くらならないように付けられたカバーに何か書いてあることに気づいた。
“Have a wonderfull weekend!”
と言うメッセージとともに、可愛いニャンコが少し心配そうに見ている絵が書いてあったのだ。
あの一瞬の間に未来が書いたと思われるメッセージに木下はかなり感動していた。
「大吉のさらに上ってなんだ?」
朝の暗い気分は一転して、晴れやかな気持ちでそう呟き、オフィスのドアを開け自分の席に着きパソコンを立ち上げる。
メッセージが見えるようにカップをデスクに置くと、普段はあまり使わない携帯のカメラを取り出し、写真を撮った。
さらに待ち受けに設定して、満足そうにしている彼の横には一連の動作をしっかり見つめていた部下二人が、生暖かい視線を送っている。
「なんだよ?」
「いいえー」
「なんでも?」
「今日も幸せそうで良いなと思っていただけです」
さっと視線をそらし、各々の仕事を再開させる二人を、効果は不明だがキッと軽く睨みつけ、自分も仕事に取り掛かろうとすると、背後から肩に重たい感覚がのしかかる。
振り向くと、そこには同期の近藤琢磨がニヤニヤと寄りかかっている。
「琢磨、重たいだろ、どけよ」
「なんだよ、つれないなぁ」
ニヤニヤ顔のまま、仕方なさそうに離れると、
「はるてぃー、そんなんじゃ王子失格だぞー」
急に発せられた言葉に、木下(晴翔こと、はるてぃー)は驚きつつ反論する。
「なんだよ!その王子って!」
「え?はるてぃーはおうじなんでしょ?ロマンティックお・う・じ」
顔を真っ赤にさせながら、木下は部下二人に再び目を向けると、こちらにもニヤニヤ顔の二人が。
「お前ら!よりによって、琢磨に言うなよ、琢磨に!」
「ひどいなぁ、大切な同期にその言葉!」
「うるさい!」
泣き真似をする琢磨を睨みつけ、笑いを堪えている部下を注意しようとすると、
「うるさいのはお前だ!木下!」
近くにいた部長からお叱りと注意の言葉が飛んできた。
「部長、聞いてください、こいつら、俺をからかって楽しむんです」
小学生のような発言に部長は呆れたように首をふると、
「原因はなんだ、原因は」
「そ、それは、、、」
木下が言いにくそうにしていると、そばにいた、樋口が発言する。
「昨日の商談で、木下チーフがクライアントさんから、とっても好かれていたので、それを近藤さんに伝えたら喜んでくれて、直接喜びを伝えに来たみたいですよ」
かなり湾曲された表現ではあったが、部長は素直に聞き入れる。
「だったら、何でそれが喧嘩になるんだよ」
「いや、ですから、、、」
どう言ったものか、木下が悩んでいると、近藤は部長に
「部長、木下君はクライアントさんから、ロマンティック王子と言われて、大変良好な関係を築いているみたいですよ」
「ロマンティック王子??」
「はいっ!」
ニコニコしながら、近藤が告げると部長は堪え切れなくなり、笑い始めた。
「ははは!こいつが王子か!」
「ねっ?面白いでしょ?」
「あぁ、傑作だな!」
「なっ!部長まで酷いじゃないですか!」
一緒になって笑い始めた4人に憤りつつ、木下は自分のデスクに座ると、メールを受信した表示が出ていることに気づいた。
高橋、樋口も気づいて目線を下げて居たので、チーム全員に届いたのだろう。宛先は樋口宛で香川からのメールだった。
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香川佐知子
宛先:樋口早苗
CC :木下晴翔、高橋雄介、竹内美和子、斎藤志保、内田加奈子
題名:昨日のお礼と、イラスト案
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お世話になります。
シュガーハニープロダクツの香川です。
昨日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。
早速ですが、キャラクターのイラスト案を斎藤様より頂戴致しましたので、添付させて頂きました。
問題がなければ、こちらで進めさせて頂きます。
この度は、こちらの無理な願いを聞き入れて頂き、大変感謝しておりま す。
アプリの公開と運営開始日まで、何卒宜しくお願い致します。
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シュガーハニープロダクツ
香川佐知子
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(画像を添付??)
すでに読み終えて、さっさと画像を開いていた樋口の肩が振るえているのを確認した木下は、恐る恐る添付のキーを押す。
すると現れたのは、やたらキラキラ度が増した、どこから見ても木下晴翔そのものがイラスト化された画像だった。
「おーっ!はるてぃー王子!」
最初に声をあげたのは近藤だった。
「おお、かなり特徴をつかんでるな!さすがはプロだ!」
感心したように続ける部長。
「ちょっと、感心しないで下さいよ!!部長、まずいですよね?僕がメインモデルだなんて、今からでも断りの電話を、、、」
「何でだ?携帯のコンテンツ部にいるんだ、メインだなんて、お前にとっても光栄で良い事だろう!」
至極当然な理由だが、目はかなり笑っている部長。
つまりは、面白くて仕方がないようだ。
「よし、樋口、これで問題ない旨をすぐに伝えるんだ」
「はい、かしこまりました」
「ちょっと、部長!僕の指示は!」
「俺が良いんだ、お前も意義はないだろう」
(意義は有り有りだ!)
しかし、これは上司命令。
力なく頷くと、樋口はメールを打ち始める。
「早苗ちゃん、あとでその画像ちょうだい。待ち受けにするから」
「はい、良いですよー」
「人の気もしらないで、おまえら」
もはや、勝手にしてくれと投げやりな気分で仕事を再開する木下。
「これ、グッズ展開したらチーフに少しロイヤリティ入るんじゃないですか?」
呑気にそんな事を口にした高橋の言葉に、
(もしかして、大吉のさらに上って、このことかな)
遠くを見つめてそんな事を考える木下だった。