第9話・つまり何かが起こってるってわけだ
説明多くなってしまいました。
あんまり説明台詞が無くてもイメージしやすいような書き方をしたいなぁ。
「ほぁ~……」
口をポカンと開けて見上げるトライの視線の先、そこにはビルの5階建て相当の高さを誇る城壁が聳え立っていた。恐らく10メートル以上の高さがあるのだろう。
「フッ、さすがのトライも我らがグリアディアほどの城壁は見たことが無いようだな」
呆気にとられている様子のトライを見て、まるで自分のことであるかのように満足気な表情をして胸を張るジュリア。
石を積み上げたような見た目ではなく、恐らく上から何かを塗っているのであろう、まるで一枚の鉄板を円筒形に丸めたような、繋ぎ目が全くわからない見た目をしている。
日本でいう漆喰のようなものが使われているのだろうと、多少なり知識のある人間ならばすぐにわかるものだった。
「ああ、確かにこりゃすげぇわ。
こんなもんよく作れたもんだぜ」
「フフフ、この城壁があるからこそ、グリアディアは今まで繁栄してきたと言っても過言ではありません。
私も自分のことを褒められているようで嬉しいですわ」
ジュリアだけではなく、エルメラも我が事のように嬉しそうな顔を浮かべていた。
二人とも自分の国に誇りを持っている、という意思の表れなのであろう。
「例えドラゴンが体当たりしてきても耐え切るさ!」
デデーンと鎧に圧迫されて限りなく平坦になっている胸を張るジュリア。
鼻高々とはこういうことだ、と言わんばかりの自信満々な表情を浮かべている。
「あー……そういうのはあんま言わねぇほうがいいぞ」
フラグがたつから、とは心の中でしか言わないトライ。
NPCにフラグなんて言葉を使ってもわからないであろう、という考えぐらいは浮かぶらしい。
なんとなく嫌な予感がしつつも、こういったものはフラグがたった時点で手遅れだ、ということを経験で知っているため、無駄に回避しようとしたりはしない。
恐らくフラグ折りにチャレンジして数々の失敗をしてきた経験があるのだろう。
「それくらい自慢ということです。
気を悪くしないでくださいね」
エルメラがそう言ってはくるものの、その表情はジュリアの言葉に賛同しているようにしか見えない笑顔であった。
これはもう色んな意味で手遅れそうな気がしてくるトライ。
「……まぁいっか。
んじゃさっそく行こうぜ」
諦めが肝心、自分がなんとかできる内容であることを祈りつつ、トライは城壁を通るために歩き出すのだった。
――――――――――
「……何か様子が変だな」
その後しばらく歩き続け、城門まであと少しというところでジュリアが異変に気づいた。
トライ達が来た南側の門は、そもそも人通りが少ない場所だ。
グリアディアは北を覗いた3方向に城門があり、北側には国王のいる城が聳え立っている。
東と西を真っ直ぐ線でつなぐように大通りが通っており、北と南に分断されるような形状をしていた。
貴族等の富裕層は、城への移動などという意味も兼ねて北側に居を構え、城に近ければ近いほど家柄も高いとされている。
逆に南側は一般市民のほとんどが住んでおり、外側に向かえば向かうほど治安が悪くなっていくという特徴がある。
つまり最南端に位置するこの門を通るのは、ガラの悪い人間や傭兵くずれのゴロツキなどが多いのだ。
そのため、この国に住む人間はあまり南門を通りたがらないという風潮がある。
しかしさすがに門までの道はそれなりに治安維持がされているため、全く通らないというわけでもない。
ただしその辺を知っている人間は遠回りしてでも西か東の門へと進むので、南門に人が少ないのは別段不思議な光景では無かった。
不思議であったのは、人が少ないのではなく、人が「いない」ことであった。
「誰もいないなんて……。
それに衛兵の様子も何か変な気がするな」
「確かにありゃ変だな」
ジュリアの言葉に同意するトライ、その視線の先にいるのは、まさにその衛兵だ。
「どういうことですか?」
「なんつーか……」
一人だけそういった空気に疎いエルメラが、機敏に察した二人に問いかけてくる。
それに対してなんとも言いがたそうな表情を浮かべる二人であったが、口を開いたのはトライのほうであった。
「なんか焦ってる、っつか混乱してるみてぇな感じがすんな。
おめーはどう思うよ?」
悪魔のような兜、その目の部分から見える視線がジュリアのほうへと向けられる。
彼女は雰囲気だけでそれを察したらしく、トライのほうを見ずに衛兵をジッと見つめたまま返答をしてくる。
「同意見だ、何かあったのかもしれない」
彼女の表情は、話しながら険しいものへと変化していく。
直接戦場に言っているわけでもない門番でさえも恐れるような事態、それが何なのか想像もつかないことが、彼女には不安で仕方がなかった。
――――――――――
「お、おい。あれ見ろ」
城門の真下、門番の任務を遂行中の二人の兵士がいた。
彼らはさきほど伝達された緊急の通達に、入ることは許されても出ることは許されない状況となり、誰もいなくなった城門で体を緊張させていた。
彼ら自身、その通達の内容が信じられず、任務に集中することができていなかった。
そのためあと数十メートルというところまで近づいてきていたトライ達に気づくことなく、本当にただ突っ立っているだけという状況だった。
「あれは……王女殿下か?」
「そう見えるよな、でも王女殿下は近衛と一緒にお逃げになられたはずだったよな」
彼らの視界に見えるのはたったの三人。
そのうちの一人は華美ではないものの、貴族のお嬢様が着るようなドレスを身に着けている。
この日に南門から出て行ったそんなドレスを着るような人物は、エルメラ王女以外にはいなかった。
とはいえ、他国などの貴族令嬢などがお忍びで来た、という可能性もかなり強引ではあるがありえなくは無い。
そのため最初の言葉は疑問系という形になってしまったのだった。
しかし段々と近づいてくるにつれ、特徴的な金髪をツインテールにして巻いている髪形と、深窓の令嬢をそのまま人間にしたような気品のある立ち振る舞い。
どれだけの距離を歩いてきたのかもわからないというのに、王女であることの自覚を失わないその姿勢は、彼らが知る王女の姿そのものであった。
「隣にいる人の鎧、近衛騎士団の正規品じゃないか?」
「王女と一緒に出て行った近衛で女性……っていうとジュリア様か」
ちなみにエルメラほどではないが、ジュリアも国内ではそこそこの有名人であったりする。
ただでさえ男が多い騎士という立場、その中に女性がいれば見た目がどんなものであれ非常に目立つ。
その中でも特に見た目が整っており、普段は鎧で隠されているが、その下にある豊満なダイナマイッボッデーィが男の欲望を刺激しまくるのだ。
それに加えて近衛騎士団、それも紋章騎士という中堅以上の立場を持つジュリアは、男女問わず騎士の憧れに近い存在であった。
この二人が並んで歩いていれば、状況も合わさって見間違えるということはありえないだろう。
「……状況的に考えて、襲撃されたとかかな?」
「多分……さっきの通達が本当だったら、国王様心労で倒れるんじゃないかな……」
はぁ、と溜め息を吐く二人の兵士。
本来であれば歓迎するはずの王女の帰還に、失礼とは思いながらもその行動を止めることはできなかった。
そしてほんの数分後、トライ達は彼らの下へと到着した。
「任務ご苦労、近衛騎士団が紋章騎士ジュリア=バーロッツだ」
トライに見せた涙目などどこ吹く風、シャンと姿勢を正したジュリアは威厳を持って兵士二人に声をかけた。
「ハッ! お疲れ様です紋章騎士殿!
ご帰還なされたということは何かあったのですね?」
「うむ、急ぎ帰還し、国王へと報告すべき事態が発生した。
悪いがすぐに通してもらいたい」
「ハッ、どうぞお通りください!」
「……ところで、何かあったのか?」
突然態度を崩し、口調を柔らかくして対応した兵士に問いかけるジュリア。
どうやら今の問答は儀礼的なものであったようだ。
兵士もそれをわかっているのか、若干口調をラフなものにして答えてくる。
「ええ、実はさきほど緊急の通達がありましてですね。
俺たちみたいな警備はまだマシですが、城内は恐らく相当な混乱が起こってるんじゃないかと思いますよ。
もし通達の内容が本当でしたら、国王様は今対応できないかもしれませんね……」
「緊急の通達?
どんな内容だったのか教えてもらえないか」
兵士の話を聞いて、片眉を吊り上げながら問いかける。
「いやこれがまた信じられない内容でしてね。
国境付近で魔族の軍が展開してたのはご存知ですよね?」
「まさか負けたのか!?」
怒鳴るような勢いで兵士に問いただすジュリア。
その際に若干距離が縮まって「お、ラッキー!」なんて兵士が思うのだが、そこは鍛え上げた鉄の面の皮、気にしていませんよ~、という表情を貫いている。
「お、落ち着いてください。
逆ですよ逆」
「逆……?」
「ええ、なんでも――――」
――――――――――
時は少し遡り、トライがこの世界に出現した時間とほぼ同じ時刻。
この世界には、人間に人間以外の生物が何かしら混ざったような見た目をした種族がいる。
人間はそれを人間とは認めず、彼らのことを別の存在であるとして「魔族」と呼んでいた。
彼ら自身も自らを人間であるとは認めず、人間以上であることを意味するとして、侮辱の意味であった「魔族」という呼び名をむしろ喜んで使っていた。
その歴史はあまりに長く、どこからお互いが相容れぬ存在となったのかなど、もはや歴史の闇の中に埋もれてしまっている。
その魔族の最大の特徴は、人間の倍を軽く超えるであろうかという長寿。
そして自らの肉体に現れた人間以外の部分が、個人単位で彼らを特徴付ける。
例えば虎のような毛皮があれば、その魔族は獣のようなスピードで動き回ったり、あるいは強力なパワーを持って岩をも砕くような力を持ったりする。
毛皮ではなく鱗を持てばそれ自体が高い防御力を誇るものであったり、角を持てば魔力の扱いに秀でたりといった特徴を持つことになるのだ。
その実力は一人一人が強く、ただの一般兵なら片手間に殺せるほどの実力を持った存在だ。
そんな存在が集団で行動し、軍として行動していた。
場所は首都グリアディアから遥か西方。
人間と魔族の領域の境目にあたる場所で、彼らは人間の国へと侵攻し、その領土を広げんと準備を整えていた。
その数たるや数千にも及ぶ。
いつ戦闘が始まるかもわからない緊張状態の中、人間の軍はその侵攻をどれだけ防ぐことができるのかに、頭を抱えていたのだった。
そしてその魔族軍を監視する人間の斥候達がいる。
彼らは戦場となるであろう場所から少し離れた場所で、着々と隊列を整えていく魔族軍を望遠が可能になる道具を使い、監視を行っていた。
「……本体に連絡、やつら今日中に攻めてくるぞ」
「了解」
双眼鏡のような道具を使い、魔族軍を監視していた男が後方に控えていた別の男にそう指示を出した。
指示された男は鉄製の五角形をした板の中心に水晶のような石がついた道具を取り出す。
そしてそれに語りかけるようにして、独り言を呟いた。
「動きアリ、今日中」
言葉に反応するようにして水晶が薄く光り、すぐに収まる。
これは遠距離での伝達を可能にする道具で、現代で言えば携帯電話に相当する。
ただしその性能は一昔前のポケベルレベルで、数秒分の言葉を届ける程度しかできない。
ただし伝達距離に関しては相当なものがあり、やろうと思えば彼ら斥候が直接首都へと連絡することも不可能ではない道具なのだ。
「さて、そんじゃあ俺たちもそろそろ逃げるかぁ。
俺たちの位置も補足されてるっぽいしな~」
鳥のような翼の生えた魔族が、さきほどからこちらのほうへと何度か近寄ってきていることに男は気づいていた。
ある程度まで近づいたら旋回し、意図を悟らせないためなのかわざとらしく離れて何かを探しているような素振りをしている。
斥候としての経験から、気づいていることを気づかせないための陽動であると判断した男はさっさと撤退しようと判断したときだった。
「おい、なんかこっち来る」
後方にいた男が空を見上げてそう言った。
その言葉に反応して男が振り返ってみたが、振り返った瞬間にそれは斥候達の頭上を通り過ぎ、それは魔族軍の上空へと飛んでいった。
やがて「それ」は魔族軍のど真ん中に落下するが、爆発も衝撃音も無く、幻でも見たかのような静寂が訪れる。
「……なんだぁ今の?」
「俺が聞きたい」
首から紐でぶら下げていた双眼鏡を取り、再び魔族軍の中心、「何か」が落下した場所あたりを見回してみる。
彼の視界に映し出されていたのは、やはり魔族も見えていたらしく、何が起こったのかわからない混乱状態の魔族軍だった。
「おーおー、やっこさん達混乱してんぞ~。
このまま混乱しててくれりゃ俺たちも逃げ出せんだけどね~っと」
さすがにここまで準備しておいて、この程度の混乱で侵攻を見送るなどという甘い期待は抱かない。
数千人規模の生物が行動するということは、それだけで維持が非常に大変になる。
1日遅れただけでも支障が出るほどの事態になることもあるので、ここにきて見送り、ということは無いだろう。
「ん~……なんだありゃあ、なんか黒いのが広がって――――」
男が言葉を最後まで言い切ることは無かった。
「おいおい、なんだよありゃぁ」
彼らの目の前に映し出された光景は、もはや双眼鏡を使う必要も無いほど巨大なものだった。
思わず手に持っていた双眼鏡を手放し、紐につながれたそれが男の腹あたりにボスッとぶつかる。
彼らはすぐに軍へと連絡した。
短い言葉を送るその道具を使って。
そして軍に届いた文章は、人間が願っても叶えることができなかったことだった。
『魔族軍、壊滅、撤退』
ポケベルって書いたけど平成生まれの子とかポケベル知ってるんですかね……(笑)