転機
「えっ、僕がですか?」
「そうだ、何だか向こうさんは、お前を指定してきたらしいぞ」
上司に呼び出された木下は、急な申し出に戸惑っていた。
広告代理店に勤めている彼が携わっている仕事は、携帯のアプリを作成する会社の広報だ。
広告代理店勤務と言えば聞こえは良いが、仕事は各々異なる。
メーカーさんと一緒にテレビCMを作成したり、巨大なポスターを作るような、目立つ広告を作る人々は限られている。
大多数はクライアントと製作側の間でスムーズにやり取りが出来るように仲介を行い、パンフレット作成、イベント補助、インターネットを使った広告ページを作る仕事だったりと、細々とした広告や、コンサル業などがメインとなっている。
そこで注目されているのが、今では使用が当たり前になってきた、スマートフォンのサイトを使用した広告だ。
その中でも、携帯アプリを作る会社をメインにやり取りがある彼は、新しい媒体のチーフリーダーに抜擢されたのだ。。
チーフリーダーっていっても、関係者は彼と、部下で雑事をこなしてくれている後輩2人だけの小さいチームだけれども。
「何で僕なんすかぁ、、、」
「情けない声をだすな、立派な仕事じゃないか」
「じゃあ、部長も手伝ってくださいよ」
「俺には無理だ」
「デスヨネー」
「まぁ、頑張れや。せっかくのチャンスだぞ」
「チャンスって言ったって」
「何だ、文句あるのか?」
上司の目が、キラーンと光る気がした。
「うっ、、、」
ここまで彼が嫌がる、新しく託された仕事。
それは最近話題のアプリで、いわゆる恋愛アプリと言われている。
『5人の肉食系イケメンから意中の彼を選び、時にあり得ないような事件が起きたりしながら、愛を育んでいくらしいゲーム』
題して
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〜彼は超肉食系!〜
ドキドキ☆社内恋愛は秘密の花園
2ndシーズン
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注目すべきは、2ndシーズンであるところだ。
1stシーズンは同じく肉食系男子を売りにした学園モノで大成功を収めていて、同じアプリケーションに携わる身としては、満を持して配信される次回作に関われるのは大変名誉な事なのだが。
手渡された資料を手に彼は力なく頷き、
「ツツシンデ、オウケシマス」
「コラコラ、棒読みじゃないか」
苦笑する上司を遠い目で見つめていると、
「まぁ、気合い入れろよ。大ヒットで成功したらかなり大きいビジネスだ」
ビジネスと言う上司の言葉に彼は我に帰る。
「はい、頑張ります」
「よし、行っていいぞ」
「はい、失礼します」
デスクに戻ると、部下の二人が早速話しかけてきた。
「新しい仕事ですか?」
「資料、見せてくださーい」
樋口早苗と、高橋雄介は木下よりも二つ年下の24歳で、元々は二人の教育係りだったが、何かと一緒に組むことが多く、自然とそのままチームになったのだが、
「まぢで、木下さんがこれを?」
「ぷぷぷ」
「笑うなよ、お前ら」
どうやら、慕われているらしいが、裏ではバカにされているような部下の二人に、彼の目はますます遠くなる。
「あはははは、まじすかー!」
「笑うなって言ったろーが!」
「あはっ、あはっ、無理、、、」
「樋口、無理言うなっ!」
「超乙女な草食系男子の木下さんに、まさかの肉食系男子を求める仕事!」
「高橋、乙女ってなんだよ」
「だって」
「ねえ?」
二人は目配せして声を揃えて、
『朝の毎日の占いが楽しみなんでしょ?』
そう言うと、一斉に笑い出したのだ。
「うるせー!何だかんだで、毎日当たってるんだからいいだろう!」
「あ、じゃあ、今日は彼女はお休みだったんですか?」
「おう」
「あはは、それは色々と災難でしたねぇ」
まだ笑いが止まらない二人に、彼は
気を取り直して、
「課金式だし、当たれば間違いなく、大きなコンテンツだ。二人はビジネスとして、しっかり取り組むように」
急に真面目に取り直した彼に部下二人も、今度はしっかりと返事を返す。
『はいっ!』
「じゃ、樋口はアポ取りだな。向こうさんは女性が多いみたいだし、お前が窓口の方が良いだろう。出来れば、今週中でお願いしてほしい」
「了解しました。早速、スケジューリングして、カレンダーに入れておきますね」
「頼んだ。高橋は市場調査だな。恋愛アプリ市場と、年齢層や平均金額と、クライアントの会社概要を、アポの前までに軽くまとめて俺にみせてくれ」
「はい。すぐに取り組みます」
「二人とも、宜しくたのむぞ」
『はいっ』
二人は直ぐに仕事にとりかかる。
バカにさえしなければ、大変優秀な二人なのだ。
やっと落ち着いた所で、ようやく彼はじっくり資料に目を通し始めた。
しかし、読めば読むほど不安は広がっていく。
(本当に大丈夫かな)
すっかり冷たくなっていたコーヒーを飲みながら、彼もまた仕事を再開させたのだった。