第7話・つまり強くなるってのはこういう理屈なわけだ
作者の偏見入ってます。
できれば温かい目で見守ってください……
ギラン
兜の隙間から覗く眼が、敵を貫くかのように鋭く睨みつける。
敵はその強烈な殺気を見に受け、ビクゥッと大きく震わせた。
敵わない、戦ってはいけない、挑めば死が待つのみだ。
敵は知能が高いとはお世辞にも言えない存在ではあるが、だからこそ本能というもので危険を察知する。
その本能が今すぐに、全力でこの場から離れろと指示を出す。
「キャンキャンッ!」
トテテテッ
柴犬の子供のような見た目をしたモンスター「レッサーハウンド」は、本人(本犬?)にとっては全力の、しかし人間から見ると愛想を振りまいているように見える走り方で逃げ出した。
絶対に人には懐かない以外は正に犬のような見た目の可愛らしいモンスターで、戦う姿でさえ必死で可愛らしいと評判だ。
ゲーム時代はそのあまりの可愛らしさに、初期イベントのボスを差し置いて「FGで最初の難敵」と評判のモンスターだったりする。
当然この世界でもその可愛らしさは健在であり、むしろゲームでは表現しきれなかった、情報量を軽減するために再現されなかった行動まで実行する。
それはつまり、例え初心者であってもこのモンスターには手を出しづらい相手であって、狙って襲い掛かるような人間は何か目的があるか弱いものイジメが好きな性格がちょっとアレな人ということになる。
そして今、トライが実行した行動。
ゲーム的にはスキル「テラーエフェクト」をレッサーハウンドに向かって放ったというだけ……いやそれもゲーム時代ではあまりよろしく思われない行為ではあったが。
しかしこのスキルは視覚的に何の変化も起こさず、使っている本人以外は使っているということすらわからないという特性がある。
現実と化したこの世界でそれはさらに顕著に現れ、ジュリアとエルメラから見れば単純に殺気をレッサーハウンドにぶつけた、という風に映るのだ。
「「……(ジト目)」」
つまり二人からして見れば、子犬相手に本気で殺気を放つような大人気ない人物、という姿が映し出されている。
(ん~? やっぱ仕様変わってんのかな?)
しかしトライの必殺「空気←なぜか読めない」は今日も元気に全力発動中だった。
二人のジト目には全く気づかず、今起こった現象に違和感を感じて中身の少ない頭を全力運転中だ。
トライが何に違和感を感じているか?
それはこの「テラーエフェクト」というスキルによってレッサーハウンドが「逃げだした」ことがそれだ。
本来このスキルは使用することでオン状態になり、オフ状態にするまでずっと効果が出続けるというタイプのスキルだ。
その効果は一定感覚で周囲のモンスターに状態異常「恐怖」を一定確立で付与するというもの。
恐怖状態そのものは、全ステータスが若干低下し、一定確立で一部の行動が失敗するようになる、という2つの効果しか与えることはない。
しかし恐怖に限らず、状態異常を付与されたモンスターというのは「攻撃をされた」のと同じ状態だと判断されることが多く、自分から襲い掛かってこないモンスターでも状態異常になれば、それを付与したプレイヤーに向かって攻撃をしてくるのだ。
これはレッサーハウンドでも同じことで、少なくともゲーム時代に例外は1つとして存在しなかった。
しかし今はどうなったか。
トライの感覚としては実際に「殺気を放った」時に似ており、ゲーム時代のように勝手にやってくれる便利さは無くなっているように感じられた。
なにより恐怖状態になったであろうレッサーハウンドが向かってくるのではなく、文字通り尻尾を巻いて逃げ出してしまったのだ。
(これは……まさかっ!)
ここに来て、ようやくトライは自分の感じている違和感に気づく。
それはつまり、この世界がゲームではなく、現実であるという事実に――――
(現実……に近い仕様にしたアップデートなわけか!?)
――――は気づかなかった。
割と惜しいところまで行っているだけに非常に残念であろう。
ちなみに睨んだ後は俯いたり空を見上げてみたり急に頷いたりしている。
ジュリアとエルメラの視界に映っていた大人気ない人物は、だんだんとその姿を奇妙な人物へと変化させていた。
「なぁ……何をやっているんだ?」
「ん? ああ、ちっと確認」
一応知り合いになってしまった以上、声をかけずにはいられないジュリア。
周囲はすでに草原のような場所に変わっており、そんな場所をまとまって歩いていては他人のふりをすることもできない。
何か理由があってほしい、と願いながらなんとか声を絞り出したのであった。
「確認ですか?」
理由があった! よかったよかったとばかりに安心した表情で続けるエルメラ。
これで理由がなかったらどうやって逃げ出すべきかを考えなくてはならないところだった。
「おう、なんか変わったところはねーかなって思ってよ」
スキルに、と間に挟むべきであったところを、なぜか省略してしまったトライ。
その結果がジュリアとエルメラに勘違いをさせるということに気づかずに。
「ああ、そういえば転移魔法に巻き込まれると、運が悪ければ体の一部が無くなっていたりするらしいな」
「体の一部ではなく、魔力そのものや記憶でさえ無くなることがあるらしいですね。
逆に今まで無かったものが手に入ったりも……
トライ様は変わったことが無いか確認していらしたんですね?」
「あー、まぁそれでいいや」
色々ちゃんと説明するべきであったところなのだが、トライはその色々を説明しきれる気がしなかったのでさくっと諦めてしまった。
「……ということは、その強さは転移する前からなのか?」
ジュリアがそこを気にしたのはもちろん理由がある。
唐突に力を手に入れ、力に溺れて暴走した人間、というのは稀に出てくるのだ。
そのほとんどは呪いのアイテムであったり、悪魔との契約であったりなので、そもそも暴走するように仕向けられていることが多いのだが。
しかしそれを考えても、唐突に強大な力を手に入れた人間というのは危ない。
それを抑えることのできる存在がいなければ、それはちょっとしたことで暴走してしまう可能性があるのだ。
オーガを瞬殺できるほどの力と対抗できる存在をジュリアは知らない。
もし唐突に力を手に入れた存在であるならば、この人物には気をつけなければならない。
ちょっとした出来事が切欠で、下手をすれば騎士団全員で相手をしなければならない事態にまで発展しかねないのだ。
だから彼女は聞く、できればそうであって欲しくないと願いながら。
「あぁ、こりゃ前からだ。
っつか変わったところは今んとこなんもねぇな」
何も無くはないのだが、やはりちゃんと説明できる気がしなかったようだ。
しかしあっさりと答えてくるその態度に、ジュリアは嘘の気配を感じ取ることはできなかった。
何かを隠しているような感覚を第六感で感じ取ってはいるものの、少なくともそれはいきなり力を手に入れた、というような雰囲気ではなかった。
「そう、か。
なあ、だったらちょっと聞いていいか?」
「なんじゃい」
少しだけ、アホの子を見る表情から真剣な顔つきになるジュリア。
「どうやって、そんな強さを手に入れたんだ?」
彼女が知っている強い人物。
それは国を超えればいくらでもいる。
しかし彼女の周りにいる人物で、オーガを一瞬で5体も倒すような存在はいない。
確かに世界中を探せば、一瞬とは言わないまでも余裕を持って倒せるような人間はいるだろう。
しかしたった一撃、まるで爆発するような勢いでオーガを切り裂く存在などは知らない。
だからこそ気になる。
トライが持つその「力」は、果たして人間が辿り着ける領域なのであろうかと。
自分も、その領域にまで昇ることができるのであろうかと。
「どう……つってもなぁ。
戦ってただけとしか」
「戦うだけなら私だって常に訓練している。
しかしトライと私の間には越えられない壁があるじゃないか。
私には、オーガを一撃で倒せるような力は……無い」
もし力があったのならば、仲間達を死なせるようなことは無かったのかもしれない。
ジュリアは話しながら、そのことが頭に浮かんできてしまう。
もし力があれば。
力があったら。
力を持っていれば。
悪い方向へと思考が傾いていきそうな時、彼女に聞こえたのはトライの答えだった。
「俺の場合、命懸けの場面が多かっただけだろ」
「命懸け、ですか?」
ジュリアは咄嗟に反応できなかったが、エルメラがジュリアの状況に気づいていたかのように返事をした。
「おう、何でもそうだけどよ。
必死んなってやった時が一番成長するもんだろ?」
必死になって、とはよく言うが、人間本当に必死になる場面というのは以外なまでに少ないものである。
諦め、受け入れ、足掻くことをやめる。
それは楽な選択肢であり、仕方が無いと言い訳をすれば済むことでしかない。
諦めてしまうような時、受け入れてしまえば楽な時、足掻くことをやめたくなった時、それでも動くことが「必死」になる、ということだ。
必死になった瞬間、人間の肉体は思わぬ能力を発揮する瞬間がある。
そしてそれだけの能力を発揮できる、と知った人間は、常にその力を発揮できるようにと努力する。
その経験が多ければ多いだけ、人間は成長していくものだ。
トライの場合、その経験がジュリアよりも多かっただけ、ということを伝えたかったようだ。
「それによ……」
「それに、なんだ?」
トライは足を止め、ジュリアの顔を見つめる。
悪魔のような兜から、粒子が煌く瞳が真っ直ぐにジュリアの目を見つめていた。
「多分、単純な剣の腕ならお前のがつえーぞ」
「……え?」
ジュリアのほうが強い、彼女にとっては意外としか言えない言葉がトライから放たれた。
どこをどう見れば自分のほうが強いなどと言えるのかと、ジュリアは呆けた表情のまま曖昧な音だけが口から漏れた。
「見りゃわかる、肉体の強さは俺のがつえー、そりゃ間違いねぇ。
お前さんはなんつーか、隙が無ぇんだよな、俺のダチみてぇだぜ」
実際問題として、トライは圧倒的な身体能力と野生の感とも言える反射神経によって、ゲーム時代から圧倒的な戦闘能力を保有していた。
しかし逆に言えば、それは本能で動き回る動物のそれと同じだ。
理論と経験によって積み上げられてきた「技術」とは程遠いものであり、身体能力が同じであれば少しでも技術を持った存在に勝つことが難しくなる。
それをトライ自身が理解しているため、身のこなしだけで技術がある、とわかるほどの存在には素直に相手のほうが強い、と言える。
そしてジュリアのそれは、トライが知る限り最高の技術を持つ友人と同等のものだった。
「試しにちょっとやってみっか?」
「え? あ、いや、耐えられないぞ」
「いやさすがに手加減くれーするわ」
「ジュリア頑張って!」
ぶっ飛んだオーガの死体を思い出し、トライの悪魔のような鎧が本当の悪魔に見えたジュリアであった。
彼女はこの時「変なこと聞かなきゃよかった」とずっと後悔していたという。
タラレバ。
ジュリアさんも人間臭いなぁ。人間臭いというか辛気臭い?